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待ち合わせはしていない

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「旦那様!」

 リオノーラが後ろを振り返ると、そこには白い外套を翻しながらやってくるアレスがいた。

「すまない、待たせたな」

 アレスは謝るが、リオノーラは待ち合わせをした覚えはない。なんならまだ仕事中だ。

「いや、待ってないですけど……」
「そうか、じゃあ帰ろうか」

 リオノーラが待っていないと正直に言うと、アレスはいつも通り、いまいち噛み合わない返答をする。

 (帰ろうと言われても……)

 リオノーラは口端を下げる。
 まだ掃除は終わっていない。侍女とお喋りをしつつも、リオノーラはきっちり手を動かし、掃き掃除をしていた。
 二人の様子を察したらしい侍女は、リオノーラが持っていたほうきへ手を伸ばす。

「奥様、もう大丈夫ですよ。あと少しですし、後は私がやりますから」
「本当? ごめんなさいね」
「いいんですよう。奥様にはいつもお世話になっていますし」

 気は引けるが、ここは侍女に甘えることにした。

 (まったく、強引なんだから!)

 リオノーラは腰に手をあててフンと息を吐く。侍女の真似事は、真似事だけれどもちゃんと仕事としてやっているのだ。終わるまで待って欲しいと思うが、いつも仕事や家族のことで頑張っている夫を見ると、たまのワガママぐらい許したほうがいいかもな……と思わなくもない。
 リオノーラが考えごとをしていると、アレスは今日のスイーツを発表した。

「君の好きなチェック柄のスポンジケーキが売っていたから、買って部屋に置いてあるぞ」
「まあ! ありがとうございます!」

 リオノーラの瞳が瞬く間に輝く。
 アプリコットなどのジャムで色付けしたケーキは、リオノーラの大好物だ。チェック柄のスポンジケーキは目にも楽しい上に、ジャムの素朴な甘さが堪らない。どれだけ食べても飽きない一品だ。

 部屋に置きっぱなしにせず、ここまで持ってきてくれればいいのにと思わなくもなかったが、夫の部屋でのお茶会もそれはそれで楽しいので、リオノーラは黙っていた。

 ◆

「美味しいです……!」

 黒と灰色を基調としたラグジュアリーな夫の部屋で、リオノーラはケーキに舌鼓を打っていた。
 桃色と黄色のチェック柄のそれは、見た目が可愛らしいだけでなく味も素晴らしかった。
 頬張ると口の中いっぱいに甘酸っぱい風味が広がる。ただ甘いだけではないのが、このケーキの魅力だ。

「そうか、良かった」

 夫のアレスはこぽぽぽと音を立て、紅茶を淹れている。夫の淹れる紅茶は正直あまり美味しくはないのだが、目が眩むような美形が美しい所作で紅茶を淹れている光景こそが至高なので、味なんて些細なことなのである。

「どうぞ」
「わぁっ、頂きます!」

 琥珀色の湯からは湯気が立ち昇っている。砂糖にまみれた口を潤すため、曲線を描く取手を持ち、口を付けてカップを傾ける。
 良い香りが鼻腔を抜けるが、口に含んだ湯はやっぱり美味しくない。なんか風味がよくないし、変な渋みがあるのだ。
 だが、リオノーラは不味いとは言わない。

「……はぁっ、美味しいです! 旦那様が淹れたお茶は世界一ですね!」
「そんなことを言うのは君だけだぞ? 陛下に茶を淹れたら不味いと叱られてしまった」

 アレスはしょんぼりしている。

「そ、そうなんですか?」

 おそらく、いや、マルクの味覚は正しい。

「私はこのケーキにぴったりで、美味しく飲めていますけど」
「気を使ってくれてありがとう。……だが、もう少し上手く茶が淹れられるようになりたいものだな」

 アレスは眉尻を下げると短く息を吐く。
 リオノーラはもちろん、何回かアレスに紅茶を淹れ方をレクチャーしたのだが、味覚に障害がある彼は感覚が掴めないのか、いつも美味しく淹れられない。

「数え切れないほど紅茶を淹れていれば、いつか上手になりますよ。だからこれからも私に紅茶を淹れてくださいね」
「ああ、これからも君のために茶を淹れよう」

 視線がかちりと合うと、二人は笑い合った。
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