15 / 36
夫のイメージ香水を作りたい
しおりを挟む「えっ、夫のイメージ香水を作りたい?」
「はい! ぜひ奥様の意見を伺いたく……!」
現在、王城の運用費は限界まで削られている。少しでも王都に住まう人々から徴収する、税金額を低くするためだ。
だが、出来れば王城内で使える予算を増やしたいと思うもの。そこで考え出されたのは、王城内にいる人間をブランディングし、商品化するというものだ。
今まで宗王や人気の騎士の写真を活用した暦表などを売り出し、そこそこの利益を上げている。
今回はよりニッチなファン層の需要に応える商品を作ることになったらしい。
「閣下の隠し撮り写真はブラックマーケットでも常に高額で取引されています。きっと香水も高く売れるはずです!」
商品開発担当の侍女は悪い笑みを浮かべて揉み手をしている。
侍女の依頼に、リオノーラはうーんと悩むような声を漏らした。
「夫は綺麗だから闇市で写真が売れるのは分かるけど……香水はどうかしらね?」
「閣下の匂いを嗅ぎたい人は大勢いると思いますよ!!」
「そ、そうかしら」
「とりあえずサンプルを作りましたので、匂いだけでも嗅いで行ってください!」
侍女の強すぎる圧にたじろぎながらも、リオノーラは案内された一室に入る。そこには香水のサンプルらしき小瓶が、長机の上にずらりと等間隔に並んでいた。
「こんなにたくさん?」
「はい! 普段閣下が付けていらっしゃる柑橘系のものからグリーン系、薔薇などのフローラル系からムスクのようなフェロモン系まで幅広く取り揃えました!」
「フェロモン系……」
夫は野生みのあるタイプじゃないし、フェロモン系はないのではないかと思いながらも、サンプルの香水に鼻を近づける。
いくつかサンプルの匂いを嗅いでいると、「これは」と思うものに当たった。
「これ、なんというか……ズルい大人の匂いがするわ」
薔薇の匂いに近いが、そこまで芳醇ではない。甘い香りのなかにも、どこか爽やかさを感じる。だが、若い男のような青さはない。上手く例えられないが、都合の良い夢だけを見せてくれる三十代既婚男の匂いがする。きっとこれを付ける男は落ち着いた感じの人だろう。
「あー、それ、閣下のイメージに近いですよねー」
「やっぱり? 素敵な香りよね……」
いつまでも嗅いでいたい匂いだと、リオノーラは何度も何度も小瓶に鼻を近づける。
普段の夫の匂いとは若干系統は違うが、きっとこれを付けたら素敵だなと思う。
「そういえば、閣下の香水は奥様のセレクトなんですか?」
「違うのよ。夫が子ども達に選んでもらったの」
娘三人の意見を取り入れた結果、夫は柑橘系の香水を付けるようになった。
夫は冷たそうに見られるが、かなりの子煩悩である。子ども達が嫌がるようなことは極力避ける。
『子ども達に臭いと思われたら死ぬ』と、夫はかなりマジなトーンで言っていた。
「閣下らしいですね」
「ええ……それにしても良い匂いねえ、これ」
(夫の今の匂いは好きだけど……)
官能的かと言えば、違う。柑橘系の香りは家庭的な安心感はあるが、夜の生活が盛り上がる感じではない。
子どもはすでに四人もいるので夜の生活を盛り上げる必要などまったくないのだが、この香水をつけた夫に襲われたいなどと、ふらちな考えを持ちそうになる。駄目だ、いけないと思いながらも、リオノーラは夢中ですんすん嗅いだ。
小瓶をなかなか手離さないリオノーラを見た侍女は何かを感じ取ったのだろう。目を細め、小瓶を指差しながらこう言った。
「そのサンプル、持って帰ってもいいですよ」
「本当? ありがとう」
侍女の言葉に甘え、そっとエプロンドレスのポケットに小瓶をしのばせる。
一人でいる時など、リラックスしたいタイミングでこっそり嗅ごう。そう思っていたのだが。
「あら、旦那様」
リオノーラはばったり夫アレスと廊下で出会してしまう。
日頃はリオノーラと顔を合わせると、固い表情をほんの少しだけ緩めるアレスだったが、今日は何故か厳しい顔付きのままだ。
何か悪い出来事でもあったのだろうかとリオノーラが心配して眉尻を下げると、アレスはすんと鼻を鳴らした。
「……におう」
「えっ」
「……涼しい顔の裏で、情欲を滾らせている。そんな男の匂いがする」
アレスの言葉にリオノーラはどきりとする。香水の匂いを夢中で嗅いでいるうちに、香りが移ってしまったのだろうか。
リオノーラがたじろいでいると、アレスは大股で歩き彼女との距離をあっという間に詰める。そして、息がかかる距離まで来ると、リオノーラのやや太ましい腰に腕を回した。
「あっ、な、何を……!」
「……これか」
アレスの手には小瓶が握られていた。
「ふん、香水か」
「王城の侍女の方に頂いたのです。良い香りでしょう?」
リオノーラは背中に汗を滴らせながらも、笑顔でそう言った。
アレスはコルクの栓を抜くと、鼻を近づける。みるみるうちに、彼の眉間の皺が深くなり、通った鼻筋にも皺が寄る。
「……表向きは冷静ぶっているが、パートナーへの執着が人一倍強そうな男の匂いがする。社会的地位はそれなりに高いが、トップではない。金はあるだろうな。バスタブに薔薇の花びらを浮かべ、パートナーを後ろから抱きしめながら入るのを好む男だ」
「はあ」
香りから連想できる人物像を淡々と語るアレスに、リオノーラは曖昧な返事をする。
(旦那様……私と一緒にお風呂へ入ったことないけど)
アレスは基本的には潔癖で綺麗好きなので、リオノーラが誘っても絶対に一緒に風呂へ入ろうとしない。
例外として、リオノーラの出産が近い時期だけはアレスが彼女の髪などを洗っていたが。
「君はこの香りが好きなのか?」
「ええ、素敵だと思いませんか?」
アレスには微妙な評価をされてしまったが、リオノーラはそれでもこの香りが好きだと思った。大人の男の人の匂いがする。
素敵だと口にするリオノーラに、アレスは瞳を揺らし、一瞬迷うようなそぶりを見せる。
そして、こう呟いた。
「……君が良いと思うなら付けてやらないこともないが、まず、子ども等に聞かないとな」
「わぁっ、本当ですか?」
自分が好きだと思う香水を使って貰えるかもしれない。
そう思いリオノーラは手のひらを叩いて喜ぶが、なかなか都合の良い展開には転ばなかった。
「どうだ? エカテリーナ」
癖の無い黒いボブ髪に、深緑の瞳。父親を生き写しにし、そのまま小さくしたような次女が、アレスから手渡された小瓶の匂いを一生懸命嗅いでいる。
そして、困ったような表情を浮かべながら、小さな顔を上げた。
「……いつもの方がいい」
「そうか」
「最近苗字が変わった友達のパパが、こーんな匂いしてたんだよね~~」
(や、やっぱりモテる人の匂いなのね、コレ……)
次女が話すエピソードに、リオノーラはぎょっとする。おそらくその友達のパパは浮気して、離縁になったのだろう。
青くなっているリオノーラの顔を、確認するようにアレスは見下ろす。
「……だそうだ、リオノーラ」
「そうですよねえ、いつもの匂いが一番ですよねえ」
この香水のサンプルは、一人でいる時の妄想用にしよう。そうリオノーラは心に決めた。
なお、アレスのイメージ香水はリオノーラが選んだサンプルのものが採用され、たった一月で千本も売れたという。
30
お気に入りに追加
676
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
離縁希望の側室と王の寵愛
イセヤ レキ
恋愛
辺境伯の娘であるサマリナは、一度も会った事のない国王から求婚され、側室に召し上げられた。
国民は、正室のいない国王は側室を愛しているのだとシンデレラストーリーを噂するが、実際の扱われ方は酷いものである。
いつか離縁してくれるに違いない、と願いながらサマリナは暇な後宮生活を、唯一相手になってくれる守護騎士の幼なじみと過ごすのだが──?
※ストーリー構成上、ヒーロー以外との絡みあります。
シリアス/ ほのぼの /幼なじみ /ヒロインが男前/ 一途/ 騎士/ 王/ ハッピーエンド/ ヒーロー以外との絡み
騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?
うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。
濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる