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夫のイメージ香水を作りたい

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「えっ、夫のイメージ香水を作りたい?」
「はい! ぜひ奥様の意見を伺いたく……!」

 現在、王城の運用費は限界まで削られている。少しでも王都に住まう人々から徴収する、税金額を低くするためだ。
 だが、出来れば王城内で使える予算を増やしたいと思うもの。そこで考え出されたのは、王城内にいる人間をブランディングし、商品化するというものだ。

 今まで宗王や人気の騎士の写真を活用した暦表などを売り出し、そこそこの利益を上げている。
 今回はよりニッチなファン層の需要に応える商品を作ることになったらしい。

「閣下の隠し撮り写真はブラックマーケットでも常に高額で取引されています。きっと香水も高く売れるはずです!」

 商品開発担当の侍女は悪い笑みを浮かべて揉み手をしている。
 侍女の依頼に、リオノーラはうーんと悩むような声を漏らした。

「夫は綺麗だから闇市で写真が売れるのは分かるけど……香水はどうかしらね?」
「閣下の匂いを嗅ぎたい人は大勢いると思いますよ!!」
「そ、そうかしら」
「とりあえずサンプルを作りましたので、匂いだけでも嗅いで行ってください!」

 侍女の強すぎる圧にたじろぎながらも、リオノーラは案内された一室に入る。そこには香水のサンプルらしき小瓶が、長机の上にずらりと等間隔に並んでいた。

「こんなにたくさん?」
「はい! 普段閣下が付けていらっしゃる柑橘系のものからグリーン系、薔薇などのフローラル系からムスクのようなフェロモン系まで幅広く取り揃えました!」
「フェロモン系……」

 夫は野生みのあるタイプじゃないし、フェロモン系はないのではないかと思いながらも、サンプルの香水に鼻を近づける。
 いくつかサンプルの匂いを嗅いでいると、「これは」と思うものに当たった。

「これ、なんというか……ズルい大人の匂いがするわ」

 薔薇の匂いに近いが、そこまで芳醇ではない。甘い香りのなかにも、どこか爽やかさを感じる。だが、若い男のような青さはない。上手く例えられないが、都合の良い夢だけを見せてくれる三十代既婚男の匂いがする。きっとこれを付ける男は落ち着いた感じの人だろう。

「あー、それ、閣下のイメージに近いですよねー」
「やっぱり? 素敵な香りよね……」

 いつまでも嗅いでいたい匂いだと、リオノーラは何度も何度も小瓶に鼻を近づける。
 普段の夫の匂いとは若干系統は違うが、きっとこれを付けたら素敵だなと思う。

「そういえば、閣下の香水は奥様のセレクトなんですか?」
「違うのよ。夫が子ども達に選んでもらったの」

 娘三人の意見を取り入れた結果、夫は柑橘系の香水を付けるようになった。
 夫は冷たそうに見られるが、かなりの子煩悩である。子ども達が嫌がるようなことは極力避ける。
 『子ども達に臭いと思われたら死ぬ』と、夫はかなりマジなトーンで言っていた。

「閣下らしいですね」
「ええ……それにしても良い匂いねえ、これ」

 (夫の今の匂いは好きだけど……)

 官能的かと言えば、違う。柑橘系の香りは家庭的な安心感はあるが、夜の生活が盛り上がる感じではない。
 子どもはすでに四人もいるので夜の生活を盛り上げる必要などまったくないのだが、この香水をつけた夫に襲われたいなどと、ふらちな考えを持ちそうになる。駄目だ、いけないと思いながらも、リオノーラは夢中ですんすん嗅いだ。
 小瓶をなかなか手離さないリオノーラを見た侍女は何かを感じ取ったのだろう。目を細め、小瓶を指差しながらこう言った。

「そのサンプル、持って帰ってもいいですよ」
「本当? ありがとう」

 侍女の言葉に甘え、そっとエプロンドレスのポケットに小瓶をしのばせる。
 一人でいる時など、リラックスしたいタイミングでこっそり嗅ごう。そう思っていたのだが。

「あら、旦那様」

 リオノーラはばったり夫アレスと廊下で出会してしまう。
 日頃はリオノーラと顔を合わせると、固い表情をほんの少しだけ緩めるアレスだったが、今日は何故か厳しい顔付きのままだ。
 何か悪い出来事でもあったのだろうかとリオノーラが心配して眉尻を下げると、アレスはすんと鼻を鳴らした。

「……におう」
「えっ」
「……涼しい顔の裏で、情欲を滾らせている。そんな男の匂いがする」

 アレスの言葉にリオノーラはどきりとする。香水の匂いを夢中で嗅いでいるうちに、香りが移ってしまったのだろうか。
 リオノーラがたじろいでいると、アレスは大股で歩き彼女との距離をあっという間に詰める。そして、息がかかる距離まで来ると、リオノーラのやや太ましい腰に腕を回した。

「あっ、な、何を……!」
「……これか」

 アレスの手には小瓶が握られていた。

「ふん、香水か」
「王城の侍女の方に頂いたのです。良い香りでしょう?」

 リオノーラは背中に汗を滴らせながらも、笑顔でそう言った。
 アレスはコルクの栓を抜くと、鼻を近づける。みるみるうちに、彼の眉間の皺が深くなり、通った鼻筋にも皺が寄る。

「……表向きは冷静ぶっているが、パートナーへの執着が人一倍強そうな男の匂いがする。社会的地位はそれなりに高いが、トップではない。金はあるだろうな。バスタブに薔薇の花びらを浮かべ、パートナーを後ろから抱きしめながら入るのを好む男だ」
「はあ」

 香りから連想できる人物像を淡々と語るアレスに、リオノーラは曖昧な返事をする。

 (旦那様……私と一緒にお風呂へ入ったことないけど)

 アレスは基本的には潔癖で綺麗好きなので、リオノーラが誘っても絶対に一緒に風呂へ入ろうとしない。
 例外として、リオノーラの出産が近い時期だけはアレスが彼女の髪などを洗っていたが。

「君はこの香りが好きなのか?」
「ええ、素敵だと思いませんか?」

 アレスには微妙な評価をされてしまったが、リオノーラはそれでもこの香りが好きだと思った。大人の男の人の匂いがする。
 素敵だと口にするリオノーラに、アレスは瞳を揺らし、一瞬迷うようなそぶりを見せる。
 そして、こう呟いた。

「……君が良いと思うなら付けてやらないこともないが、まず、子ども等に聞かないとな」
「わぁっ、本当ですか?」

 自分が好きだと思う香水を使って貰えるかもしれない。
 そう思いリオノーラは手のひらを叩いて喜ぶが、なかなか都合の良い展開には転ばなかった。



「どうだ? エカテリーナ」

 癖の無い黒いボブ髪に、深緑の瞳。父親を生き写しにし、そのまま小さくしたような次女が、アレスから手渡された小瓶の匂いを一生懸命嗅いでいる。
 そして、困ったような表情を浮かべながら、小さな顔を上げた。

「……いつもの方がいい」
「そうか」
「最近苗字が変わった友達のパパが、こーんな匂いしてたんだよね~~」

 (や、やっぱりモテる人の匂いなのね、コレ……)

 次女が話すエピソードに、リオノーラはぎょっとする。おそらくその友達のパパは浮気して、離縁になったのだろう。
 青くなっているリオノーラの顔を、確認するようにアレスは見下ろす。

「……だそうだ、リオノーラ」
「そうですよねえ、いつもの匂いが一番ですよねえ」

 この香水のサンプルは、一人でいる時の妄想用にしよう。そうリオノーラは心に決めた。
 なお、アレスのイメージ香水はリオノーラが選んだサンプルのものが採用され、たった一月で千本も売れたという。
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