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私たちの馴れ初め
しおりを挟む「……私たちの、馴れ初め?」
「はい! 気になります!」
侍女の一人が産休に入り、王城はますます人手不足になった。リオノーラは今日も手伝いに来ている。
若い侍女たちに混じって働くのは楽しいが、あれやこれや聞かれるのは少々困る。
(馴れ初めか……困ったわね)
リオノーラは眉尻を下げる。
夫とは、父親同士が古い友人だった縁で出逢った。自分は五歳。夫は七歳の時だ。
その当時兵学校へ通っていた夫は、夏と冬の休暇の間、南方の戦闘部族の村へ修行に行っていた。この宗国から南方地域へ行くには、ティンエルジュ領を通る必要がある。
リオノーラは、夏と冬の休暇にやってくるアレスに逢うのを毎回楽しみにしていた。
普段は王都に住んでいる、都会的でかっこいい男の子。あまり会話は弾まないが、リオノーラはアレスの顔を見るだけでも嬉しい気持ちになった。
逢うたびに大きくなるアレスのことを、親戚のおばちゃんのような気持ちで眺めていたのだ。背が伸びたな、かっこよくなったなと、いつも目を細めていた。
出逢った当時は女の子のように愛らしかったアレスが、成長して手足が伸び、少しずつ大人の男の人になっていく様を見届けることが出来たのは、役得だったとリオノーラは思う。
「父親同士が古い友人でね、その関係で夫と出逢ったのよ。私はまだ五歳だったわ」
「幼馴染ですか! いいですね~! その幼馴染の関係が、恋に変わったのはいつですか?」
「こ、恋……?」
幼馴染の関係は、端的に言えば変わらなかった。兵学校から士官学校へ上がり、騎士の叙任を受けても、アレスは定期的にティンエルジュ領まで顔を見せに来てくれたが、リオノーラは彼のことを相変わらず、親戚のおばちゃんのような心持ちで見守っていた。
何せ、アレスはリオノーラにとって、別世界の人間だった。頭の天辺から足の先まで、一分の隙なく整っている美しい男の子。ある意味、アレスはリオノーラにとって偶像だった。
偶像に憧れの気持ちを持っていても、この関係をどうにかしようとは思わない。リオノーラはアレスのことを、眺めているだけで満足していた。目の保養にしていたのだ。
(まずいわ……)
二人の仲は、結婚するまで進展しなかった。
むしろ結婚が決まった当初と、新婚時代は後退した。
アレスは宗西戦争で人並外れすぎた戦果を上げ、その褒賞にと、時の王にリオノーラとの結婚を願い出た。
リオノーラは王の使者が伝えに来るまで、自分がアレスと結婚することを知らなかったのだ。
結婚が決まった二人は、言い争った。
リオノーラは『何も聞いていない。どうして勝手に王に結婚を願い出たのだ』とアレスに詰め寄り、アレスはアレスで『何度も気持ちを伝えてきたのに、君はいつも人の話を聞いていなかった。こうするしか、君と結婚する方法は無かった』と開き直った。
二人の言い争いは平行線を辿ったが、何だかんだ色々あり、今ではそれなりに上手くやっている。
結婚当初、揉めに揉めた事実は、今では秘されている。
夫婦で話し合い、『子ども達が知ったらショックだろうから』と、隠すことにしたのだ。二人は結婚当初から二年近くも別居していたが、それも『終戦直後で、アレスはずっと西国で戦後処理をしていて、同居が難しかった』という理由で別居していたと、子ども達には説明している。
「いつ恋に変わったのかしらね~~? 私は気がついたら夫のことが好きになっていたのよ」
おほほほと笑いながら、リオノーラは誤魔化す。
ちなみにリオノーラがアレスへの愛情に気がついたのは、結婚後二年近く経った頃だった。
◆
「君には本当に悪いことをしたな」
アレスの謝罪の言葉に、リオノーラはぱちぱちと瞬きする。
今日は侍女の仕事が忙しく、息子と共に夫の部屋に泊めてもらうことになった。
息子はお気に入りのヌックの中で早々に寝てしまったので、自分達も寝ることにしたのだが、夫につい昼間あったことを話してしまった。
「あ、ごめんなさい。謝ってもらおうと思ってお話ししたわけじゃないんですけど……」
侍女に馴れ初めを聞かれたという話から、流れで結婚当初の話題に転んだ。
あの頃は本当に、揉めに揉めた。
「陛下に結婚を願い出る前に、君に一言言っておくべきだった。せめて、王に結婚を願い出たことを、早々に俺が説明しにいくべきだった。婚約中も、まめにティンエルジュまで顔を出すべきだったな」
「そんなの無理ですよ。あの当時は西の大国との戦争が終わったばかりだったんですよ? 戦後処理で忙しくて、ティンエルジュまで来ている暇なんかなかったはずです」
「それでも、君を不安にさせるべきではなかった」
身体を横にし、肘枕を付く夫の声には後悔の色が滲んでいる。
(こんな素敵な大人の男性から、非を認める発言をされた上に謝られたら、秒で許してしまうわね……)
最近ますます、夫の色香が濃くなっているような気がする。夫の凄いところは、いつでも全盛期なところだ。『昔から知ってるけど、今が一番素敵かもしれない』と、長年連れ添っている自分に思わせる夫はすごい。
「もっと君の心に寄り添い、フォローするべきだった。愛しているから王に結婚を願い出たのだと、しっかり伝えるべきだったな」
「あ、愛……あは、照れてしまいますね!」
頬がかあぁと熱くなる。リオノーラはぼりぼりと頭をかいた。
「私の方こそごめんなさい。結婚から二年近くも実家住まいをしていましたし……」
「二人で王都に暮らせるような状況では無かったからな。だからと言って、戦後処理が終わってから君にプロポーズしていたら、きっと他の男に盗られていただろうな」
夫の言う通り、あのタイミングで夫と結婚していなかったら、自分は父親が決めた相手と結婚していただろう。想像がつかないとリオノーラは思う。
結婚当初は色々あったが、今は夫と結婚出来て本当に良かったと思っている。
十代後半で結婚してからもう十五年以上になるが、年々夫への尊敬の気持ちが強くなっている。
「私、旦那様と結婚出来て良かったです」
「そうか」
夫の返事は短かったが、どこか安堵を含んでいるような口調だった。
「それにしても昔の俺は青かった。戦果を上げて王に君との結婚を願い出るにせよ、まずは君との関係をしっかり構築するべきだったな。もっとこう……惚れさせる努力をすれば良かった」
「ほ、惚れ……⁉︎」
(惚れさせる、努力……⁉︎)
一体何をしてくれるのだろう。想像したら顔から火を吹きそうになった。
「君は押しに弱いところがあるから、もっと押せば良かった」
「……お、おし⁉︎」
あの頃の夫を頭に思い浮かべる。いつも敬語で、淡々としていて、礼儀正しい男の子だった夫。
おとなしかった幼馴染が急に迫ってきたら……。
「そんなの私、一人で爆発しちゃいますよ!」
社交の場に出たことすら殆どなく、男性耐性が極めて低かった自分。たぶん、手を握られただけで恥ずかしくて奇行に走ったと思う。
そんなことを言うと、夫は喉の奥を鳴らして笑った。
「かわいいなぁ」
前髪を下ろしている夫は、ただでさえいつもよりも可愛く見えるのに、困ったように笑うから破壊力がすごい。
「ぐふぅ」
きれいな人の屈託のない笑顔は、心臓がえぐられる。思わず変な声が出てしまった。
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