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愛妻の日

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 ここ数年、リオノーラは悩んでいた。

「う~~ん」

 ぺらりと音を立て、カタログをめくる。いつも利用している貸衣装屋から貰ったのだ。
 分厚いカタログには、貴婦人のドレスのデザイン案がいくつも載っていた。
 ドレスの流行の変化は目まぐるしい。普遍的なものはもちろんあるが、それでも小物などには流行を取り入れるべきだという考えが浸透している。リオノーラは現在、それなりの頻度で王城へ出向いている。そろそろドレスや小物を新調しなくてはと思うのだが。

 (困ったわね)

 リオノーラはドレスのデザイン案を見ながらため息をつく。自分に似合いそうなものがひとつも見当たらないのだ。
 デザイン案に載った女性達は皆一様に細く、手足も長く描かれている。自分とは似ても似つかない。

 リオノーラは背が低く、ややぽっちゃりな三十代女性。
 しかも、何を着ていいのか分からなくなる年齢に差し掛かっていた。

 いっそのこと、もっと歳を重ねれば、明るく派手な色合いの物を身につけられるのだが、特別若くもなく、歳でもないという年齢が一番困る。年相応に落ち着きは欲しいが、だからと言って若さも諦めたくない。微妙な年頃だ。

 ここ数年はウンウン悩んだ末に、結局は従来からあるような肌の露出が少ないデザインの、淡い色のドレスばかり作っている。瞳の色が青空色なので、少し霞んだ水色や、薄紫色の生地を選んでいた。

 ちらりと、リビングに視線を走らせる。
 そこには息子エミリオを遊ばせている夫アレスの姿があった。

 こういう時、家族の意見をもらえたら、と思うが。

 (旦那様は何でも褒めちゃうのよね)

 アレスはリオノーラがどのような格好をしていても、だいたい褒める。さすがに騎士団の詰所を訪ねる時、市井の女性のようなエプロンドレスを着ていくと苦言を溢すこともあったが、基本的には褒めた。
 端的に言えば、アレスの意見は参考にならない。

「どうした?」

 視線に気がついたのだろうか、アレスはエミリオを腕に抱きかかえると、ダイニングへやってきた。

「う~~ん。そろそろドレスを新調しようと思うんですけど、なかなか似合いそうなものがなくて」
「君は何でも似合うじゃないか」

 淡々とアレスは言う。
 悪く言われるよりも、何でも似合うと言われる方が気分は良いが、問題の解決にはならない。

「そう言って頂けるのはありがたいんですが、私は若くも歳でもないですし、体型もあれですから……」
「貴族女性は大変だな。騎士は制服があって助かった」
「制服も制服で大変そうですよね。かちっとしているから、太れないでしょうし」
「体型管理も騎士の仕事のうちだからな」
「ねえ、つぎはあのご本がいいーー」
「はいはい」

 父親に抱っこされたエミリオは、ヌックを指差す。
 この部屋は普段、アレスが一人で暮らしているが、リビングの一角ヌックは絵本やおもちゃ、子ども用ベッドが占拠する場所となっていた。
 上の三人娘も訪ねてくるのか、リビングのローテーブルの上には、サイドに「忘れ物」と書かれた箱が置いてある。
 中にはリボンやハンカチが入っていた。
 
 基本、綺麗に片付いていて生活感はないが、そこかしこに家族が来ていた痕跡が残っている。

「旦那様」
「何だ?」
「いつもありがとうございます」

 リオノーラはカタログをぱたりと閉じる。
 急に妻から告げられた礼の言葉に、アレスは目を丸くする。

「何だ? 急に」
「何でもないですよ。無駄に悩んで疲れたので、私もエミリオと遊びます」
「わー!」

 母親がカタログを閉じ、やってくるのを見てエミリオは声を上げる。

 (何を着てもどうせ微妙だし、微妙でも旦那様は褒めてくださるし、ここはエミリオと遊んだほうがいいわね)

 リオノーラはエプロンを取ると、エミリオを抱きしめた。

 ◆

「大変だっただろう。エミリオの面倒を一人で見て」

 夜。二人きりの寝室。
 エミリオを街の託児所に預けず、二週間二人きりでいたと言うと、アレスは眉尻を下げた。
 子育ての大変さが分からない人間だと、仕事もせず子どもと一緒にいたと言うと「楽でいいな」と言いかねないが、五年も育児休業を取って年子の娘三人を育てたアレスはさすがに理解がある。

「仕事が無かったですから、何とかなりました。それにエミリオ一人ですし」
「でもエミリオはなぁ……。あの子は月齢の割に弁が立つし、元気だから、目が放せなくて大変だっただろう?」
「まぁ……」
「仕事が無い時期でも遠慮せず、預けに来い。それに俺もエミリオと遊びたいからな」

 自分よりも子どもの世話が格段に上手い人間から、預けに来いと言われるこの心強さよ。
 下手に「愛してる」と言われるより、ずっと心に響いた。
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