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何もしないから!

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「よしっ!」

 きゅっと音を立てて、頭にフリルの付いたヘッドドレスを巻き付ける。
 いつもよりもかっちりとしたエプロンドレスに身を包んだリオノーラは、姿見鏡の前でくるりと回った。

 鉢巻状になったヘッドドレスに、白いエプロン、紺色のドレス。王城で働く侍女のスタンダードな制服姿だ。

 (まさかこの歳で、侍女をすることになるだなんて)

 何かおかしなところがないか、着崩れてはいないか、身だしなみをチェックしながらリオノーラは思う。
 若い頃は王城で働く侍女に憧れていた。
 同年代の人間達が多くいる環境は純粋に楽しそうだと思ったし、何より社会勉強がしたかった。田舎の領にほとんどこもりっきりの生活では、世の中のことが何も分からないと焦燥感に駆られたものだ。

 そんな話を、前回王城へ呼ばれた時に宗王マルクへ言ったところ『じゃあ、今からでも侍女をやってみる? 侍女は万年人手不足だから、姉上なら大歓迎だよ!』と言われたのだ。

 万年人手不足? と疑問に思ったが、王城で働ける女性の条件がとても狭いのだ。貴族出身かその縁者で、未婚か、結婚していても家族の了承を得ている人間だ。
 貴族の結婚はとにかく早い。そして、すぐに跡継ぎとなる子どもを産むことを求められる。外で働いている暇などない。
 必然的に侍女の割合は貴族の縁者──六親等以内に貴族がいる市井の人間が多くなる。
 しかし、市井の人間と言っても侍女になれるような女性は育ちがきちんとしているし、とにかく王城は出会いが多いので、すぐに結婚相手が決まってしまい、辞めてしまう。

「王城も人手不足なのね……。我が家に人手が足りないのも納得だわ」

 リオノーラはかぶりを振る。
 王城でばりばり働く気のある女性は、そもそも侍女にはならず、騎士団入りを目指すという。この点も、ティンエルジュ領と事情が似ているかもしれない。ティンエルジュ領も長く働く気のある女性ほど私設兵団に入る。欲しいのは内勤の人間なのだが。

「着替えは済んだか?」
「旦那様!」

 鏡を見ていると、灰色の制服が映り込む。
 振り向くと、そこにはアレスがいた。
 首を押さえて、困った顔をしている。

「すまないな。陛下が変なことを頼んでしまって。だが、週に一度でも侍女をやって貰えるとものすごく助かる。人手が足らなくて皆休めていないのだ」
「いいんですよ、今は暇ですし」

 リオノーラの仕事は年中忙しいわけではない。あくまで侯爵である父親の補助役だ。仕事の少ない時期は、もっと子どもと過ごす時間を増やそうと思っていたのだが、息子はお友達や先生と遊ぶ生活の方が楽しいらしく、託児所へ行きたがった。

「エミリオにも振られてしまいましたし……」
「何でうちの子は親に執着しないんだろうな?」
「さぁ……」

 エミリオも、最初の二、三日は母親を独占出来る時間を喜んでいたが、四日目には「ねぇ、先生やリーリエにはいつあえるの? おうちとこうえんだけじゃつまんないよ。ともだちとあそびたい!」と言い出した。

「三人娘も、最初は親に遠慮しているだけかなと思って付け回したら、怒るし」
「付け回すのは良くないですよ……」

 子ども達が皆、幼いうちから自立心旺盛なのは喜ばしいことだが、自分達が親から愛されなかった分、色々してあげようと思っていたのだ。しかし、親の欲求を子どもにぶつけてしまうのは良くない。

「私達は私達で、成すべきことをしましょう」
「そうだな……」

 二人でウンと、頷き合う。

「ところでその侍女の格好……」
「何かおかしなところがありましたか?」
「いや……」

 上から下までじろじろと見られている。
 この侍女の制服をデザインしたのは自分だ。
 一応、着こなしでおかしいところは無いはず。
 しかし、自分ではおかしくないと思っていても、他者から見れば不自然に映るところもあるかもしれない。
 こういう時、家族に着こなしをチェックしてもらうのは良いことだと思う。客観的に見た、忖度の無い意見を貰えるから。

「何というか、扇情的だな」
「扇情的……?」

 アレスは顎に手を当ててうんうん頷く。
 この侍女服は扇情的どころか首元や手首の先まで生地が詰まっている。装飾も最低限で、機能性重視だ。扇情的とは真逆にあると思うのだが。しかも身体の線も出にくくなっている。

「露出は最低限ですけど?」
「露出や身体の線が出ない分、想像を駆り立てるデザインになっている。くれぐれもその格好で人が少ない場所には一人で行くなよ? 君は見るからに可愛らしいから、すぐに密室に連れ込まれてしまう」
「…………えっ、あ、はい」

 一体、夫は何を言っているのだろうか。客観性が微塵もない。
 だいたい、自分を密室へ連れ込もうとする人間は、リオノーラは一人しか知らない。

「その格好で後で俺の部屋に来てくれ」
「嫌です」
「何故……⁉︎」

 どうせいかがわしいことをされるのだ。
 しかも侍女服姿で。
 多少身体を求められるぐらいなら嬉しいが、最近本当にねちっこい。こちらの体力が持たないのだ。夫は無駄にサービス精神旺盛で、何度も何度も何度も人を快楽の高みへ昇らせようとする。

「何もしないから」

 いきなり手を握られた。
 リオノーラはむうっと頬を膨らませる。

「そう言って、何もしなかったこと無いじゃないですか!」
「俺には君しかいないのだから仕方ないだろう」
「そう言えば、何でも許されると思って……!」

 リオノーラは我慢の限界だった。気持ち良くさせようとしてくれる心意気は嬉しいが、それも限度があると思う。何事もほどほどにして欲しい。

「私に触るのはいいですが、ねちっこく触らないでください!」
「ふ、普通に触ってるだけだが……」
「いやらしいんですよ、手つきが!」

 二人は言い合っていて気が付かない。
 部屋の扉の前には、宗王とその宗王付きの侍女がいることに。

 ◆◆◆

 エールありがとうございました!!想像していた以上に押して貰えて恐縮です!
 これからも頑張ります!
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