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風邪を引いてしまった②
しおりを挟むアレス曰く、全然着ていないという男物の寝巻きを着、腕を捲ったリオノーラはベッドに入る。ベッドのシーツはパリッと糊が効いていて冷たくて気持ちが良い。
しばらくすると彼は荷物を抱えて戻ってきた。
「売店へ行ってゼリーを貰ってきた。果実水も。キッチンの保冷庫にもまだ入っているから、欲しかったら言ってくれ」
「わぁっ、ありがとうございます」
ベッドサイドに果実水のボトルとゼリーが入った陶器のカップ、それに銀のスプーンが置かれる。氷がふんだんに入った桶と、氷枕も。
氷枕に布を巻くアレスの姿を見て、やけに手際がいいなと思ったが、彼はいつも子ども達が熱を出すと看病していた。手慣れていて当然だった。
「とりあえず薬湯を飲んで様子を見よう」
「何から何まで……。申し訳ありません」
「気にするな」
迷惑をかけているというのに、看病されて嬉しく感じてしまうのはどうしてだろうか。
薬湯を呑み終えたリオノーラは、ベッドへ横になりながら、氷水が入った桶に手を浸すアレスの姿を見つめていた。こんな風に家族の看病をする上級将校は珍しいのではないか?
アレスはいつも淡々としていて感情が読めないことも多いが、家族の世話を焼く彼はとても優しい人だと思う。
騎士服の袖を捲り、清潔そうな布を絞る彼の横顔をリオノーラは潤んだ瞳で見つめていた。
彼女の視線に気がついたアレスは目を細める。
「何だか嬉しそうだな」
「そうですか? そうかも、しれませんね……。子どもの頃に読んだ絵本の話を思い出しました」
「絵本?」
「ええ。絵本の主人公はまだ子どもで、熱を出して寝込んでしまうんですけど、いつもより優しく接してくれる両親の姿を見て嬉しく思う描写があって……。絵本を読んだ当時は主人公の気持ちがよく分からなかったのですが、今……理解出来たように思います」
リオノーラの母親は彼女がまだ五歳の時にティンエルジュの屋敷から出て行った。その後母親は後宮に入り、現宗王である王子を産んだ。結局、死ぬまで再会は叶わなかった。領主である父親も多忙で、リオノーラのことは侍女任せにしていた。彼女は自分の看病をする両親の姿など見たことがない。
そしてリオノーラの世話を主にしていた侍女も、『気合いで治せ』と言う根性論タイプだったので、彼女は幼い頃から体調不良の際には自分で何とかしていた。そもそも彼女は健康優良児で、体調を崩すことは殆どなかったのだが。
「レイラも『気さえ強く保てば、病魔など逃げ去る』と言っていましたし」
「それは酷いな……」
レイラはリオノーラの元侍女で、現在はティンエルジュ領の南側にある南方地域を治めていた。そしてレイラはアレスの父親違いの姉でもある。
「俺がもう少し早く生まれていて、レイラさんの立場だったら良かったな」
「旦那様が我が家の侍従に? あり得ませんよ」
「父は俺のことを是が非でも騎士にしたがっていたからな。でも、子どもの頃はレイラさんの立場が羨ましかった。君にもっと逢いたかったから」
そう淡々と呟きながら、アレスは絞った手巾をリオノーラの額に乗せる。氷水に漬けた手巾は冷たいはずなのに、彼女の顔は真っ赤になった。
「ね、熱が上がってしまうようなことを言わないでくださいっ!」
「ああ、すまない。……そろそろ席を外そう。俺がいてはゆっくり眠れないだろう」
「あっ……」
「それに、エミリオのところへ行かないとな」
アレスは壁にかけた時計に視線を送る。
「託児所へ預けっぱなしでは、聞き分けの良い子にしているエミリオに申し訳ない。夕方には戻ってくる。何か欲しいものはあるか?」
「大丈夫です。何から何まで申し訳ありません」
「遠慮はいらない。おとなしく寝ているんだぞ? 今日は家事も禁止だ」
アレスは椅子から立ち上がる。彼はリオノーラの頭を軽く撫でると、わずかな物音だけを立てて寝室から出て行った。
一人きりになったリオノーラは、寝室の扉を見つめる。
薬湯を呑んだせいか、眠くて仕方がない。アレスの言葉に甘えておとなしく眠ろう。
リオノーラは沼に沈むように意識を手放していった。
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