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※ 今までずっと一緒だったのに
しおりを挟む「旦那様、私達も王都へ移住出来そうですよ」
夜、ベッドの中でリオノーラは嬉々としてアレスへ報告する。彼女はさっそく自分の父親を説得し、王都移住の許しを得たのだ。
リオノーラの父親は、孫のエミリオと自分の部屋で休んでいる。今は少しでも孫と一緒にいたいらしい。
しかし、隣で横になっているはずのアレスからは、深いため息が聞こえてくるだけだった。
「嬉しくないのですか?」
「……不安の方が大きいんだ。君一人だけではエミリオの世話は出来ないだろう?」
「そんなことありませんよ」
リオノーラはむうっと口を尖らせる。確かに、末っ子長男のエミリオの世話は夫であるアレスが主にやっていた。
アレスがいない時はリオノーラがエミリオの世話をしていたが、領の運営の一部を担う彼女は多忙だ。他の使用人の手を借りることも多かった。
母子寮へ移住すれば、まだ三歳にもなっていないエミリオの世話はすべてリオノーラが行うことになる。
しかし、世の中には仕事をしながら一人で子育てしている母親などゴマンといる。自分に出来ないはずはないとリオノーラは息巻くが。
「どうせ、俺が何を言っても君は勝手に王都へ来るのだろう? エミリオは俺が引き取る」
「なっ……⁉︎」
「王城敷地内には王立騎士団用の託児所があるんだ。俺がエミリオを引き取って育てる」
アレスは余程リオノーラ一人に息子の世話をさせるのが不安なのか、自分が引き取ると言い出した。
本来ならば夫婦と息子、親子三人で一緒に暮らせればベストなのだが、王城内で働いていない成人者は王城敷地内で同居が出来ないというルールがあった。
もちろん特例はあるが。
部外者を不必要に王城敷地内に入れないための処置だが、家庭持ちにはかなり優しくないルールである。
王城勤務の近衛騎士は王城から離れられない。必然的に家族と別居になった。
「旦那様はこれから忙しくなりますよね? エミリオを引き取るだなんて、そんなの……」
「君一人に育児を任せるよりかはマシだ」
けして強い口調ではないが、その言葉がリオノーラの胸に突き刺さる。しかし、ここで折れては可愛い盛りの息子をアレスに取られてしまう。
エミリオは大のお父さん子で、『お母さんとお父さん、どっちと暮らしたい?』と聞けば、『おとうさん!』と即答されるのは想像に難くない。
リオノーラは眉間に皺を寄せて拒否する。
「いやです……!」
「頭ごなしに言っても君は折れないよな。少しでも君が無理そうだと感じたら、こちらの判断でエミリオを攫う。それでいいな?」
(む、無情……!)
アレスは国内外で『宗国の猟犬』と呼ばれ恐れられている。騎士は仮の姿で、彼の本業は要人の暗殺だ。任務遂行のためにはどんなに残酷なことでも眉一つ動かさず行うと有名で、今まで殺してきた人間の数は千人はくだらないと言われている、国一番の殺し屋だ。
ティンエルジュ領の見回りの任に就いていた時も、王立騎士団の中央から命が出れば、暗殺をしに出かけていた。
家庭内では子煩悩な優しい父親なのだが、夫婦で話しているとたまにこうやってアレスの残酷無慈悲さが垣間見えることがある。しかし、リオノーラは今さら背筋を凍らせたりはしない。伊達に夫婦を十年以上やってはいない。
「いいですよ。私は仕事も子育ても完璧にやってみせますから!」
と、スネた声を出してアレスに背を向けた。
「すまない、言い過ぎた。少しでも無理だと思ったら俺を頼って欲しい」
「頼りませんよ!」
ボフッと音を立てて頭から掛け布団を被るリオノーラを見、アレスは身を起こし、慌てて謝罪の言葉を口にする。
しかし、リオノーラはますます布団の中へ潜ってしまった。
布団の中でもぞもぞと動くリオノーラを見て、アレスは眉尻を下げる。
「急に王城勤務が決まったせいで、ナーバスになって君に当たってしまった。すまない……」
「こっちは寂しくて涙がちょちょぎれそうなんですよ! 今までずっと一緒に暮らして来たのに」
王都へ行っても一緒に暮らせるわけではなく、あくまでも近居暮らしになる。こうやって枕を並べる機会も殆ど無くなってしまうかもしれないと、想像するだけで涙が出た。
先王の計らいで、アレスは近衛部隊の騎士でありながらティンエルジュ領の見回りの任につくことが出来た。しかしその先王も亡くなってしまった。
アレスは今後、家族と離れて王城敷地内で暮らすことになる。
「うっうっ、寂しいです……。旦那様……」
アレスは掛け布団の中で涙を流しているであろうリオノーラを、後ろから抱きしめた。
「ありがとう、リオノーラ」
アレスはゆっくりとした手つきで、リオノーラが被っていた掛け布団を丁寧に剥がす。シーツの上で彼女は背を丸めていた。目の端と鼻の頭は赤くなっている。
「ごめんなさい。良い歳して駄々をこねてしまいました……」
「いや、俺も寂しい。正直、まだ受け入れられない」
リオノーラはアレスの方を振り向くと、泣き顔を見られたくなくて彼の胸元に顔をぼすんと埋める。石鹸のような清潔な匂いがした。この温かくも爽やかな匂いが好きだった。
毎晩、大きなものに守られているような安心感に包まれて眠っていたのに、これからは無くなってしまうのだ。息子のことも自分一人で育てなければならない。
息が苦しくなって顔を上げる。
瞼を閉じると唇に生温かいものが当たった。口づけをされている。少しずつ隙間を開けると、唇の表面をやんわり舐められたあと、厚い舌をねじ込まれた。ぬめぬめとした柔らかな感触が心地良い。自分からも舌先を擦り合わせる。
昔はキスが好きじゃなかったのに、いつからこの行為に官能を感じるようになったのだろうか。歯列に舌を這わされると背筋にぞくぞくと這い上がるものを感じた。
深い口づけに応じていると、アレスの大きな手が肩をそろりと撫でた。その手は二の腕を這ったあと、胸の膨らみに触れた。乳房を包み込むように優しく握り込まれる。
「んんっ……」
薄い夜着の上から指の腹で乳頭を軽く押し潰されたり、弾かれたりすると、下腹の奥が疼く。
二人の間には子どもが四人もいて、彼らは夫婦の役目をとっくに終えていたが、それでも互いに避妊をしながらたびたび身体を重ねていた。意味のない行為だと分かっていたが、止められなかった。結婚してから十年以上。その道のりはけして平坦なものばかりと言えなかったが、たまにこうやって互いの熱を分け合うだけで、心と身体が癒された。夫婦の絆を感じられた。
リオノーラは夜着を脱ぐ。元々下着は付けていなかった。今夜はこういうことをするだろうなと予想していたからだ。
大きな枕を背に寝そべり、脚を広げると、その間にアレスが陣取った。
濡れそぼる秘裂に吃立した一物の切先が突きつけられる。それは僅かな抵抗感を覚えたあと、肉の隘路にぬるりと埋められた。
「あっあッ」
膣口を押し広げられるだけでも気持ちいい。ぐりぐりと秘部の入り口をこねられると、それだけで快楽の高みへ昇りそうになる。熱くて硬いもので敏感になった粘膜を抉られた。
「君は奥よりもここが好きだな」
「んっ、ん、そんなこと……」
小刻みに腰を振られて、敏感な入り口を刺激される。陰核も指の腹を使って転がされると、ビクビクと腰が揺れた。瞬く間に隘路の水嵩が増し、一物が抜き差しされるたびにみだらな水音が耳につくようになる。
「ひっっ、あっ、ああう」
小さな絶頂を何回も迎えながら、リオノーラは自分を攻め立てるアレスの顔を見上げた。
いつの間やら上も脱いでいて、鍛えあげられた身体を惜しげもなく晒している。
騎士服の上からだと分かりにくいが、一見細いようで、脱ぐと鋼のような肉体をしている。無駄なものが一切見られない。名工が鍛えあげた刃のような身体だ。
美しいとリオノーラは思った。
何度目にしても惚れ惚れする。夫の顔はとうぜん美しいが、肉体も美しい。
それなりに年齢を重ねても美しいこの人が、平凡の域から出ない自分に何故興奮出来るのか。夫婦を十年以上やっていても、リオノーラは未だに理解出来なかった。
◆
翌朝、まだ日が上がりきっていない薄暗い時間帯に、アレスとリオノーラは厩舎の前にいた。
アレスは馬の背に荷物を乗せ、馬の首を撫でている。
「もう行かれるのですか?」
「夕方に王城で軍議があるんだ。間に合わせないとな」
ティンエルジュから王城までは単騎で半日ほど掛かる。
この宗国自体の本土はとても狭い。単騎で丸一日掛からない場所にあるこのティンエルジュ領が辺境地扱いだ。ティンエルジュ領の南側には、属国である南方地域が広がっている。
「また、君達が王都へ来る時には早馬を飛ばして知らせてくれ」
「分かりました」
今日にも私設兵を王都へ送り、空いている母子寮の部屋が無いか探してもらう予定だ。
リオノーラは私設兵の名を借り、市井の女性として母子寮へ移り住む算段をしている。
さすがに侯爵家の令嬢のままでは母子寮に入れないからだ。
「すぐに私達もそちらへ参りますから」
「急がなくてもいいからな」
「そうは言っても、エミリオが寂しがりますわ」
「そうだな……」
二人は触れるだけの口づけを交わすと、アレスは馬に乗り込んだ。
リオノーラは夫の姿が見えなくなるまで、その背を見送り続けた。
◆
「じゃんっ! どうですか?」
それから僅か七日後。リオノーラとその息子エミリオは、王都にいた。
リオノーラは着古したエプロンドレスと三角巾を身につけ、その場でくるりと回った。
嬉しそうなリオノーラの姿を、エミリオを抱っこしたアレスが何とも言えない顔をして見つめている。
「どうしたんだ? その格好……」
「私と似たような体型をした、市井の女性から譲ってもらいました!」
「…………なるほど」
既製品を買うことも考えたが、市井の人間はそもそも新たな服を買うことがあまりない。穴が開けば繕い、丁寧に洗って何年も同じ服を着る。リオノーラも領内の村へわざわざ出向き、小さな子どもがいる女性に相応の代金を払って市井の服と靴などを手に入れた。
ちなみにリオノーラが払った金額は、社交界のドレスがぽんと一着買えるほどだった。
「これで私はどこからどう見ても市井の女性です! 母子寮に住んでいても違和感は無いと思います」
「そうだな、違和感は仕事を放棄しているな」
「本当ですか? 良かったです!」
「ただ、王城へ来る時はその服を着るなよ?」
「分かってますって」
アレスはその場に屈み、抱っこしていたエミリオを地面に下ろす。エミリオはエプロンドレス姿の母親に勢いよく抱きついた。
母親の姿に合わせ、息子のエミリオも市井の子どもと変わらない格好をしている。もっとも、外遊びが好きで汚れることも多いエミリオは、元々汚れても良いような服装で過ごしていたが。
「エミリオ、お母さんを頼んだぞ?」
「わかたっ!」
あと数ヶ月で三歳になるエミリオは元気よく小さな手を挙げる。この息子は身体は他の子よりも小さめだが、男の子の割によく喋る。父親に癖っ毛を掻き混ぜるように撫でられて、キャッキャと笑っていた。
「三人娘にも声を掛けた。次の休みにでも皆で食事しよう」
「あら、楽しみですね!」
「やったぁ!」
二人の明るい声が、騎士団の詰所に響く。
何はともあれ、一家は別居しつつも近居で暮らすことになった。
これからこの一家に色々なトラブルが起こるのだが、それはまた別の話だ。
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