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後悔してももう遅い

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 ジェイムスには歳の離れた妹と、年老いた母がいる。父は妹が産まれる直前に家から出て行った。母方の叔母曰く、父には女がいたらしい。

 タイ行きの飛行機の中、ジェイムスは隣りの席に座るジョンをちらりと見る。呑気にもジョンは寝息を立てていた。
 家族を裏切ったのによくも寝れるなと、ジェイムスは舌打ちしたくなった。
 
 ジェイムスの妹は産まれた時から身体が弱かった。
 妹の世話をするため母はろくに働けず、ジェイムスは進学を諦めて金集めに奔走した。
 歳若く学のないジェイムスに、真っ当に稼げる仕事はない。
 彼はウェイターの仕事で得た金を元手に賭けチェスをして、家族の生活費や妹の医療費にあてていた。
 しかし妹の身体は一向に良くならない。
 ある日ジェイムスは、医者から妹を救うには臓器移植が必要だと告げられる。
 臓器移植を行うには莫大な費用が必要だった。

 ジェイムスは賭けチェスをしていた賭場のオーナーの口利きで、とあるマフィアに入る。
 そのマフィアは臓器売買をしのぎにしていた。
 世界中のドナー情報を集め、大金を出してでも助かりたい富豪相手に適合した臓器を売りつけるのだ。

 役所勤めのジョンはドナー登録をしており、アメリカに住む富豪のものと適合した。
 これからジョンはより安全な臓器提供者となるため、半年間タイの管理病棟で暮らす。

(馬鹿なおっさん……)

 ジェイムスはジョンの寝顔を睨む。
 彼にとって、自分の家族ほど大切なものはなかった。妹を救うためなら、どんな悪事だって行う。
 ジェイムスは、己の欲のためにあっさり家族を捨てるジョンが理解できなかった。

 ◆

 飛行機はタイに着いた。
 今までに感じたことのないむわっとした熱気に、ジョンは顔を顰める。

(こんなところで暮らすのか……)

 ジョンは今まで欧州から出たことがない。
 肌に張りつくような湿気、独特な匂い。理解できない言語が飛び交う。
 こんなところで生きていけるのかと不安になった。

「ジョン、車を用意したからさ、先行っててくれる?」

 隣りを歩くジェイムスの明るい声に、ジョンは顔を上げる。見ると、前方には薄汚れた車があり、その前には屈強な体つきをしたサングラスの男が二人いた。

「……ジェイムスは乗らないのか?」
「ああ、ちょっと用事があってね。この男達はうちの使用人だから安心していいよ」

 ジェイムスは使用人だと言うが、堅気には見えない。Tシャツの袖から覗く丸太のような腕には、タトゥーがびっしり入っている。

 ふいにジョンは、レオポールの忠告を思い出す。
 ジェイムスが裏稼業の人間ではないか、という噂がゲイコミュニティに流れているという話を。

 ぶわりとジョンの脇から汗が噴き出る。
 逃げ出したい、と彼は思った。
 だが、後悔してももう遅かった。
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