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予感は当たる

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 三ヶ月前、ジョンに近寄る影があった。
 チェスカフェのオーナーの弟が、ジョンを誘ったのだ。
 そのチェスカフェは表向きはチェスの愛好家が集まる場だが、実情は異なる。
 知る人ぞ知る、ゲイの出会いの場であった。

 ジョンはすぐにジェイムスという男と親密になった。
 ジェイムスは、界隈では誰とでも寝ると有名なタチだったが、彼の詳しい素性を知る者はいなかった。

 
 レオポールは、寂れた雰囲気のバーの戸を開ける。
 小さなスポットライトがいくつかあるだけの、薄暗い店内。
 カウンターには軍人のように屈強な男がいた。

 レオポールが、隠し撮りしたジェイムスの写真をその男に見せると、男は頬に手を当てて首を傾げた。
 このバーはゲイバーで、屈強な男はママだった。

『ジェイムス? 半年ぐらい前かしらね。急にこの街に現れるようになって、すぐに人気者になったわ』
『ジェイムスがどこから来たのか、姐さんは知らないのか?』
『……知らないわ。そもそも、アタシ達の世界じゃ、こっちから個人的なことを根掘り葉掘り聞くのはタブーなの』

 この寂れたゲイバーは老舗で、少なくとも十年以上はここに存在している。そこのオーナーたるママがジェイムスについて知らないのなら、これ以上聞き込みをしても無意味かもしれない。
 レオポールは短く息をはく。

『……これはアタシの勘だけど』

 ママはレオポールから視線を外すと、独りごとのように言った。

『ジェイムスはきっと裏家業の人間よ。ふらふらしてる根無草に見えるけど』

(……きっとゲイバーのママの勘は当たっているだろう)

 あの手の人間の勘は、馬鹿にならない。特にゲイバーのママならば色々な人間の本音を見聞きしているはず。
 ジェイムスの素性は気になったが、これ以上彼の周辺を漁れば自分に危害が及ぶかもしれない──レオポールは引き際を弁えていた。

 だが、一応ジョンには警告をしておこうと思った。
 このまま見て見ぬふりをすれば、ジョンは更にジェイムスにのめり込みシーラと離婚するかもしれないが……。

(……それはアンフェアだな)

 レオポールは不公平を好まない。
 ゲイバーのママから聞いた話を、そのままジョンにすることにした。

 ◆

 ジョンがチェスカフェ通いを始めてから一ヶ月が経った頃。
 レオポールは偶然を装って、ジョンと接触した。
 ジョンは気弱な男で、レオポールがやや強引に呑みに誘うと、しぶしぶだが付き合ってくれた。
 レオポールが仕事で培ったトーク術で場を和ませたところで、本題に入った。
 ジェイムスの名が出ると、ジョンの顔色がさっと変わった。

『あの人は……ジェイムスは私の恩人なのです』

 酒が入った影響だろう。ジョンは赤ら顔で半生を語り始めた。
 父親が非常に厳しい人であったこと。
 子供の頃から勉強ばかりさせられてきたこと。
 本当は男が好きだったが、家族には打ち明けられなかったこと。

『……ジェイムスは、私がずっと欲しかったものをすべてくれたのです』

 レオポールの予感は当たっていた。
 ジョンはやはり、生粋のゲイであった。
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