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一晩、頂きたい
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「アルキニナ様、この後お時間はございますか?」
「ええ」
「出来れば、一晩頂きたいのですが」
「一晩……?」
アルキニナが尋ねる前にユークスは口を開く。
「私はこの四年、アルキニナ様の隣に並び立てる人間になれるよう、努力して参りました。妹を上の学校にやり、そして、私自身は近衛の師団長になりました。あなたの憂い、ゲラシムも遠い異国へ追いやりました。私はやっと、あなたに気持ちを伝えられる立場になれたと、そう……思っております」
突然伝えられた、やや回りくどい愛の告白。
アルキニナは喜びよりも先に怒りの気持ちが沸いた。勝手なことを言う、と彼女は心の中で唇を尖らせる。
「遅すぎますわ。もしも私が再婚していたらどうするおつもりでしたの?」
「考えなかったわけではありませんが、現実にはアルキニナ様は再婚していない……。もしものパターンはもう考えません」
何も言わずこっそり努力されても困るのだ。こっちはもう結婚適齢期をとっくに過ぎているのに。待たせるつもりなら何か言って欲しかった。四年間の放置はいくらなんでも長すぎる。もう、諦めていたではないか。
ゲラシムを遠い異国へ追いやったとユークスは言った。そのことも気になるが、それよりもアルキニナは肝心なことを何も言わなかった彼に腹を立てた。
「一言ぐらい、手紙でも何でもお気持ちを伝えてくださればよろしかったのに」
「申し訳ございません。不確かなことは伝えたくなかったのです」
「まったく、不器用ですわね」
「よく言われます……」
大きな肩を下げるユークスを見て、アルキニナは小さく息を吐いた。不器用とよく言われる近衛師団長で良いのだろうか。
「良いですわ。今夜はとことん付き合って差し上げます」
「アルキニナ様、ありがとうございます……!」
ユークスはもう二十代も半ばを過ぎているはずなのに、瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせる。花弁が開くように笑う彼に、アルキニナの胸の奥底に仕舞っていた何かが疼いたような気がした。
◆
ユークスが用意した部屋は、結婚式場の近くにある宿だった。壁は大理石と思われる石目調で、床は深い赤色をした絨毯が敷き詰められている。ラグジュアリーな内装だ。高めの天井には丸いランプ型のシャンデリアが輝いている。それなりに値のはる宿だろう。
荷物は一旦、フロントへ預けた。
「ユークス、まって……」
アルキニナはそんな豪奢な宿の廊下を早足で歩いている。ユークスに手を引かれながら。
アルキニナが不安げな声をかけても、一歩先をゆく彼は振り向かない。黙ったまま、彼女の手を握りしめた。
そして鍵に記された番号の扉の前まで行くと、ユークスは少し焦ったような手つきで鍵を開ける。
「ユークス、ねえ……きゃっ」
ユークスは室内を見回し、何も異常がないと判断したのかアルキニナを部屋へ引き込んだ。
「アルキニナ様……」
「ユークス……!」
がちゃりと音を立て、部屋の内鍵を閉めたユークスはアルキニナの肩を掴むと彼女を抱きしめた。
ユークスの胸に顔を埋めたアルキニナの頭上には、ハテナマークがいくつも飛ぶ。
彼は女性を宿へ連れ込んで、いきなり抱きしめるようなそんな不埒な男では無かったはずだ。
確かに、ユークスはやや遠回しな言い方だが、アルキニナへ重すぎる気持ちを伝えた。彼女も、宿へ行くことを了承した時点で、彼の気持ちを受け入れたことになるだろうが、それでもこの行いは些か性急すぎる。
アルキニナはぐぐっとユークスの厚い胸を押す。
「落ち着いてくださいまし、ユークス」
「アルキニナ様、私はこの四年間、ずっと後悔しておりました」
「な、何をですの?」
「あなたを抱かなかったことです。この場で今、あの時の後悔を取り返したい」
ユークスにはっきりと言われ、アルキニナは変な声を出しそうになった。あまり思い出したくない、自分から彼に迫った情けないエピソード。何度も思い出しても、あれははしたなかった。
「あれは仕方ありませんわ」
「正直に言いますと、かなり痩せ我慢をしておりました。本当はあの時アルキニナ様のことが欲しくて仕方なかった。あなたに刹那的な関係を結んで欲しくない、共に未来を歩める相手と契りを結んで欲しいようなことをあれこれ言いましたが……あれは半分言い訳です。本音を言いますと、私はあなたにがっかりされるのが怖かったのです」
「がっかり……?」
「私は女の抱き方すらろくに知らない無知な男でした」
「今は違うと言うのですか?」
他の女で性交を覚えたのだろうか。言ってくれれば自分が教えたのにとアルキニナは下唇を噛む。
元夫ゲラシムは同性愛者で、アルキニナが相当頑張らないと勃起出来ないような男だった。そんな元夫の影響で、彼女の手練手管は相当なものになっていた。
「産科の医者に、座学で教わりました」
「そうですの……」
なんとなく期待は出来ないとアルキニナは思った。ユークス任せでは、せっかくの初夜なのに味気ない行為になってしまいそうだ。出来れば記憶に残したいと思うような、良い夜にしたい。
「大丈夫ですわ、ユークス。私がリードして差し上げます」
「ほ、本当ですか?」
「まだ完全には処女を失っておりませんけど、あなたを悦ばせることは出来ると思いますわ」
申し訳なさそうに頬を染めるユークスに、アルキニナは口端だけ上げて微笑みかけた。
この四年、自分たちの関係は完全に止まっていたのに、動く時は動くものだ。
アルキニナはドレスを脱ぐため、自分の腰へ腕を回した。
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