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可愛い教え子
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「先生⁉︎ もしかして、アルキニナ先生ですか……?」
ある日、気晴らしにと街へ出たアルキニナは声を掛けられた。振り向くと、そこには白銀の長い髪を持つかなりの美少女がいた。
アルキニナは後方に控えている護衛に「大丈夫」だと目配せする。
「もしかして、アンベラなの? 見違えましたわ」
「わぁっ、覚えててくれたのね! 先生!」
「ええ、可愛い教え子を忘れるものですか」
アンベラはアルキニナのかつての教え子だ。アンベラに最後に会ったのはもう二年近く前になる。懐かしさにアルキニナは目を細めた。叔父の家で暮らす彼女に、読み書き算盤、歴史など、学術に関することを教えていたが、彼女は物覚えの良い子だった。
(大きくなりましたわ。アンベラ……)
アンベラは二年前も可愛らしい少女だったが、背がグッと伸びて大人っぽくなった。コルセットを締めた外出用のドレス姿がすごく様になっている。少し見ない間にすっかりお姉さんになっていた。
腰まである白銀の髪は瞳と同じ瑠璃色のリボンでまとめていて、とてもお洒落だ──と思ったところで、アルキニナはハッとする。
ふと、アンベラの毛色がユークスのものととても似ていると思ったのだ。
「ねえ、アンベラ……。聞きたいことがあるのだけど」
「なぁに? 先生」
「あなた確か、お兄様がいらっしゃると言っていたわよね?」
授業の合間にしていた会話で、よくアンベラの口からは歳の離れた兄の話題が出ていた。外見は冷たそうに見られるが中身はけっこう暑苦しい人間で、口うるさいのだと彼女はよく愚痴をこぼしていた。
「ユークス兄さんのこと?」
「……! ユークス⁉︎ 」
「ど、どうしたの? 先生」
「ねえ、アンベラ、今少しお話しませんこと?」
「いいよ! わぁっ、嬉しいな」
アンベラがユークスの妹だったなんて。しかも、こんなところで再会出来るだなんて。この機会を逃すまいとアルキニナはアンベラの手を取った。
◆
「先生、うちの叔父さんが言ってたんだけど……。離縁したって本当なの?」
個室のあるカフェにて、アンベラは紅茶に砂糖を溶かしながらアルキニナに尋ねた。
「ええ、本当ですわ」
「うちの兄さんが絡んでるんだよね……?」
「ええ、まぁ……。アンベラはどこまで知っていらっしゃるの?」
「どこまで、て……。先生の旦那さんが、うちの兄さんのこと好きになって、夜会の夜に告白して、それを先生が見ちゃって、離縁になったんでしょう?」
「はぁ……。そこまで具体的に噂になっていますのね」
貴族社会は狭い。醜聞ほど広まりやすいことは分かっていたが、寸分違わず合っている事実をかつての教え子アンベラの口から聞いてしまうと、思わずため息が出てしまう。
「まぁ、うちの叔父さんは兄さんや私の親代わりみたいなところもあるし、色々詳しくても当たり前だと思うけどね」
「お恥ずかしい話ですけれど、本当ですわ」
「先生が恥ずかしがることないよ。悪いのは先生の元旦那さんじゃん」
女の子は早熟だ。まだ十四歳のはずなのに、大人の女性顔負けの話が出来る。
アンベラは上目遣いでアルキニナを見る。
「ねえ、先生……。次のお婿さんを探してるの?」
「そうですわね。私だけでは領地の運営は大変ですもの。良い縁があったら、と思いますわ」
「それならさ。うちの兄さんなんてどう? ちょっと口うるさいけど、真面目だしさ!」
アンベラから願ってもない言葉が出る。しかし、アルキニナはすでにユークスから結婚を断られていた。
ユークスは自身が結婚しない理由の一つに妹をあげていたが、妹から推薦して貰えば、再び彼は自分との結婚を検討してくれるだろうかと、アルキニナはほんの少しだけ期待した。が、すでにユークスから振られていることをアンベラに伝えねばと思った。
「ユークスと再婚出来たら嬉しいと思いますわ」
「わっ、本当? 私も先生が私のお姉さんになってくれたらすっごく嬉しいよ!」
「でも、すでに私はユークスに振られておりますの」
「ええっ、な、なんで⁉︎」
「私がユークスにお婿さんになって欲しいと言ったら、私にはもっと別の良い方がいると……」
「はぁぁっ⁉︎ あり得ない‼︎」
アンベラが前屈みになるとテーブルが揺れ、カップの中身の湯がこぼれそうになる。彼女は慌てて椅子に座り直した。
そして、興奮しながら捲し立てた。
「あり得ないよ! そんなの! 兄さん、アルキニナ先生のことが好きなのに!」
アンベラは興奮のあまり、実兄の秘密をぽろりと白状してしまう。すぐに「しまった」と思ったのか、彼女は慌てて手で口を覆う。
「私のことが好き? 私がユークスとまともに顔を合わせるようになったのは、つい最近のことですわよ?」
ゲラシムとの離縁が成立し、一月ほど経ったころにアルキニナは屋敷にユークスを呼び出した。それまではたまに騎士団に護衛を依頼し、数回顔を合わせたぐらいだ。
アルキニナは仕事の邪魔をしたらいけないと思い、あまり騎士に話しかけたりしない。だから余計にユークスが自分に好意を寄せていると聞いても信じられないのだ。ゲラシムと離縁するまでは、殆ど話したことも無かったのに。
「先生はそうかもしれないけど、兄さんは叔父さん家に訪ねてきた先生のことを遠くから見ててさ。こっそり恋してたんだよねえ……。だから先生の結婚が決まった時は、兄さん、ショックで泣きはらしていたんだよ」
「信じられませんわ。それならば、どうして私のことを振ったのかしら……」
もしかして、ユークスが自分のことが好きだったのはすでに過去の話で、ゲラシムと身体の関係を持ち、純潔ではなくなった自分には興味を無くしてしまったのだろうか。そう考えるとすごく切ない。ゲラシムとは確かに身体を繋げようとしていたが、膣に吐精されたことはない。自分はまだ完全に純潔を捨てきってはいないのに。
「私、兄さんに聞くわ。どうして先生を振ったのかを」
「だ、大丈夫よ、アンベラ。それにユークスには事情があるのかもしれませんし」
ユークスが自分のことを振ったのは、様々な事情があるとアルキニナは踏んでいた。人間の考えや感情はいつだって一つではない。複雑に入り混じっているものだ。
アルキニナは伯爵家の跡取り娘で、ユークスは叔父は男爵でも本人は平民だ。それだけでも、多少の隔たりはある。
(それにユークスは言っていましたわ。私の幸せを願っていると)
「折りを見て、私からユークスへお話しますわ」
ユークスがもしも、今も自分のことを想っているのなら、一緒になって幸せになる道を選んでも良いのではないか。
妹のアンベラだって、ユークスと自分が一緒になることを望んでいるのだから。
アルキニナは少しだけ光が見えてきたように感じた。
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