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良い人が見つからない
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「なかなか良い条件の者は見つかりませんね……」
「仕方ないですわ。良い方はすぐに縁を結べますもの」
早速、アルキニナの次の婿探しが始まったが、スムーズにはいかなかった。
ユークスは近衛騎士。騎士は出自の確かな者しかなれないため、貴族の子弟が高い割合でいた。しかも独身の若い男ばかり。ユークスは同僚を紹介するとアルキニナに提案したものの、目ぼしい騎士の殆どがすでに婚約者がいる状態だった。
「私、お相手は貴族家出身でなくともかまいませんわ」
「アルキニナ様、それはなりません。たしかに実家が貴族でなくとも商家など太い家の出身の者はおりますが、成金ばかりで礼儀作法がなっておりませぬ」
「そうでしょうか。ユークスはちゃんとしていらっしゃると思いますわ」
「私は男爵だった祖父の家で育ちましたから、市井の出でもまだマシかもしれません。ですが、いざって時に生まれが出るものですよ。私はあの夜、ゲラシム相手にカッとなって殴ってしまいましたからね。……あの時剣を抜いていたら、今頃私は騎士団をクビになっていたでしょう」
「どうして……」
「はい?」
「どうして、あの時ゲラシムにあそこまで怒ったのですか? ……あなたを日陰の恋人にしようとした、その不誠実さに怒ったのか、それとも……」
「個人的なことですよ」
「えっ?」
「前々から、ゲラシムのことが気に入らなかったのです。私は市井の出ですし、貴族の親から生まれて何不自由なく育ったゲラシムに嫉妬していました。アルキニナ様のような素晴らしい奥方様がいるのに、男と隠れて浮気しようとするアイツに無性に腹が立ったのです。あんなに、恵まれているのに」
「私は別に素晴らしくなんか……」
アルキニナはふるふると首を横へ振る。
「ゲラシムとの仲が上手くいかなかったのは、私にも原因があるはずですわ。ゲラシムは婿養子で遠慮もあったでしょうし……。鬱憤が溜まっていたと思います」
アルキニナはゲラシムとの閨事を思い出す。お互いに満足のいくものだとは言えなかった。まだ若い男性であるゲラシムはさぞや不満だったことだろう。
アルキニナはちらりとユークスの顔に視線を送る。
ゲラシムは尻孔を刺激されないと興奮できない性癖者だった。ありとあらゆる手を使ってやっと勃起するような有り様で、膣へ陽根を挿れようとしてもすぐに柔らかくなってしまい交接は無理だった。
ゲラシムはユークスに抱かれたいと思っていたのだろうか。彼はあきらかに抱かれる側の人間だった。
「……ゲラシムのことを考えるのはもう止めましょう。申し訳ございません。話題に出してしまって」
「いいえ」
「次、こちらへ伺う時は良い話を持ってくることが出来るよう、尽力します」
ユークスはわざわざ非番の日にアルキニナの屋敷へ出向いていた。アルキニナがゲラシムと離縁したのは自分のせいだと言い、ほぼ無給でアルキニナの婿探しに奔走していたのである。
「ユークス、無理はなさらないで」
「大丈夫ですよ。私はアルキニナ様の幸せのためなら、何でも出来ます」
「大袈裟ですわ」
ユークスはやけに大袈裟な表現を使う。まるで自分が彼の特別な人間にでもなった気分になってしまうから、やめてほしいとアルキニナは思う。
「大袈裟ではありません」
両親はすでにおらず、夫とは別れたばかり。こんな心細い状況で、責任感の強そうな美丈夫から、『あなたの幸せのためなら何でも出来る』と言われたら、誰でもコロッと落ちてしまうではないか。
アルキニナは唇を尖らせる。
「あなた、私のことを振ったばかりでしょう? 気を持たせるようなことばかり言わないでちょうだい」
アルキニナは釘を刺すことにした。これ以上ユークスに何か言われたら、本気で好きになってしまいそうだ。
「申し訳ございません……。ですが、嘘は申し上げておりません」
「ユークス、私に好かれてしまったら困るでしょう?」
「そ、れは……」
ユークスは長いまつ毛で影を作っている頬を赤く染めると、下唇を噛んでしまった。
アルキニナはふんと鼻を鳴らす。
「もう、私があなたの言うことを本気にしないよう、気をつけますわ」
「お手数をおかけして申し訳ありません……」
深々と頭の下げるユークスを見て、アルキニナは心配になった。ゲラシムの他にも彼に本気になってしまった男女は多いのではないか。ユークスは女性のように美しい顔をしていて、スタイルも良い。見目が良いだけでも惹きつけられるのに、こちらが嬉しくなってしまうようなことばかり言うのだ。
(きっと、ユークスの恋人は大変ですわね……)
ここまで考えたところで、アルキニナはハッとした。
「ユークス、あなたには恋人や将来を約束した方はいらっしゃるの?」
もしも婚約者がいるなら、頻繁に呼び出すのも悪いだろう。ユークスはこれだけ素敵な人なのだ。特別な人がいてもおかしくない。
彼のことを考えず、求婚したのはまずかったかもしれない。アルキニナは焦るが、ユークスは首を横に振る。
「おりません」
「そうなのですか?」
「私には年の離れた妹が一人おりまして、妹を上級学校へやり嫁に行かせるまでは結婚をしないと心に決めております」
「まぁ……」
全寮制の上級学校はかなりの学費がかかると聞く。近衛騎士はそれなりに高給だろうが、それでも妹を上の学校へやるには難儀するだろう。
ユークスは美形だ。金持ちの跡取り娘と結婚したほうが楽に妹を養うことが出来ると思うが、彼には彼の矜持があるのかもしれない。
「とっても立派ですわ。あなたのご両親は早くに亡くなられたのですよね……」
「はい。私が十二歳の時に父が。母も妹を産んだ時に亡くなりました……。妹を独り立ちさせるまでは、結婚は考えられません」
ユークスの考えはとても立派だと思うが、自分が彼の妹の立場なら、少し重く感じてしまうかもとアルキニナは思う。しかし、口には出さない。
「妹さんはおいくつなのかしら? きっとユークスの妹なら可愛いでしょうね」
「十四です」
「まぁ、来年受験なのですね」
ユークスの妹の年齢は十四歳。アルキニナの脳裏に一人の少女のことが浮かぶ。アルキニナは父親が存命で元気だった頃、花嫁修行の一環で男爵家で家庭教師をしていたことがある。その時に受け持った少女は今頃、十四歳か、十五歳ぐらいになる。その少女は赤ん坊の頃に両親を亡くし、叔父の家に身を寄せていた。不遇な境遇であったが、叔父夫妻にとても可愛がられているようでいつも笑顔を絶やさなかった。
白銀の艶やかな髪に瑠璃色の瞳をした可愛らしい娘だった。結婚してからは疎遠になってしまったが、今頃どうしているだろうか。
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