上 下
23 / 26
《番外編》本編終了後のお話

ドカ喰い大好き!リオノーラ様《節制編⑤》

しおりを挟む
 木製の剣を激しく打ちつけあう音が、昼間の演習場に響き渡る。

「はぁぁっ!」

 リオノーラはレイラから教わったアレスの弱点を突こうと一撃を繰り出すが、それは難なくかわされてしまう。
 明らかに熟練度が違う。まるで大人と子どもの打ち合い稽古のようだ。
 一本を取れるイメージがまるで湧かず、リオノーラは焦る。弱気になりそうになる心を、彼女はなんとか奮い立たせる。

(レイラは『戦に絶対はない』と言っていたもの! ここでアレス様から一本取って、私はケーキを食べるのよ!)

 元々リオノーラは不利だった。彼女はアレスよりも頭一つ分背が低い。剣術は背が高い方が圧倒的に有利なのだ。

「あっ……!」

 カンッと高い音を立て、リオノーラが持っていた木製の剣が埃っぽい地面に落ちる。
 リオノーラは自分の両手を見つめる。久しぶりに振るったからだろう。両手ともぶるぶる震えていた。
 アレスはリオノーラが落とした木製の剣を拾った。

「……今日はこのくらいにしましょうか」
「ま、待ってください! もう一回だけ……!」
「今日はリオノーラも頑張りましたから、一個だけ、小さいケーキなら帰りに買ってもいいですよ」

 そんなお情けで買ってもらうケーキなど、食べたくなかった……いや、それでもケーキは食べたいとリオノーラは思ったが、ここで辞めたら女がすたる。

「お願いします! もう一回だけお願いします!」

 すでに手には力が入らなくなっている。息も切れ、体力も限界だ。でも、辞められなかった。

「……分かりました。一回だけですよ」
「ありがとうございます!」

(私がこんなにぼろぼろになってるのに、アレス様は涼しい顔してる……)

 アレスは呼吸一つ乱していない。最低限の動きでリオノーラの一撃をかわし、軽い力で彼女の木製の剣を叩き落としている。難しいことなど何一つしていないように見える。ここまでの域に達するのに一体どれだけの研鑽を積んだのだろうか。

(私など、遠く及ばない……!)

 だが、一本取って美味しくケーキを食べたい。
 リオノーラは木製の剣を握ると、再びアレスに立ち向かっていった。

 ◆

「はぁぁ~……勝てるわけないですよね……」
「まぁでも、頑張りましたよ。俺相手にここまで粘れる人間はそうはいません」

 あの後、やはりアレスから一本も取れず、リオノーラは負けた。
 菓子店で小さなバタークリームケーキをひとつ買い、リオノーラは食べさせてもらっていた。もう、手が震えてフォークも握れないのだ。

「美味し……」

 久しぶりに食べたバタークリームケーキは、涙が出そうになるほど美味しく感じた。
 四角く切られたやや黄み掛かった白いケーキに真っ赤な丸いゼリーが中央にひとつだけのせられたそれは、宗国の伝統的な菓子だ。
 ケーキはあっという間に食べ終わる。名残惜しい。もう二つ三つは余裕で食べられたのにと、リオノーラは胃を押さえた。

「歯をみがいてシャワーを浴びたら、今日はもう寝ましょう」

 アレスは食器を片付けながら言う。

「そうですね~。今日はもうへとへとです」

 布団に入ったら秒で寝てしまいそうだ、とリオノーラはあくびを噛み殺す。
 だが、彼女の夜はまだ終わらなかった。

《つづく》
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私の夫と義妹が不倫していた。義弟と四人で話し合った結果…。

ほったげな
恋愛
私の夫はイケメンで侯爵である。そんな夫が自身の弟の妻と不倫していた。四人で話し合ったところ…。

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。