離縁の危機なので旦那様に迫ったら、実は一途に愛されていました

野地マルテ

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《番外編》本編終了後のお話

ドカ喰い大好き!リオノーラ様《節制編②》

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「ひっ……はぁっ、はっ……」

 次の日、リオノーラは近場にある演習場内を走っていた。王都に来る前よりもぽっちゃりしてしまった身体を揺らしながら、汗を流す。

 ゴールまでたどり着いたリオノーラは、ふらりとその場に座り込む。その丸い顔には玉のような汗が浮かんでいた。

「ぜぇ……ぜぃ……」
「リオノーラはけっこう体力ありますよね。なかなかここまで走れませんよ」

 アレスは「はい」と、木製のカップをリオノーラを差し出す。リオノーラはそれを震える手で受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。ほのかに冷たい水が甘露に感じる。

「ぷはーっ! 生き還るっ!」
「生き還りましたか。では次は筋力を鍛えましょう」
「へっ!? まだやるんですか!?」
「当然です。有酸素運動の次は、無酸素運動。併せてやると効果的なのです」
「へ、へーー……」

(や、やりたくない……)

 走り回ってすでに身体はへとへとに疲れていた。もう何もする気になれない。だが、アレスを自分の節制に付き合わせてしまっている負目のあるリオノーラは断れなかった。

「ここが筋力トレーニング室です」
「演習場にこんなところがあったのですか……!」

 演習場の奥には一つの広い空間があった。ぱっと見では使い方がよく分からない鉄の塊がいたるところに置いてある。

「あら、いらっしゃいアレスさん」

 二人の存在に気がついた男が近づいてくる。ガチムチと形容できるほど筋骨隆々だ。長い金髪は頭の高い位置で綺麗にまとめられている。

「彼はカロリーナ。元は王立騎士団の騎士でしたが、去年退役して今はこの筋力トレーニング室でトレーナーをしています」
「カロリーナです! 本業は髪結なんだけどねぇ。呼んでくれるお客さんがまだ十人ぐらいしかいなくて暇なのよ」

 カロリーナは頬に無骨な手を当てるとしなを作った。

「俺の髪も彼が切っています」
「あっ……夫がお世話になってます! 妻のリオノーラです。はじめまして」

 リオノーラは慌てて挨拶をする。

(夫、か~!)

 挨拶一つでも、妻らしいことができると嬉しくて、リオノーラの口元は綻びそうになってしまう。

「まぁ! 白くてちっちゃくて丸っこくて可愛いわねっ! ぬいぐるみみたいだわ~! 今日はどうしたの? アレスさんのトレーニングの見学?」
「いや、妻を鍛えあげてほしいんだ」
「鍛えあげる?」
「王都に来てから太ってしまったんだ。医者からも指摘されて……」

 あらためて言われると恥ずかしい。リオノーラは頬を熱くしながら俯く。

「ふ~ん。女の子はこれぐらいぽっちゃりしてるほうが可愛いと思うけど、適度に筋トレしたほうがいいかもしれないわね。食べても太りにくくなるから」
「食べても太りにくくなる……!?」
「ええ。筋トレするとエネルギー消費量が増えるから、脂肪は減るわ」

 食べても太りにくくなる。そんな夢の方法があるとは──リオノーラは希望に瞳を輝かせる。
 彼女は両手にぎゅっと握り拳を作った。

「私っ! 筋トレがんばりますっ!」
「やる気になってもらえて良かったです。……カロリーナ、あとは頼んだぞ」
「まかせて、アレスさん!」
「へっ?」

 アレスはリオノーラを残して、筋力トレーニング室の奥にすたすた歩いていってしまう。

「あの~……夫はどこへ?」
「剣の打ち合い稽古でもするんじゃないかしら。アレスさん、毎日鍛錬を欠かさないから。……さっ、私たちも筋トレを始めましょ! リオノーラちゃん」

(アレス様の剣の打ち合い稽古……見たかったなぁ)

 後ろ髪を引かれる思いで、リオノーラはカロリーナの後をついていく。

「さっ、ここよ。この台の上に仰向けで寝そべってね」
「な、何をするんですか?」
「まずはバーベルを上げてみましょうか」

 カロリーナは、いかにも重そうな円盤が両端についた鉄の棒をひょいと持ち上げる。
 リオノーラは血の気が引いた。自分もあれを持ち上げるのかと。

「む、無理ですっ!」

 抵抗もむなしく、リオノーラは仰向けになった状態で、鉄の棒を握らされた。

「大丈夫よ、私が持っててあげるから」
「おおお重い重い……!」
「あら、けっこう力あるじゃない、リオノーラちゃん」

(重い……キツい……! でも太りにくい身体を作るためよ……!)

 昨夜食べた粥を思い出す。アレスが作ってくれたそれは美味しかったが、これから毎日あの粥を食べると思うとゾッとする。
 王都に来る前の体型に戻れば、主食をパンや白米に戻すとアレスは言っていた。
 美味しいものを再び口にするため、リオノーラは歯を食いしばるのだった。

《つづく》
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