20 / 26
《番外編》本編終了後のお話
ドカ喰い大好き!リオノーラ様《節制編②》
しおりを挟む
「ひっ……はぁっ、はっ……」
次の日、リオノーラは近場にある演習場内を走っていた。王都に来る前よりもぽっちゃりしてしまった身体を揺らしながら、汗を流す。
ゴールまでたどり着いたリオノーラは、ふらりとその場に座り込む。その丸い顔には玉のような汗が浮かんでいた。
「ぜぇ……ぜぃ……」
「リオノーラはけっこう体力ありますよね。なかなかここまで走れませんよ」
アレスは「はい」と、木製のカップをリオノーラを差し出す。リオノーラはそれを震える手で受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。ほのかに冷たい水が甘露に感じる。
「ぷはーっ! 生き還るっ!」
「生き還りましたか。では次は筋力を鍛えましょう」
「へっ!? まだやるんですか!?」
「当然です。有酸素運動の次は、無酸素運動。併せてやると効果的なのです」
「へ、へーー……」
(や、やりたくない……)
走り回ってすでに身体はへとへとに疲れていた。もう何もする気になれない。だが、アレスを自分の節制に付き合わせてしまっている負目のあるリオノーラは断れなかった。
「ここが筋力トレーニング室です」
「演習場にこんなところがあったのですか……!」
演習場の奥には一つの広い空間があった。ぱっと見では使い方がよく分からない鉄の塊がいたるところに置いてある。
「あら、いらっしゃいアレスさん」
二人の存在に気がついた男が近づいてくる。ガチムチと形容できるほど筋骨隆々だ。長い金髪は頭の高い位置で綺麗にまとめられている。
「彼はカロリーナ。元は王立騎士団の騎士でしたが、去年退役して今はこの筋力トレーニング室でトレーナーをしています」
「カロリーナです! 本業は髪結なんだけどねぇ。呼んでくれるお客さんがまだ十人ぐらいしかいなくて暇なのよ」
カロリーナは頬に無骨な手を当てると品を作った。
「俺の髪も彼が切っています」
「あっ……夫がお世話になってます! 妻のリオノーラです。はじめまして」
リオノーラは慌てて挨拶をする。
(夫、か~!)
挨拶一つでも、妻らしいことができると嬉しくて、リオノーラの口元は綻びそうになってしまう。
「まぁ! 白くてちっちゃくて丸っこくて可愛いわねっ! ぬいぐるみみたいだわ~! 今日はどうしたの? アレスさんのトレーニングの見学?」
「いや、妻を鍛えあげてほしいんだ」
「鍛えあげる?」
「王都に来てから太ってしまったんだ。医者からも指摘されて……」
あらためて言われると恥ずかしい。リオノーラは頬を熱くしながら俯く。
「ふ~ん。女の子はこれぐらいぽっちゃりしてるほうが可愛いと思うけど、適度に筋トレしたほうがいいかもしれないわね。食べても太りにくくなるから」
「食べても太りにくくなる……!?」
「ええ。筋トレするとエネルギー消費量が増えるから、脂肪は減るわ」
食べても太りにくくなる。そんな夢の方法があるとは──リオノーラは希望に瞳を輝かせる。
彼女は両手にぎゅっと握り拳を作った。
「私っ! 筋トレがんばりますっ!」
「やる気になってもらえて良かったです。……カロリーナ、あとは頼んだぞ」
「まかせて、アレスさん!」
「へっ?」
アレスはリオノーラを残して、筋力トレーニング室の奥にすたすた歩いていってしまう。
「あの~……夫はどこへ?」
「剣の打ち合い稽古でもするんじゃないかしら。アレスさん、毎日鍛錬を欠かさないから。……さっ、私たちも筋トレを始めましょ! リオノーラちゃん」
(アレス様の剣の打ち合い稽古……見たかったなぁ)
後ろ髪を引かれる思いで、リオノーラはカロリーナの後をついていく。
「さっ、ここよ。この台の上に仰向けで寝そべってね」
「な、何をするんですか?」
「まずはバーベルを上げてみましょうか」
カロリーナは、いかにも重そうな円盤が両端についた鉄の棒をひょいと持ち上げる。
リオノーラは血の気が引いた。自分もあれを持ち上げるのかと。
「む、無理ですっ!」
抵抗もむなしく、リオノーラは仰向けになった状態で、鉄の棒を握らされた。
「大丈夫よ、私が持っててあげるから」
「おおお重い重い……!」
「あら、けっこう力あるじゃない、リオノーラちゃん」
(重い……キツい……! でも太りにくい身体を作るためよ……!)
昨夜食べた粥を思い出す。アレスが作ってくれたそれは美味しかったが、これから毎日あの粥を食べると思うとゾッとする。
王都に来る前の体型に戻れば、主食をパンや白米に戻すとアレスは言っていた。
美味しいものを再び口にするため、リオノーラは歯を食いしばるのだった。
《つづく》
次の日、リオノーラは近場にある演習場内を走っていた。王都に来る前よりもぽっちゃりしてしまった身体を揺らしながら、汗を流す。
ゴールまでたどり着いたリオノーラは、ふらりとその場に座り込む。その丸い顔には玉のような汗が浮かんでいた。
「ぜぇ……ぜぃ……」
「リオノーラはけっこう体力ありますよね。なかなかここまで走れませんよ」
アレスは「はい」と、木製のカップをリオノーラを差し出す。リオノーラはそれを震える手で受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。ほのかに冷たい水が甘露に感じる。
「ぷはーっ! 生き還るっ!」
「生き還りましたか。では次は筋力を鍛えましょう」
「へっ!? まだやるんですか!?」
「当然です。有酸素運動の次は、無酸素運動。併せてやると効果的なのです」
「へ、へーー……」
(や、やりたくない……)
走り回ってすでに身体はへとへとに疲れていた。もう何もする気になれない。だが、アレスを自分の節制に付き合わせてしまっている負目のあるリオノーラは断れなかった。
「ここが筋力トレーニング室です」
「演習場にこんなところがあったのですか……!」
演習場の奥には一つの広い空間があった。ぱっと見では使い方がよく分からない鉄の塊がいたるところに置いてある。
「あら、いらっしゃいアレスさん」
二人の存在に気がついた男が近づいてくる。ガチムチと形容できるほど筋骨隆々だ。長い金髪は頭の高い位置で綺麗にまとめられている。
「彼はカロリーナ。元は王立騎士団の騎士でしたが、去年退役して今はこの筋力トレーニング室でトレーナーをしています」
「カロリーナです! 本業は髪結なんだけどねぇ。呼んでくれるお客さんがまだ十人ぐらいしかいなくて暇なのよ」
カロリーナは頬に無骨な手を当てると品を作った。
「俺の髪も彼が切っています」
「あっ……夫がお世話になってます! 妻のリオノーラです。はじめまして」
リオノーラは慌てて挨拶をする。
(夫、か~!)
挨拶一つでも、妻らしいことができると嬉しくて、リオノーラの口元は綻びそうになってしまう。
「まぁ! 白くてちっちゃくて丸っこくて可愛いわねっ! ぬいぐるみみたいだわ~! 今日はどうしたの? アレスさんのトレーニングの見学?」
「いや、妻を鍛えあげてほしいんだ」
「鍛えあげる?」
「王都に来てから太ってしまったんだ。医者からも指摘されて……」
あらためて言われると恥ずかしい。リオノーラは頬を熱くしながら俯く。
「ふ~ん。女の子はこれぐらいぽっちゃりしてるほうが可愛いと思うけど、適度に筋トレしたほうがいいかもしれないわね。食べても太りにくくなるから」
「食べても太りにくくなる……!?」
「ええ。筋トレするとエネルギー消費量が増えるから、脂肪は減るわ」
食べても太りにくくなる。そんな夢の方法があるとは──リオノーラは希望に瞳を輝かせる。
彼女は両手にぎゅっと握り拳を作った。
「私っ! 筋トレがんばりますっ!」
「やる気になってもらえて良かったです。……カロリーナ、あとは頼んだぞ」
「まかせて、アレスさん!」
「へっ?」
アレスはリオノーラを残して、筋力トレーニング室の奥にすたすた歩いていってしまう。
「あの~……夫はどこへ?」
「剣の打ち合い稽古でもするんじゃないかしら。アレスさん、毎日鍛錬を欠かさないから。……さっ、私たちも筋トレを始めましょ! リオノーラちゃん」
(アレス様の剣の打ち合い稽古……見たかったなぁ)
後ろ髪を引かれる思いで、リオノーラはカロリーナの後をついていく。
「さっ、ここよ。この台の上に仰向けで寝そべってね」
「な、何をするんですか?」
「まずはバーベルを上げてみましょうか」
カロリーナは、いかにも重そうな円盤が両端についた鉄の棒をひょいと持ち上げる。
リオノーラは血の気が引いた。自分もあれを持ち上げるのかと。
「む、無理ですっ!」
抵抗もむなしく、リオノーラは仰向けになった状態で、鉄の棒を握らされた。
「大丈夫よ、私が持っててあげるから」
「おおお重い重い……!」
「あら、けっこう力あるじゃない、リオノーラちゃん」
(重い……キツい……! でも太りにくい身体を作るためよ……!)
昨夜食べた粥を思い出す。アレスが作ってくれたそれは美味しかったが、これから毎日あの粥を食べると思うとゾッとする。
王都に来る前の体型に戻れば、主食をパンや白米に戻すとアレスは言っていた。
美味しいものを再び口にするため、リオノーラは歯を食いしばるのだった。
《つづく》
103
お気に入りに追加
1,174
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。