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おまけSS

〜同居初日の買い出し編〜

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アレスとリオノーラの同居初日の話。
追加エピソードです。

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 かくして、アレスとリオノーラの同居生活は始まった。
 食事を終えた二人は近くの商店街に繰り出した。
 アレスが暮らす騎士団の寮の部屋は片付いてはいるものの、生活用品が圧倒的に不足していた。アレスはほとんど詰所で寝泊まりしていて、部屋にはろくに帰っていなかったのだ。

「とりあえず、商店街を見て回りましょうか?」
「はい!」

 アレスが声をかけると、リオノーラは元気よく返事をする。よほど買い物に出かけるのが嬉しいのか、リオノーラはずっと笑顔を絶やさない。

「嬉しそうですね」

 思わず、アレスはリオノーラにそんな言葉をかけてしまう。リオノーラは一瞬真顔になったが、すぐに笑顔に戻る。そして、こう言った。

「……はい、嬉しいです。ティンエルジュ領では、自由に出歩けなかったですから」

 リオノーラはティンエルジュ侯爵の一人娘だ。屋敷の外に出る時は、私設兵達に囲まれている。
 自由に出歩くことすらままならない──そんな生活を送っていた。

(愚問だったな……)

 リオノーラは領主家の一員だという意識が高い女性で、いつも領民達の福祉を考える模範的な貴族だった。
 それでも、制限の多い生活に窮屈さを覚えていたのだろう。今のリオノーラの表情からは、何かから解放されたような、晴やかなものを感じる。

(……ここではなるべく、自由にすごさせてあげよう)

 リオノーラがいつまで王都にいるつもりなのかは分からない。そもそも、リオノーラがティンエルジュ領を出た理由もよく分からなかった。
 ──アレスと楽しく過ごすために来た、と言っていたが、さすがにその台詞を鵜呑みにできるほど、アレスは単純な男ではなかった。
 何かしらの理由があり、リオノーラがここに来たのは間違いないだろう。
 
 アレスは商店街を歩きながら、街ゆく人間達に視線を走らせる。

(……私服の私設兵がいるな)

 この王都には、ティンエルジュ家の息がかかった人間達がいる。彼らはすぐに駆けつけられる位置でリオノーラを見守っていた。私服の私設兵は一人二人、……いや四人以上いるかもしれない。
 アレスは諜報と暗殺を生業とする部隊にいる。
 同業者の存在には敏感だった。

 アレスはもう一度、隣りを歩くリオノーラに視線を落とす。
 彼女は私設兵の存在に気がついているのだろうか。
 
(まぁ、わざわざ私設兵がいると知らせる必要はないか……)

 せっかく楽しそうにしているのだ。わざわざ水をさすことはない。

「アレス様。何か食べたいものはありますか?」
「……食べたいものですか?」
「はい! 私、料理が得意なんです。何でも作りますよ!」

 商店街には飲食店も数多く立ち並んでいる。料理の持ち帰りも可能だ。
 リオノーラがわざわざ料理をする必要はないのだが、手料理をふるまいたくて仕方がないと、その顔に書いてあるような気がした。

「……そうですね。あえて言うなら、辛いもの、ですかね?」
「辛いもの、ですか?」

 アレスは宗西戦争時に使用した薬が原因で、味覚障害を患っている。味覚障害と言ってもすべての味が分からないわけではなく、苦味や酸味、そして辛味はそれなりに感じられる。
 アレスの頭に、北国遠征の時に食べたスープがふいに浮かぶ。赤かぶを使った真っ赤なスープで、香辛料がきいていた。しんしんと雪が降る中で食べたそのスープは、頭の奥が痺れるぐらい美味く感じた。

「昔、北国の遠征で食べたスープがあって……。そのスープがまた食べたいです」
「へえ、どんなスープなんですか?」
「赤かぶを使った真っ赤なスープです。辛味と酸味が絶妙で……とても美味かった」
「赤かぶを使った、辛味と酸味が絶妙なスープ……」

 どうもリオノーラは赤かぶのスープを知らないらしい。顎に丸めた人差し指を当てて、神妙な顔をしている。

「……初めて聞きましたけど、図書館でレシピを調べて作ってみますね!」
「どうしても食べたいわけじゃないので、無理をしなくても……」
「いいえ、無理じゃないです! アレス様に喜んでもらいたいですから!」

 リオノーラは両手に握り拳を作る。
 気合いが入るリオノーラに、アレスはふっと目を細めた。

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