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後悔
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アシュガイルは後悔していた。侯爵令嬢ミスリンと関係を持ったのは、間違いだったと今ならはっきり言える。
アシュガイルは今、ミスリンの実家が用意した屋敷にいた。中古物件だが、外壁は修復され、部屋のクロスも新しくなっている。調度品はどれも一級の職人が作った立派なもので、高級貴族が住まう家としては充分な空間だ。
アシュガイルは間違いなく玉の輿に乗っていた。だが、彼はミスリンとの結婚に後悔していた。
隣の部屋から聞こえるのは、ミスリンと、その主治医の声。最初のうちは楽しそうに談笑していた二人だったが、時間が経つにつれて雲行きが怪しいものとなる。やがて、隣の部屋からはミスリンのあられもない声が聞こえてきた。
端的に言えば、ミスリンは主治医と深い仲になっていた。主治医は市井の人間で、それも移民だった。彼女は結婚できない相手と情を交わしていたのである。
主治医との子を孕んだことを知ったミスリンは、たまたま護衛に来ていたアシュガイルをたらしこみ、偽装結婚をしたのだ。主治医と秘めた関係を続けるために。
アシュガイルはミスリンに騙されたことを知っても、責めることが出来なかった。ミスリンの実家はこの国でも有数の大貴族。アシュガイルが事を荒立てれば、今度は彼の実家の立場が危うくなる。それにアシュガイルは何度もミスリンと身体の関係を持っている。ミスリンが「孕んだ子はアシュガイルの子」と主張すれば、妊娠の月日がまったくあわなくとも通ってしまった。
──フェデリカ……。
今も瞼を閉じれば、かつての婚約者の笑顔が浮かぶ。可憐で、穢れを知らない美しいひと。赤ん坊の頃からいつも一緒だった。
子どもの頃は良かったのだ。ただ、フェデリカと一緒にいるだけで楽しかった。
それが変わったのは、アシュガイルが精通を迎えてからだ。十三歳の時、部屋の付きのメイドに誘われるがまま関係を持ち、それからはいつも頭のなかは女を抱くことでいっぱいになった。仕事で知り合った、なるべくおなしそうな令嬢をたらしこみ、裏口があるような宿で性欲を満たす日々。フェデリカを裏切っている罪の意識はあったが、性豪の彼にとってに女を抱くことは食事をすることと同義で、婚約者に操を立てるなどあり得ないことであった。
令嬢側もスキャンダルを恐れて、社交界でアシュガイルとの関係をばらそうとする者はいなかった。表向きは清廉潔白な騎士として通っていたアシュガイルはもう、やりたい放題だった。
フェデリカを裏切った罰が当たったのだ。だから自分は、とんでもない女に引っかかってしまったのだ。
ミスリンと関係を持たなければ、いや、自分が浮気などしなければ、今頃、フェデリカと初めての夜を迎えられたのに。
それをオサスナに奪われてしまった。
アシュガイルはオサスナを自分よりも下に見ていた。一代限りの男爵の息子で、血統も良くない。口が悪くて粗暴な腐れ縁。あんなやつはいくら剣の腕が立とうが、どこかの戦場で無惨に死ぬのが関の山だと。心の中でせせら笑っていたのに。
それが今やオサスナは子爵家の次期当主だ。フェデリカの家は爵位こそ子爵だが、領地は広大なぶどう畑をもつワインの一大名産地。たとえ不作の年があろうが、貯蔵庫には年代物のワインがある。よほどのことがあっても飢えることはない潤沢な領地。
アシュガイルは自分の膝をぐっと握り込む。フェデリカの婿になり、自分があの家の領主になる予定だったのに。そうすれば、騎士をやめても一生安泰で暮らしていけた。
失ったものの大きさに、アシュガイルは頭を抱える。自分はこの先どうなってしまうのだろう。妻ミスリンの不貞を横目に、身の置き場のない思いをしながら、この屋敷で暮らし続けるのか。
──冗談じゃない!
アシュガイルは決心する。このまま一生縮こまって生きるより、騎士として何か大きな手柄を立てたい。僻地への異動を願い出よう。定期的に起こる異民族との小競り合いを堰き止め、武功をあげれば、たとえ今後ミスリンと離縁しても、次の縁談に恵まれるかもしれない。
アシュガイルは懲りなかった。
結婚したばかりで、子どもももうすぐ生まれるアシュガイルの異動願いに彼の上官は良い顔をしなかったものの、アシュガイルは『生まれてくる子どものためにも、手柄を立てたい』と言い、半端無理やり国境沿いの僻地へ異動した。
アシュガイルはその後、国境沿いにある村で石打ちに遭って殺された。アシュガイルは結婚が決まっていた村長の娘とねんごろになり、娘と裸で抱き合っている時に娘の婚約者が部屋に押し入り、彼の頭に鈍器のような石を投げつけた。
アシュガイルはなすすべなく、全身を強く殴打されて死んだ。
彼は自身の性欲と不誠実さに殺されたのである。
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