1 / 11
婚約者を侯爵令嬢に奪われる
しおりを挟む「わぁっ、きれいね」
「フェデリカが好きだと思って、遠征の帰りに買ったんだ」
「ありがとう、アシュガイル! 大切にするわ」
白に近い銀髪をした逞しい青年から、少しくすんだ色の花びらがついたリースを受け取った金髪の娘は、蕾が花開くように微笑む。
小枝を円になるように形を整え、ドライ加工した紫陽花で飾り付けしたリースは、王都に暮らす令嬢たちの間で流行していた。娘は紫陽花の花びらが潰れないように、そっと胸に花輪を抱く。
娘の名はフェデリカ。彼女は子爵家の跡取り娘で、目の前にいる体格の良い青年アシュガイルと婚約していた。二人は母親同士が仲がよく、その縁で出逢った。二人は赤ん坊の頃からの幼なじみ。互いの屋敷も近く、ある程度の年齢になるまでは何をするのにも一緒だった。
アシュガイルは王城に勤める騎士。もの静かで人当たりがよく、主に高級貴族や王族の護衛を務める彼の評判は良かった。二人は似合いのカップルとして社交界でも周知されていて、周りは二人のなりゆきを微笑ましく見守っていたのだが。
ある日、事件は起こった。
◆
その日、フェデリカが家令に呼ばれて執務室へ行くと、そこには泣き崩れる母と、難しい顔をした父がいた。
フェデリカは即座に我が家に何かよくないことが起こったのだと悟った。事業が失敗したのだろうか、それとも、最近体調を崩している父に新たな病気が見つかったのだろうか。
彼女の頭の中に悪い考えがいくつもよぎる。
しかし、この家に起こった不幸はどれでもなかった。
「婚約破棄……?」
「ああ、フェーン家から正式に申し出があった。賠償金は払うと言われたが……」
フェデリカの父は額に手を当てる。
フェーン家はアシュガイルの実家。フェデリカの母は親友に裏切られたと言って泣いている。
「どういうことですの? お父様」
「アシュガイルに我が家よりも良縁が来たのだ」
「ひどいわ、フェデリカをなんだと思っているの!」
アシュガイルに侯爵家から縁談が届いたのだ。相手はイナシオ侯爵家の三女ミスリン。ずっと病弱で社交の場には出ていなかったが、病院への通院時にアシュガイルに護衛を頼んだ事で縁が出来た。ミスリンは自分を優しく守ってくれる頼もしい騎士アシュガイルに恋をしたという。
フェデリカは両親の声が遠くなるのを感じ、慌てて首を振った。ここで自分が倒れては、より一層両親の悲嘆が大きくなってしまう。フェデリカは奥歯を噛み締める。
「……仕方がありませんわ」
「フェデリカ」
「男性はアシュガイルだけではないもの。私は他の方と結婚します」
フェデリカは気丈にも微笑む。彼女はこの家の跡取り娘であった。
フェデリカの胸にはもちろん嵐が吹いていたし、本音を言えばアシュガイル以外の男性と結婚するなど、今はまったく考えられない。しかし、ここで自分が嘆き悲しんでもどうしようもないと悟っていた。アシュガイルの実家フェーン家からは、正式に婚約破棄の申し出が届いているのだという。これはもう覆らない。
「フェデリカの言うとおりだ。男はアシュガイルだけではない」
「ええ、そうね。今度こそフェデリカや我が家を大切にしてくれる人を見つけましょう」
娘の気丈な様に感化された両親の目に力が灯る。
フェデリカはホッとしつつも、別の悲しみが胸に広がる。これでもう自分は両親の前で弱音を吐けないのだと、そう思い込んでしまったのだ。
41
お気に入りに追加
1,810
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる