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婚約者を侯爵令嬢に奪われる

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「わぁっ、きれいね」
「フェデリカが好きだと思って、遠征の帰りに買ったんだ」
「ありがとう、アシュガイル! 大切にするわ」

 白に近い銀髪をした逞しい青年から、少しくすんだ色の花びらがついたリースを受け取った金髪の娘は、蕾が花開くように微笑む。
 小枝を円になるように形を整え、ドライ加工した紫陽花で飾り付けしたリースは、王都に暮らす令嬢たちの間で流行していた。娘は紫陽花の花びらが潰れないように、そっと胸に花輪を抱く。

 娘の名はフェデリカ。彼女は子爵家の跡取り娘で、目の前にいる体格の良い青年アシュガイルと婚約していた。二人は母親同士が仲がよく、その縁で出逢った。二人は赤ん坊の頃からの幼なじみ。互いの屋敷も近く、ある程度の年齢になるまでは何をするのにも一緒だった。

 アシュガイルは王城に勤める騎士。もの静かで人当たりがよく、主に高級貴族や王族の護衛を務める彼の評判は良かった。二人は似合いのカップルとして社交界でも周知されていて、周りは二人のなりゆきを微笑ましく見守っていたのだが。

 ある日、事件は起こった。



 ◆



 その日、フェデリカが家令に呼ばれて執務室へ行くと、そこには泣き崩れる母と、難しい顔をした父がいた。
 フェデリカは即座に我が家に何かよくないことが起こったのだと悟った。事業が失敗したのだろうか、それとも、最近体調を崩している父に新たな病気が見つかったのだろうか。
 彼女の頭の中に悪い考えがいくつもよぎる。

 しかし、この家に起こった不幸はどれでもなかった。

「婚約破棄……?」
「ああ、フェーン家から正式に申し出があった。賠償金は払うと言われたが……」

 フェデリカの父は額に手を当てる。
 フェーン家はアシュガイルの実家。フェデリカの母は親友に裏切られたと言って泣いている。

「どういうことですの? お父様」
「アシュガイルに我が家よりも良縁よいはなしが来たのだ」
「ひどいわ、フェデリカをなんだと思っているの!」

 アシュガイルに侯爵家から縁談が届いたのだ。相手はイナシオ侯爵家の三女ミスリン。ずっと病弱で社交の場には出ていなかったが、病院への通院時にアシュガイルに護衛を頼んだ事で縁が出来た。ミスリンは自分を優しく守ってくれる頼もしい騎士アシュガイルに恋をしたという。

 フェデリカは両親の声が遠くなるのを感じ、慌てて首を振った。ここで自分が倒れては、より一層両親の悲嘆が大きくなってしまう。フェデリカは奥歯を噛み締める。

「……仕方がありませんわ」
「フェデリカ」
「男性はアシュガイルだけではないもの。私は他の方と結婚します」

 フェデリカは気丈にも微笑む。彼女はこの家の跡取り娘であった。
 フェデリカの胸にはもちろん嵐が吹いていたし、本音を言えばアシュガイル以外の男性と結婚するなど、今はまったく考えられない。しかし、ここで自分が嘆き悲しんでもどうしようもないと悟っていた。アシュガイルの実家フェーン家からは、正式に婚約破棄の申し出が届いているのだという。これはもう覆らない。

「フェデリカの言うとおりだ。男はアシュガイルだけではない」
「ええ、そうね。今度こそフェデリカや我が家を大切にしてくれる人を見つけましょう」

 娘の気丈な様に感化された両親の目に力が灯る。
 フェデリカはホッとしつつも、別の悲しみが胸に広がる。これでもう自分は両親の前で弱音を吐けないのだと、そう思い込んでしまったのだ。
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