52 / 57
第52話 眠る君を想う
しおりを挟む
サフタールは、瞼が閉じられたアザレアの顔を見つめる。
(アザレアが起きたら、なんと声を掛けたらいいのだろう……)
掛ける言葉が見つからない。実親の、自分への態度や行動に憤る気持ちは痛いほど分かるのに。
サフタールは現ブルクハルト国王の庶子である。生まれてすぐに母は亡くなり、彼は医法院へ預けられた。
王の子だというのに、王城で育てられることはなかった。
今はイルダフネ侯爵家の次期当主として国王に謁見することはあるが、国王から自分を捨てたことに対し、謝罪されたことはない。今更謝られたところで困るだけだとサフタールは分かっているが、その事実が今でも彼の心の中で燻っている。
五歳の時にイルダフネ家へ養子に入り、義理の両親であるツェーザルとリーラに愛されて育った。自分にとって彼らこそが両親だという考えはある。……だが。
それはそれ、これはこれなのだ。
実の父親への蟠りは、なかなか消えてくれない。
サフタールはそう思う一方で、ストメリナの気持ちは理解できないと思う。
自分よりも目を掛けられている下のきょうだいを憎む気持ちが、分からないのだ。
王太子であるオイゲンの顔を思い浮かべる。
サフタールよりも四歳下のオイゲンは、国王と正妃の間に生まれた男子だ。
幼い頃から自分を兄と慕ってくれるオイゲンのことは心から可愛いと思っている。
(王位継承者であるオイゲン殿下を「大変そうだ」と思うことはあっても、オイゲン殿下を恨むことなんて……)
いくら血の繋がった兄弟とはいえ、オイゲンは王太子、自分は筆頭とはいえ一介の貴族に過ぎない。
兄として弟を溺愛したいという気持ちを抑えることはあっても、憎いだなんて思ったことはまったくない。
(私がオイゲン殿下を可愛らしく思えるのは、父上と母上のおかげかもしれないな……)
実の父親から愛されなくても、ツェーザルとリーラから愛されている。その余裕が、自分にオイゲンを愛しく想う気持ちを与えてくれたのかもしれない。
(ストメリナ様は孤独だったのだろう……。だからと言って、アザレアにしたことは許せないが……)
アザレアの寝顔を見つめていたサフタールは、ふとあることに気がつく。よく見るとアザレアの髪の色が、うっすらだが銀髪になりかけているのだ。
(……魔法を使いすぎたせいか?)
アザレアはかなり魔力が多い方だが、それでも炎魔法を連発するのは辛かったのだろう。
サフタールの捕縛魔法があっさり彼女に効いたのも、魔力が欠乏していたからかもしれない。
(アザレアの魔力を回復させなくては)
魔力の欠乏は、体調不良に繋がる。
アザレアの魔力を回復させたほうがいいと思いつつも、サフタールは躊躇する。
魔力を回復させる手っ取り早い方法は、口移しで分け与えることだからだ。
(婚約しているとはいえ、私達はまだ結婚前だ。唇を触れ合わせるなんて、そんな破廉恥なまねをしても良いものだろうか……)
いくらアザレアのためとはいえ、寝ている彼女に勝手に口づけてもいいものだろうかと、サフタールは胸の前で腕を組むと、うんうんと悩み出した。
そして、十分が経過した頃、彼はどうすべきか結論を出した。
(これはアザレアを助けるための行為だ)
けして彼女と口づけしたいからとか、そんな不埒な気持ちではない。
そう言い訳しながら、サフタールは椅子から立ち上がると、アザレアが眠るベッドに手のひらをついたのだった。
(アザレアが起きたら、なんと声を掛けたらいいのだろう……)
掛ける言葉が見つからない。実親の、自分への態度や行動に憤る気持ちは痛いほど分かるのに。
サフタールは現ブルクハルト国王の庶子である。生まれてすぐに母は亡くなり、彼は医法院へ預けられた。
王の子だというのに、王城で育てられることはなかった。
今はイルダフネ侯爵家の次期当主として国王に謁見することはあるが、国王から自分を捨てたことに対し、謝罪されたことはない。今更謝られたところで困るだけだとサフタールは分かっているが、その事実が今でも彼の心の中で燻っている。
五歳の時にイルダフネ家へ養子に入り、義理の両親であるツェーザルとリーラに愛されて育った。自分にとって彼らこそが両親だという考えはある。……だが。
それはそれ、これはこれなのだ。
実の父親への蟠りは、なかなか消えてくれない。
サフタールはそう思う一方で、ストメリナの気持ちは理解できないと思う。
自分よりも目を掛けられている下のきょうだいを憎む気持ちが、分からないのだ。
王太子であるオイゲンの顔を思い浮かべる。
サフタールよりも四歳下のオイゲンは、国王と正妃の間に生まれた男子だ。
幼い頃から自分を兄と慕ってくれるオイゲンのことは心から可愛いと思っている。
(王位継承者であるオイゲン殿下を「大変そうだ」と思うことはあっても、オイゲン殿下を恨むことなんて……)
いくら血の繋がった兄弟とはいえ、オイゲンは王太子、自分は筆頭とはいえ一介の貴族に過ぎない。
兄として弟を溺愛したいという気持ちを抑えることはあっても、憎いだなんて思ったことはまったくない。
(私がオイゲン殿下を可愛らしく思えるのは、父上と母上のおかげかもしれないな……)
実の父親から愛されなくても、ツェーザルとリーラから愛されている。その余裕が、自分にオイゲンを愛しく想う気持ちを与えてくれたのかもしれない。
(ストメリナ様は孤独だったのだろう……。だからと言って、アザレアにしたことは許せないが……)
アザレアの寝顔を見つめていたサフタールは、ふとあることに気がつく。よく見るとアザレアの髪の色が、うっすらだが銀髪になりかけているのだ。
(……魔法を使いすぎたせいか?)
アザレアはかなり魔力が多い方だが、それでも炎魔法を連発するのは辛かったのだろう。
サフタールの捕縛魔法があっさり彼女に効いたのも、魔力が欠乏していたからかもしれない。
(アザレアの魔力を回復させなくては)
魔力の欠乏は、体調不良に繋がる。
アザレアの魔力を回復させたほうがいいと思いつつも、サフタールは躊躇する。
魔力を回復させる手っ取り早い方法は、口移しで分け与えることだからだ。
(婚約しているとはいえ、私達はまだ結婚前だ。唇を触れ合わせるなんて、そんな破廉恥なまねをしても良いものだろうか……)
いくらアザレアのためとはいえ、寝ている彼女に勝手に口づけてもいいものだろうかと、サフタールは胸の前で腕を組むと、うんうんと悩み出した。
そして、十分が経過した頃、彼はどうすべきか結論を出した。
(これはアザレアを助けるための行為だ)
けして彼女と口づけしたいからとか、そんな不埒な気持ちではない。
そう言い訳しながら、サフタールは椅子から立ち上がると、アザレアが眠るベッドに手のひらをついたのだった。
59
お気に入りに追加
2,561
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる