51 / 57
第51話 今、一番辛いのは
しおりを挟む
「あぁぁっっ!!」
アザレアは泣き叫ぶ。
ゴッッ……と乾いた音が、坑道内に響く。
彼女の拳が、大公の頬にめり込んだ。
「ぐっ……!」
大公はその場に尻餅をつくと、頬を手で押さえた。
「アザレア! 落ち着くんだ!」
「いやっ! 離してぇっ!!」
さらに拳を振り上げようとするアザレアを、サフタールが羽交い締めにする。
「くっ……! 捕縛!!」
アザレアに魔法を使われたら敵わない。
サフタールは補助魔法の「捕縛」を使い、アザレアの動きを止める。
そしてサフタールはアザレアに「睡眠」の魔法も追加で掛ける。
腕の中にいるアザレアの力がふっと抜けた。サフタールは気絶した彼女を腕に抱き抱えると、大公をキッと睨む。
「……まずはここから脱出しましょう」
「私の魔法を使おう。……転移!」
大公が片腕を上げると、一瞬にして周囲の景色が変わった。周囲は岩壁になっているが、どうやら外へ出られたようだ。
風が吹き、サフタールは思わず深呼吸した。
大公は羽織っていた外套を脱ぐと、変わり果てたストメリナの顔と身体を覆う。
「大公閣下、私がストメリナ様を運びましょう」
「いや、いい……。私が運ぼう」
クレマティスの申し出を大公はやんわりと断る。
そして大公は腕に魔法を掛けると、ストメリナを抱き上げた。
「……婿殿。今回の件はすべて私に責任がある。賠償は必ずしよう」
「大公閣下、ストメリナ様は……」
「……しばらくしたら、病で倒れ、亡くなったことにする。ここで亡くなったことにはできないからな」
◆
「アザレアッ!!」
「アザレアちゃんッ!?」
「サフタール……!」
サフタールは気を失ったアザレアを抱きかかえたまま、イルダフネの城塞へ戻った。
アザレアは錯乱していた。王城へは戻らず、イルダフネで休養すべきだとサフタールは判断した。
城塞の前では、魔道士のローブ姿のゾラとリーラ、それにツェーザルがいた。三人とも「もしも」を想定し、城塞の前でバリアを張り続けていたのだ。
「アザレアは無事です。……詳しいことは後でお話しします。まずはアザレアを休ませてもいいですか?」
「分かったわ。救護室が空いてるから、使って」
「ありがとうございます、母上」
消毒の匂いが薄く香る真っ白な救護室に入り、奥のベッドにアザレアを寝かせる。すでに浄化の魔法はかけていて、煤汚れていた彼女の顔は綺麗になっていた。
「アザレア……」
ゾラとリーラは救護室の外へ出た。
救護室にはサフタールとアザレアの二人が残される。
サフタールはアザレアのすべらかな頬を撫でた。
彼女の目の下には涙の痕が残っている。
(私の危険予知は外すことができたが……)
クレマティスの号泣と、大公の高笑い。
この二つの危険予知はとりあえず回避できた。
ディルクとストメリナの交戦は避けることができなかったようだが、ディルクは一応無事だ。
(だが、アザレアの心は深く傷ついた……)
あの場にアザレアが居合わせことで、展開が変わった。だが、アザレアはストメリナの本心と、彼女の出生の秘密を知ったことで酷く傷つくことになった。
(大公閣下……)
大公は正妻と異母弟への復讐心をストメリナにぶつけた。
ストメリナがアザレアにやってきたことはけして許されることではないが、大公が二人の娘に関心を払い、平等に愛を注いでいれば、姉妹の対立を防げた可能性は高い。
サフタールの心にも、ふつふつと怒りが湧いてくる。
だが、冷静にならなければならない。
今、一番辛い思いをしているのはアザレアなのだから。
アザレアは泣き叫ぶ。
ゴッッ……と乾いた音が、坑道内に響く。
彼女の拳が、大公の頬にめり込んだ。
「ぐっ……!」
大公はその場に尻餅をつくと、頬を手で押さえた。
「アザレア! 落ち着くんだ!」
「いやっ! 離してぇっ!!」
さらに拳を振り上げようとするアザレアを、サフタールが羽交い締めにする。
「くっ……! 捕縛!!」
アザレアに魔法を使われたら敵わない。
サフタールは補助魔法の「捕縛」を使い、アザレアの動きを止める。
そしてサフタールはアザレアに「睡眠」の魔法も追加で掛ける。
腕の中にいるアザレアの力がふっと抜けた。サフタールは気絶した彼女を腕に抱き抱えると、大公をキッと睨む。
「……まずはここから脱出しましょう」
「私の魔法を使おう。……転移!」
大公が片腕を上げると、一瞬にして周囲の景色が変わった。周囲は岩壁になっているが、どうやら外へ出られたようだ。
風が吹き、サフタールは思わず深呼吸した。
大公は羽織っていた外套を脱ぐと、変わり果てたストメリナの顔と身体を覆う。
「大公閣下、私がストメリナ様を運びましょう」
「いや、いい……。私が運ぼう」
クレマティスの申し出を大公はやんわりと断る。
そして大公は腕に魔法を掛けると、ストメリナを抱き上げた。
「……婿殿。今回の件はすべて私に責任がある。賠償は必ずしよう」
「大公閣下、ストメリナ様は……」
「……しばらくしたら、病で倒れ、亡くなったことにする。ここで亡くなったことにはできないからな」
◆
「アザレアッ!!」
「アザレアちゃんッ!?」
「サフタール……!」
サフタールは気を失ったアザレアを抱きかかえたまま、イルダフネの城塞へ戻った。
アザレアは錯乱していた。王城へは戻らず、イルダフネで休養すべきだとサフタールは判断した。
城塞の前では、魔道士のローブ姿のゾラとリーラ、それにツェーザルがいた。三人とも「もしも」を想定し、城塞の前でバリアを張り続けていたのだ。
「アザレアは無事です。……詳しいことは後でお話しします。まずはアザレアを休ませてもいいですか?」
「分かったわ。救護室が空いてるから、使って」
「ありがとうございます、母上」
消毒の匂いが薄く香る真っ白な救護室に入り、奥のベッドにアザレアを寝かせる。すでに浄化の魔法はかけていて、煤汚れていた彼女の顔は綺麗になっていた。
「アザレア……」
ゾラとリーラは救護室の外へ出た。
救護室にはサフタールとアザレアの二人が残される。
サフタールはアザレアのすべらかな頬を撫でた。
彼女の目の下には涙の痕が残っている。
(私の危険予知は外すことができたが……)
クレマティスの号泣と、大公の高笑い。
この二つの危険予知はとりあえず回避できた。
ディルクとストメリナの交戦は避けることができなかったようだが、ディルクは一応無事だ。
(だが、アザレアの心は深く傷ついた……)
あの場にアザレアが居合わせことで、展開が変わった。だが、アザレアはストメリナの本心と、彼女の出生の秘密を知ったことで酷く傷つくことになった。
(大公閣下……)
大公は正妻と異母弟への復讐心をストメリナにぶつけた。
ストメリナがアザレアにやってきたことはけして許されることではないが、大公が二人の娘に関心を払い、平等に愛を注いでいれば、姉妹の対立を防げた可能性は高い。
サフタールの心にも、ふつふつと怒りが湧いてくる。
だが、冷静にならなければならない。
今、一番辛い思いをしているのはアザレアなのだから。
76
お気に入りに追加
2,561
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
あなたには彼女がお似合いです
風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。
妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。
でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。
ずっとあなたが好きでした。
あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。
でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。
公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう?
あなたのために婚約を破棄します。
だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。
たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに――
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる