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第28話 離ればなれになりたくない
しおりを挟む小一時間後、朱い魔石の成分分析が終わった。
分析結果を目にしたサフタールは、信じられないと言わんばかりの顔をして、何度も何度も視線を上下に走らせている。
アザレアはそんな彼に、心配そうに声を掛けた。
「どうでした? サフタール」
「……想像以上です。並の魔石とは比べものにならないほど魔力保有量が多い……! この朱い魔石はティースプーン一杯分ほどの量で、現在魔石工場内にあるすべての魔石の魔力と同等のものを含んでいる」
「魔石工場内にあるすべての魔石と……魔力保有量が同じ!?」
「これは大変な発見ですよ!」
魔石は魔道具の核として、現在人々の生活の至るところに使われている。生活だけではない。魔石は戦争の兵器にも使われているのだ。
通常の魔石とは、比べものにならないほどの魔力を含んだ魔石が発掘された。その事実自体は喜ばしいことだ。だが歴史的にみれば、保有国に莫大な力をもたらす可能性のあるものは、ことごとく戦争の火種になってきたのだ。
アザレアとサフタールは、黙ったまま見つめ合う。お互いに同じことを考えているのだろう。
先に口を開いたのは、サフタールだった。
「この朱い魔石は、ブルクハルト王国とグレンダン公国とが手を取り合い、イルダフネ領にある魔石鉱山の共同発掘を行ったことで得たものです。二国が、この成果を仲良く分け合うことが出来れば良いのですが……」
「裏切りがあり得るというのですか?」
「歴史的にみれば、あり得ます。海の無い内陸では、塩湖を巡って争うこともありますし、砂漠ではオアシスの水を巡って争います。王国と公国は魔力依存がかなり高い国です。近いところに帝国という大国もある。二国のいずれか、いや両方がこの朱い魔石の独占を望めば、イルダフネは戦火に包まれてしまう」
「そんな……」
美しい海と自然に恵まれたイルダフネ領。この地が戦火に包まれてしまうかもしれない。
悲惨な光景を想像したアザレアは、顔を手で覆った。
「父上にも相談して、早急に朱い魔石の分配案を作成し、陛下に進言しましょう。ディルク殿も言っていましたが、公国はこのイルダフネの地に間者を放っている。朱い魔石発掘の件は、じきに大公閣下の耳にも入るはず。早急に動くことが先決です」
「サフタール……」
(私はだめな人間だわ)
朱い魔石を巡って二国が争うかもしれない。
その可能性を思い浮かべて、真っ先に考えたのは自分とサフタールの結婚だ。アザレアは、何よりもこの結婚が白紙になってしまうことを恐れている。
サフタールと離ればなれになりたくないのだ。
◆
「これは伝説の魔石、バーミリオンの可能性があるな」
「バーミリオン……?」
隣の領まで出かけていたツェーザルが戻ってきた。
ツェーザルの執務室には、アザレアとサフタールがいる。二人は戻ってきたツェーザルに、朱い魔石について早速相談をしたのだった。
朱い魔石を目にしたツェーザルは、グラデーション掛かったその欠片を太い指で摘むと、虫眼鏡を翳した。
「私が育った家に伝わる伝承でな。小鳥を、炎を纏った不死鳥に変えてしまう魔石があるらしい」
「小鳥が不死鳥に? 野生動物がこの朱い魔石を飲み込んだら、大変なことになってしまいますね……」
「いや、魔力が多すぎる魔石は野生動物にとって毒にしかならない。飲み込めたとしても、すぐに死んでしまうだろう。伝承はあくまで伝承だ」
ツェーザルとアザレアが話しているところに、書類の束を持ったサフタールがやってきた。
「父上、朱い魔石の今後の扱いですが、分配案を作成しました。確認して頂けますか?」
「さすがサフタール。仕事が早いな。だが、分配するだけでは不十分だ。魔力保有量の多い魔石の加工は難しい。できれば公国に技術要請をしたいところだな……」
ツェーザルは二十五歳の時から、すでに二十年このイルダフネの地を治めている。ブルクハルト王国一の魔石の産地であり、港を持つイルダフネは国防の要。そんな国の要所である領地を護り続けているツェーザルは落ち着いていた。
「魔石は確かに人々の生活になくてはならないものだ。だが、魔石だけあってもどうにもならない。これを加工し、魔道具の核に出来てこそ初めて真価を発揮する。塩や水とは違うのだ。公国に、朱い魔石の加工も共同で行うことを提案すれば、戦争は避けられると思うがな」
「たしかに朱い魔石の加工には、高いコストが掛かるでしょう。朱い魔石は魔力保有量が多い分、断面のカットをしようにもすぐに崩れてしまう……」
ああでもないこうでもないと、話し合いを続けるツェーザルとサフタール。
「とりあえず、サフタールがまとめてくれた資料を持って、明日は登城しよう」
「よろしくお願い致します、父上」
「まあ、陛下は穏便な道を選ばれる方だ。心配することはない……。だが、油断しすぎるのも禁物だ。『莫大な力』というものは、いつ誰に狙われるか分からんからな」
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