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第27話 朱い魔石
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「若様!」
「一体何事だ。ブランダ私設兵長」
アザレア達が執務室へ行くと、そこには私設兵長ブランダがいた。はじめてアザレアがイルダフネ港に訪れた際、サフタールに共していた屈強な男だ。
ブランダは腰の横にぴったり手のひらをつけると、腰を深く折った。
「お呼びたてして申し訳ありません、若様」
「昨日からお前は魔石鉱山の見回りへ出かけていたはず。何かあったのか?」
「ええ、実は珍しいものが掘り出されまして……」
「珍しいもの?」
ブランダの隣で佇んでいた副官の男は、一歩前に出ると、サフタールに一つの小さな黒い箱を差し出した。
「どうぞ、開けて中をご確認ください」
「ああ……」
サフタールは箱を手のひらに乗せると、緊張した面持ちで蓋を開ける。
「これは……!?」
驚きの声をあげるサフタールに、皆の視線が集中する。リーラは整えられた眉を吊り上げると、箱の中を覗こうとした。
「何が入っていたの? サフタール」
「どうぞ、皆さんも見てください」
サフタールは小さな箱の中にあったものを慎重に指先で摘むと、手のひらの上に転がした。
「これは、……魔石?」
まだ精製されておらず形は整っていないが、確かにそれは魔石だった。色はグラデーション掛かった朱色で、赤みの強いところもあれば、色合いが淡くなっているところもある。
「まあ! アザレアの髪の色そっくりね」
ゾラは、魔石とアザレアを交互に見てそう言った。
「珍しい……。こんな魔石もあるのね」
「…………」
「サフタール、どうかしたのですか?」
眉間を窪ませ、黙るサフタールにアザレアは心配して声を掛ける。
「今まで鉱山で発掘した、どの魔石よりも強い魔力を感じる……」
「えっ」
「若様もそう思われますか? 私も、この魔石を見た時にいつもとは違うものを感じたのです」
ブランダはこの朱い魔石に特別なものを感じ、急いで馬を走らせて城塞まで帰ってきたらしい。
サフタールは魔石を指差した。
「ブランダ、これはまだあるのか?」
「はい。馬車に積んでおります」
「アザレア、ゾラ殿、母上、私は発掘された魔石を調べねばなりません。申し訳ありませんが、席を外します」
「サフタール、何かお手伝い出来ることはありませんか?」
自分の髪の色そっくりな魔石に興味が湧いたアザレア。何か手伝えることがあればと思い、申し出る。
「……そうですね。一緒に研究室へ来て頂けますか? アザレア」
「サフタール、私はゾラと巨氷兵対策を練るわ。ゾラもそれでいいかしら?」
「はい、リーラ様」
アザレアとサフタール、リーラとゾラ、四人は二手に分かれることとなった。
◆
(私の髪の色、そっくりな魔石……)
ただ赤みのある魔石なら、イルダフネの城塞内にある魔石工場でいくつか目にした。だが、ブランダが持ち帰った魔石のようにグラデーション掛かったものは見たことがない。
サフタールに案内され、アザレアは研究室のなかを覗く。
研究室には、大のおとな一人が入れそうなほど大きなガラスケースが立ち並んでいて、なんとも異様な雰囲気だ。
アザレアは肩を竦めると、慎重に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「そんなにかしこまって入る場所ではないですよ」
アザレアははじめての場所だとどうしても緊張してしまい、一礼して入る癖がある。そんなアザレアに、サフタールは困ったように笑う。
「アザレア、まずはこの魔石の成分を調べます。幸いたくさんありますから何個か砕いて使いましょう」
実験台らしき台の上で、サフタールは魔石を砕く。小型のハンマーを振り下ろすと、魔石はぱきりと音を立てて割れた。
「魔石って案外簡単に割れてしまうものなのですね……」
「このハンマーが特別なのです。魔石の成分を分解して、割りやすくしてくれるのですよ」
「へええ!」
サフタールは説明上手で、聞けば何でも丁寧に教えてくれる。好奇心旺盛なアザレアは、イルダフネに来てからというもの彼の側から離れない。最初は、結婚式までに出来るだけ仲良くしておいた方がいいという義務感も混じっていたが、今ではサフタールの側が心地良く感じる。
「私もやってみたいです」
「どうぞ。指を打たないように気をつけてくださいね」
サフタールはそう言うと、アザレアの背後にまわり、ハンマーを握った彼女の手を取る。
親指大より少し大きな魔石にハンマーの面を打ち付けると、それはごく軽い力で粉々になった。
「わぁっ、粉々です!」
「粉塵を吸ったらいけないですから、私とアザレアにはごく軽いバリアを張っています。私がいない時に魔石は割らないでくださいね」
「分かりました」
粉々になった魔石はすり鉢に入れ、さらに細かくする。魔石のすりつぶしはアザレアが行った。このすり鉢もすりこぎ棒も魔石を砕きやすくするための効果が付与されているものだと、サフタールは説明してくれた。
「綺麗ですね」
粉々になった朱い魔石はすり鉢の底できらきらと輝いている。ここに来るまでは朱い色が好きではなかったアザレアだが、今は素直に綺麗だと思えるようになった。
「ありがとうございます。成分を調べる魔道具に、魔石の粉を入れましょう」
平たいガラスの皿に、魔石の粉を人匙入れ、それを成分分析用の魔道具の中へ入れる。基本的には魔道具は黒色をしていて、成分分析を行う魔道具も黒い箱型だった。
黒い箱を上部にあるボタンを押すと、ごうんごうんと音がし始めた。
「魔道具の見た目って、似たようなものが多いのですね?」
「黒、そして四角い形は一番魔力が安定しますからね。魔道具は魔石に含まれる魔力を使って動かしますから、どうしても似たようなデザインのものばかりになってしまうのです。まあ他のデザインに変えることも出来なくはないですが、コストが掛かりますから……」
「なるほど~」
魔石の成分が分かるまで、しばらく時間が掛かるらしい。
「アザレア、隣に休憩室がありますから、ちょっと休みましょう」
「一体何事だ。ブランダ私設兵長」
アザレア達が執務室へ行くと、そこには私設兵長ブランダがいた。はじめてアザレアがイルダフネ港に訪れた際、サフタールに共していた屈強な男だ。
ブランダは腰の横にぴったり手のひらをつけると、腰を深く折った。
「お呼びたてして申し訳ありません、若様」
「昨日からお前は魔石鉱山の見回りへ出かけていたはず。何かあったのか?」
「ええ、実は珍しいものが掘り出されまして……」
「珍しいもの?」
ブランダの隣で佇んでいた副官の男は、一歩前に出ると、サフタールに一つの小さな黒い箱を差し出した。
「どうぞ、開けて中をご確認ください」
「ああ……」
サフタールは箱を手のひらに乗せると、緊張した面持ちで蓋を開ける。
「これは……!?」
驚きの声をあげるサフタールに、皆の視線が集中する。リーラは整えられた眉を吊り上げると、箱の中を覗こうとした。
「何が入っていたの? サフタール」
「どうぞ、皆さんも見てください」
サフタールは小さな箱の中にあったものを慎重に指先で摘むと、手のひらの上に転がした。
「これは、……魔石?」
まだ精製されておらず形は整っていないが、確かにそれは魔石だった。色はグラデーション掛かった朱色で、赤みの強いところもあれば、色合いが淡くなっているところもある。
「まあ! アザレアの髪の色そっくりね」
ゾラは、魔石とアザレアを交互に見てそう言った。
「珍しい……。こんな魔石もあるのね」
「…………」
「サフタール、どうかしたのですか?」
眉間を窪ませ、黙るサフタールにアザレアは心配して声を掛ける。
「今まで鉱山で発掘した、どの魔石よりも強い魔力を感じる……」
「えっ」
「若様もそう思われますか? 私も、この魔石を見た時にいつもとは違うものを感じたのです」
ブランダはこの朱い魔石に特別なものを感じ、急いで馬を走らせて城塞まで帰ってきたらしい。
サフタールは魔石を指差した。
「ブランダ、これはまだあるのか?」
「はい。馬車に積んでおります」
「アザレア、ゾラ殿、母上、私は発掘された魔石を調べねばなりません。申し訳ありませんが、席を外します」
「サフタール、何かお手伝い出来ることはありませんか?」
自分の髪の色そっくりな魔石に興味が湧いたアザレア。何か手伝えることがあればと思い、申し出る。
「……そうですね。一緒に研究室へ来て頂けますか? アザレア」
「サフタール、私はゾラと巨氷兵対策を練るわ。ゾラもそれでいいかしら?」
「はい、リーラ様」
アザレアとサフタール、リーラとゾラ、四人は二手に分かれることとなった。
◆
(私の髪の色、そっくりな魔石……)
ただ赤みのある魔石なら、イルダフネの城塞内にある魔石工場でいくつか目にした。だが、ブランダが持ち帰った魔石のようにグラデーション掛かったものは見たことがない。
サフタールに案内され、アザレアは研究室のなかを覗く。
研究室には、大のおとな一人が入れそうなほど大きなガラスケースが立ち並んでいて、なんとも異様な雰囲気だ。
アザレアは肩を竦めると、慎重に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「そんなにかしこまって入る場所ではないですよ」
アザレアははじめての場所だとどうしても緊張してしまい、一礼して入る癖がある。そんなアザレアに、サフタールは困ったように笑う。
「アザレア、まずはこの魔石の成分を調べます。幸いたくさんありますから何個か砕いて使いましょう」
実験台らしき台の上で、サフタールは魔石を砕く。小型のハンマーを振り下ろすと、魔石はぱきりと音を立てて割れた。
「魔石って案外簡単に割れてしまうものなのですね……」
「このハンマーが特別なのです。魔石の成分を分解して、割りやすくしてくれるのですよ」
「へええ!」
サフタールは説明上手で、聞けば何でも丁寧に教えてくれる。好奇心旺盛なアザレアは、イルダフネに来てからというもの彼の側から離れない。最初は、結婚式までに出来るだけ仲良くしておいた方がいいという義務感も混じっていたが、今ではサフタールの側が心地良く感じる。
「私もやってみたいです」
「どうぞ。指を打たないように気をつけてくださいね」
サフタールはそう言うと、アザレアの背後にまわり、ハンマーを握った彼女の手を取る。
親指大より少し大きな魔石にハンマーの面を打ち付けると、それはごく軽い力で粉々になった。
「わぁっ、粉々です!」
「粉塵を吸ったらいけないですから、私とアザレアにはごく軽いバリアを張っています。私がいない時に魔石は割らないでくださいね」
「分かりました」
粉々になった魔石はすり鉢に入れ、さらに細かくする。魔石のすりつぶしはアザレアが行った。このすり鉢もすりこぎ棒も魔石を砕きやすくするための効果が付与されているものだと、サフタールは説明してくれた。
「綺麗ですね」
粉々になった朱い魔石はすり鉢の底できらきらと輝いている。ここに来るまでは朱い色が好きではなかったアザレアだが、今は素直に綺麗だと思えるようになった。
「ありがとうございます。成分を調べる魔道具に、魔石の粉を入れましょう」
平たいガラスの皿に、魔石の粉を人匙入れ、それを成分分析用の魔道具の中へ入れる。基本的には魔道具は黒色をしていて、成分分析を行う魔道具も黒い箱型だった。
黒い箱を上部にあるボタンを押すと、ごうんごうんと音がし始めた。
「魔道具の見た目って、似たようなものが多いのですね?」
「黒、そして四角い形は一番魔力が安定しますからね。魔道具は魔石に含まれる魔力を使って動かしますから、どうしても似たようなデザインのものばかりになってしまうのです。まあ他のデザインに変えることも出来なくはないですが、コストが掛かりますから……」
「なるほど~」
魔石の成分が分かるまで、しばらく時間が掛かるらしい。
「アザレア、隣に休憩室がありますから、ちょっと休みましょう」
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