16 / 57
第16話 画策する女ストメリナ②
しおりを挟む
一方その頃。グレンダン公国の城では、ストメリナがある男を呼び出していた。
「ディルク! 逢いたかったわ」
「……ストメリナ様、俺もですよ。麗しき白銀の姫君」
ストメリナは男をディルクと呼ぶと、細い腕を伸ばし、その首に抱きつく。
ディルクはクラバットを巻き、フロックコートを着ていた。貴族の定番の装いだが、どこかだらしのない雰囲気が漂う。首の後ろで緩く括られた癖のある焦茶の髪、右目の下にあるほくろ、耳たぶで煌めく深緑色の魔石がそう見せるのかもしれない。
彼はストメリナのお気に入りだった。
「……ねえ、あなたにお願いがあるの」
ストメリナはディルクを上目遣いで見つめると、うっそりと微笑む。
「あなた様の願いならば何でも叶えましょう」
「ふふっ、あなたならそう言ってくれると思っていたわ」
今日、ストメリナがディルクを呼び出したのは逢瀬のためではない。ある目的があり、この場へ足を運ばせていた。
「……王国のイルダフネ領へ行って、アザレアをたぶらかして欲しいのよ」
「妹君をですか?」
「……妹だなんて思いたくもないけど」
ディルクの、「妹」との言葉にストメリナは眉根を窪ませる。
イルダフネに常駐させている間者から、ストメリナへ報告があった。アザレアはサフタールと上手くやっているらしく、今日も仲良く魔物討伐へ出掛けたらしい。
魔道具の映像機で撮影されたアザレアとサフタールは、川辺の岩に腰掛けて談笑していた。
幸せそうなアザレアの姿に、ストメリナの苛立ちは止まらない。今すぐにでもサフタールとの仲を引き裂いてやりたいと思い、ディルクを急遽呼び出した。
ディルクは公国に遊学中の、帝国の第八王子。王子と言っても母親は側女で、彼の王位継承権は無いも等しい。王族としての意識は低く、異国で女と遊びまくっているのだ。
ストメリナは女の扱いに長けたディルクを、閨房の相手として重宝していた。
(……ディルクは女の扱いに長けている。男を知らないアザレアを誑かすなんて、赤子の手をひねるよりも簡単でしょうね)
ストメリナは真っ赤な唇を歪ませる。
「アザレア様はタイプではないですが、堕とすことは造作もないでしょう」
「頼んだわよ」
「……しかし酷い姉君だ。嫁いだ妹君の幸せの邪魔をしようだなんて」
「あの子が幸せになってもいいと思う? 後妻が産んだ、誰が父親か分からない忌み子よ? あの子のせいで、私やお父様、エトムント家がどれだけの迷惑を被ったか!」
ストメリナは鼻梁に皺を寄せる。
一族の誰も持たない、あの朱い髪を思い出すだけでストメリナの頭の奥はカッと熱を持つ。
それほどまでに、アザレアの存在はストメリナにとって許せないものだった。彼女は、自身の持つ血が何よりも尊いものだと信じている。
(誰が父親か分からない妹など、さっさとこの世からいなくなればいい……! あの子は完璧な私の、唯一の汚点なのだから)
◆
「……と、いうわけです。大公閣下」
「報告ご苦労、ディルク」
謁見の間には大公とディルク、それにクレマティスがいた。
ストメリナとのやりとりを堂々と大公に話すディルク。
その姿を見つめている公国軍の将軍クレマティスは、何とも言えない表情を浮かべていた。
(帝国の第八王子ディルク……。恐ろしい男だ)
ストメリナに恋人のような甘い顔を向けている一方で、淡々とその企みを大公へ報告している。無骨者である自分には、とてもではないが出来ない芸当だとクレマティスは思う。
ディルクは大公の歴とした間者だった。本人いわく、女遊びも情報収集の一貫だという。
大公は腰裏にやっていた腕を前に出すと、ディルクに命令を出す。
「ディルク、お前はイルダフネへ向かえ。ストメリナの企みをサフタール殿とアザレアへ説明するのだ。説明した上で、アザレアを口説いているフリをしろ」
「お話してしまってもよろしいので? 他の間者の話によると、サフタール殿は相当アザレア様にご執心のようですが?」
「形だけでもアザレアを口説いている姿を他の間者どもに見せねば、ストメリナは怪しむだろう。かと言って、サフタール殿とアザレアの仲が険悪になっては困る」
「了解いたしました、大公閣下。何とか上手くやりましょう」
ディルクは騎士のように腕を前にやると、大公へ向かって一礼する。
「クレマティス」
「はっ」
「ディルクはイルダフネへ向かう。戦船を用意せよ」
「かしこまりました」
「よろしくお願い致しますよ、クレマティス将軍」
男とは思えぬほど妖艶な笑みを浮かべるディルクに、クレマティスはそれとなく視線を逸らす。軽薄な男は苦手であったが、共に大公に仕える存在。上手くやっていかねば。
(アザレア様……)
クレマティスはアザレアの姿を思い浮かべる。この男は事情を話すとはいえ、彼女に近づく。こんな危険そうな男を純朴なアザレアに接触させたくはないが、大公の命令だ。聞き従わなくてはならない。
「……ストメリナからの結婚の祝いを届ける使者、か。ふん、どうせあの女が用意したものは悪趣味なものだろう。私が用意した祝いの品と差し替えるように」
「はい、大公閣下」
「ストメリナに何か言われたら、私の命だと言え」
ディルクに命令を出す大公の姿を見つめながら、クレマティスは思った。
(大公閣下は、アザレア様のことを想っておられるのだな……)
愛しているとは言わなくても、アザレアの幸せを望んでいることは行動の一つ一つから読み取れる。
ストメリナを討とうとしているのも、国の安寧のためだと大公は言っていたが、アザレアの幸せのためにも大公はストメリナと戦おうとしているのではないか?
(これは、私の願望だろうか……?)
◆◆◆
いつもご閲覧いただき、ありがとうございます。
エールを押して頂けると創作の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。
「ディルク! 逢いたかったわ」
「……ストメリナ様、俺もですよ。麗しき白銀の姫君」
ストメリナは男をディルクと呼ぶと、細い腕を伸ばし、その首に抱きつく。
ディルクはクラバットを巻き、フロックコートを着ていた。貴族の定番の装いだが、どこかだらしのない雰囲気が漂う。首の後ろで緩く括られた癖のある焦茶の髪、右目の下にあるほくろ、耳たぶで煌めく深緑色の魔石がそう見せるのかもしれない。
彼はストメリナのお気に入りだった。
「……ねえ、あなたにお願いがあるの」
ストメリナはディルクを上目遣いで見つめると、うっそりと微笑む。
「あなた様の願いならば何でも叶えましょう」
「ふふっ、あなたならそう言ってくれると思っていたわ」
今日、ストメリナがディルクを呼び出したのは逢瀬のためではない。ある目的があり、この場へ足を運ばせていた。
「……王国のイルダフネ領へ行って、アザレアをたぶらかして欲しいのよ」
「妹君をですか?」
「……妹だなんて思いたくもないけど」
ディルクの、「妹」との言葉にストメリナは眉根を窪ませる。
イルダフネに常駐させている間者から、ストメリナへ報告があった。アザレアはサフタールと上手くやっているらしく、今日も仲良く魔物討伐へ出掛けたらしい。
魔道具の映像機で撮影されたアザレアとサフタールは、川辺の岩に腰掛けて談笑していた。
幸せそうなアザレアの姿に、ストメリナの苛立ちは止まらない。今すぐにでもサフタールとの仲を引き裂いてやりたいと思い、ディルクを急遽呼び出した。
ディルクは公国に遊学中の、帝国の第八王子。王子と言っても母親は側女で、彼の王位継承権は無いも等しい。王族としての意識は低く、異国で女と遊びまくっているのだ。
ストメリナは女の扱いに長けたディルクを、閨房の相手として重宝していた。
(……ディルクは女の扱いに長けている。男を知らないアザレアを誑かすなんて、赤子の手をひねるよりも簡単でしょうね)
ストメリナは真っ赤な唇を歪ませる。
「アザレア様はタイプではないですが、堕とすことは造作もないでしょう」
「頼んだわよ」
「……しかし酷い姉君だ。嫁いだ妹君の幸せの邪魔をしようだなんて」
「あの子が幸せになってもいいと思う? 後妻が産んだ、誰が父親か分からない忌み子よ? あの子のせいで、私やお父様、エトムント家がどれだけの迷惑を被ったか!」
ストメリナは鼻梁に皺を寄せる。
一族の誰も持たない、あの朱い髪を思い出すだけでストメリナの頭の奥はカッと熱を持つ。
それほどまでに、アザレアの存在はストメリナにとって許せないものだった。彼女は、自身の持つ血が何よりも尊いものだと信じている。
(誰が父親か分からない妹など、さっさとこの世からいなくなればいい……! あの子は完璧な私の、唯一の汚点なのだから)
◆
「……と、いうわけです。大公閣下」
「報告ご苦労、ディルク」
謁見の間には大公とディルク、それにクレマティスがいた。
ストメリナとのやりとりを堂々と大公に話すディルク。
その姿を見つめている公国軍の将軍クレマティスは、何とも言えない表情を浮かべていた。
(帝国の第八王子ディルク……。恐ろしい男だ)
ストメリナに恋人のような甘い顔を向けている一方で、淡々とその企みを大公へ報告している。無骨者である自分には、とてもではないが出来ない芸当だとクレマティスは思う。
ディルクは大公の歴とした間者だった。本人いわく、女遊びも情報収集の一貫だという。
大公は腰裏にやっていた腕を前に出すと、ディルクに命令を出す。
「ディルク、お前はイルダフネへ向かえ。ストメリナの企みをサフタール殿とアザレアへ説明するのだ。説明した上で、アザレアを口説いているフリをしろ」
「お話してしまってもよろしいので? 他の間者の話によると、サフタール殿は相当アザレア様にご執心のようですが?」
「形だけでもアザレアを口説いている姿を他の間者どもに見せねば、ストメリナは怪しむだろう。かと言って、サフタール殿とアザレアの仲が険悪になっては困る」
「了解いたしました、大公閣下。何とか上手くやりましょう」
ディルクは騎士のように腕を前にやると、大公へ向かって一礼する。
「クレマティス」
「はっ」
「ディルクはイルダフネへ向かう。戦船を用意せよ」
「かしこまりました」
「よろしくお願い致しますよ、クレマティス将軍」
男とは思えぬほど妖艶な笑みを浮かべるディルクに、クレマティスはそれとなく視線を逸らす。軽薄な男は苦手であったが、共に大公に仕える存在。上手くやっていかねば。
(アザレア様……)
クレマティスはアザレアの姿を思い浮かべる。この男は事情を話すとはいえ、彼女に近づく。こんな危険そうな男を純朴なアザレアに接触させたくはないが、大公の命令だ。聞き従わなくてはならない。
「……ストメリナからの結婚の祝いを届ける使者、か。ふん、どうせあの女が用意したものは悪趣味なものだろう。私が用意した祝いの品と差し替えるように」
「はい、大公閣下」
「ストメリナに何か言われたら、私の命だと言え」
ディルクに命令を出す大公の姿を見つめながら、クレマティスは思った。
(大公閣下は、アザレア様のことを想っておられるのだな……)
愛しているとは言わなくても、アザレアの幸せを望んでいることは行動の一つ一つから読み取れる。
ストメリナを討とうとしているのも、国の安寧のためだと大公は言っていたが、アザレアの幸せのためにも大公はストメリナと戦おうとしているのではないか?
(これは、私の願望だろうか……?)
◆◆◆
いつもご閲覧いただき、ありがとうございます。
エールを押して頂けると創作の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。
62
お気に入りに追加
2,561
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
あなたには彼女がお似合いです
風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。
妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。
でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。
ずっとあなたが好きでした。
あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。
でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。
公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう?
あなたのために婚約を破棄します。
だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。
たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに――
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】都合のいい女ではありませんので
風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。
わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。
サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。
「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」
レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。
オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。
親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる