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第16話 画策する女ストメリナ②

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 一方その頃。グレンダン公国の城では、ストメリナがある男を呼び出していた。

「ディルク! 逢いたかったわ」
「……ストメリナ様、俺もですよ。麗しき白銀の姫君」

 ストメリナは男をディルクと呼ぶと、細い腕を伸ばし、その首に抱きつく。
 ディルクはクラバットを巻き、フロックコートを着ていた。貴族の定番の装いだが、どこかだらしのない雰囲気が漂う。首の後ろで緩く括られた癖のある焦茶の髪、右目の下にあるほくろ、耳たぶで煌めく深緑色の魔石がそう見せるのかもしれない。
 彼はストメリナのお気に入りだった。

「……ねえ、あなたにお願いがあるの」

 ストメリナはディルクを上目遣いで見つめると、うっそりと微笑む。

「あなた様の願いならば何でも叶えましょう」
「ふふっ、あなたならそう言ってくれると思っていたわ」

 今日、ストメリナがディルクを呼び出したのは逢瀬のためではない。ある目的があり、この場へ足を運ばせていた。

「……王国のイルダフネ領へ行って、アザレアをたぶらかして欲しいのよ」
「妹君をですか?」
「……妹だなんて思いたくもないけど」

 ディルクの、「妹」との言葉にストメリナは眉根を窪ませる。

 イルダフネに常駐させている間者から、ストメリナへ報告があった。アザレアはサフタールと上手くやっているらしく、今日も仲良く魔物討伐へ出掛けたらしい。
 魔道具の映像機で撮影されたアザレアとサフタールは、川辺の岩に腰掛けて談笑していた。
 幸せそうなアザレアの姿に、ストメリナの苛立ちは止まらない。今すぐにでもサフタールとの仲を引き裂いてやりたいと思い、ディルクを急遽呼び出した。
 ディルクは公国に遊学中の、帝国の第八王子。王子と言っても母親は側女で、彼の王位継承権は無いも等しい。王族としての意識は低く、異国で女と遊びまくっているのだ。
 ストメリナは女の扱いに長けたディルクを、閨房の相手として重宝していた。

 (……ディルクは女の扱いに長けている。男を知らないアザレアをたぶらかすなんて、赤子の手をひねるよりも簡単でしょうね)

 ストメリナは真っ赤な唇を歪ませる。

「アザレア様はタイプではないですが、堕とすことは造作もないでしょう」
「頼んだわよ」
「……しかし酷い姉君だ。嫁いだ妹君の幸せの邪魔をしようだなんて」
「あの子が幸せになってもいいと思う? 後妻が産んだ、誰が父親か分からない忌み子よ? あの子のせいで、私やお父様、エトムント家がどれだけの迷惑をこおむったか!」

 ストメリナは鼻梁に皺を寄せる。
 一族の誰も持たない、あのあかい髪を思い出すだけでストメリナの頭の奥はカッと熱を持つ。
 それほどまでに、アザレアの存在はストメリナにとって許せないものだった。彼女は、自身の持つ血が何よりも尊いものだと信じている。

 (誰が父親か分からない妹など、さっさとこの世からいなくなればいい……! あの子は完璧な私の、唯一の汚点なのだから)

 ◆

「……と、いうわけです。大公閣下」
「報告ご苦労、ディルク」

 謁見の間には大公とディルク、それにクレマティスがいた。
 ストメリナとのやりとりを堂々と大公に話すディルク。
 その姿を見つめている公国軍の将軍クレマティスは、何とも言えない表情を浮かべていた。

 (帝国の第八王子ディルク……。恐ろしい男だ)

 ストメリナに恋人のような甘い顔を向けている一方で、淡々とその企みを大公へ報告している。無骨者である自分には、とてもではないが出来ない芸当だとクレマティスは思う。
 ディルクは大公の歴とした間者だった。本人いわく、女遊びも情報収集の一貫だという。

 大公は腰裏にやっていた腕を前に出すと、ディルクに命令を出す。

「ディルク、お前はイルダフネへ向かえ。ストメリナの企みをサフタール殿とアザレアへ説明するのだ。説明した上で、アザレアを口説いているフリをしろ」
「お話してしまってもよろしいので? 他の間者の話によると、サフタール殿は相当アザレア様にご執心のようですが?」
「形だけでもアザレアを口説いている姿を他の間者どもに見せねば、ストメリナは怪しむだろう。かと言って、サフタール殿とアザレアの仲が険悪になっては困る」
「了解いたしました、大公閣下。何とか上手くやりましょう」

 ディルクは騎士のように腕を前にやると、大公へ向かって一礼する。

「クレマティス」
「はっ」
「ディルクはイルダフネへ向かう。戦船を用意せよ」
「かしこまりました」
「よろしくお願い致しますよ、クレマティス将軍」

 男とは思えぬほど妖艶な笑みを浮かべるディルクに、クレマティスはそれとなく視線を逸らす。軽薄な男は苦手であったが、共に大公に仕える存在。上手くやっていかねば。

 (アザレア様……)

 クレマティスはアザレアの姿を思い浮かべる。この男は事情を話すとはいえ、彼女に近づく。こんな危険そうな男を純朴なアザレアに接触させたくはないが、大公の命令だ。聞き従わなくてはならない。

「……ストメリナからの結婚の祝いを届ける使者、か。ふん、どうせあの女が用意したものは悪趣味なものだろう。私が用意した祝いの品と差し替えるように」
「はい、大公閣下」
「ストメリナに何か言われたら、私の命だと言え」

 ディルクに命令を出す大公の姿を見つめながら、クレマティスは思った。

 (大公閣下は、アザレア様のことを想っておられるのだな……)

 愛しているとは言わなくても、アザレアの幸せを望んでいることは行動の一つ一つから読み取れる。
 ストメリナを討とうとしているのも、国の安寧のためだと大公は言っていたが、アザレアの幸せのためにも大公はストメリナと戦おうとしているのではないか?

 (これは、私の願望だろうか……?)

◆◆◆

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