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第13話 お互いの気持ち

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 夕食の後、サフタールはツェーザルに呼び出されていた。

 (父上は話があると言っていたが……何だろう)

 少しどきどきしながら、サフタールはツェーザルが待つ執務室の扉を叩く。扉の向こうから「入れ」との声が聞こえ、サフタールは緊張しながらドアノブを引いた。

「父上、お呼びでしょうか?」
「サフタール、時間を取らせて悪かったな」
「いえ……」
「何、お前達の結婚について、少し話しておかなければと思ってな」

 サフタールの背後にある扉から、ノックの音が聞こえた。扉を叩く音の後に聞こえたのは「ツェーザル様、参りました。アザレアです」との声。

 (父上はアザレア様も呼び出していた?)

「サフタール、開けてあげなさい」
「はい……」

 サフタールはアザレアに扉が当たってしまわないよう、慎重に開ける。
 廊下には不安げな顔をしたアザレアがいた。

「サフタール様……?」
「アザレア様もこちらに呼ばれていたのですね。どうぞ、お入りください」

 ◆

「先日王城で定期会合があってな。会合の後に陛下と少しだけだが二人きりでお話させて頂く機会があった」

 ブルクハルト王国現国王は、サフタールの生物学上の父。その国王がツェーザルを呼び出し、二人きりで話をした。
 嫌な予感がしたサフタールは眉根を寄せる。

 (……まさか、今さらアザレア様との婚約を白紙にしろとは言わないだろうな?)

 アザレアは他国の姫。国家間の関係が何かしらの理由で悪化すれば、婚約が無くなることなどよくある話だ。
 なにせ、サフタールとアザレアの婚姻は国が定めた政略結婚。ブルクハルト王国とグレンダン公国の二国それぞれの思惑があり、結ばれたものだ。
 だが、サフタールにとってアザレアとの結婚はただの政略結婚ではない。

 (私は公国で虐げられていたアザレア様をお救いしたい。このイルダフネの地で平穏な毎日を過ごしてもらいたいのだ)

 そう、サフタールにとってアザレアを救うための結婚でもあったのだ。
 アザレアと出会ったあの日、彼女は泣きながら自分の髪を引き抜いていた。その場面を思い出すたびにサフタールの胸は痛み、何とかしてやりたいと思ってきた。

「どうしたサフタール? 顔色が悪いぞ?」
「大丈夫ですか? サフタール様」
「大丈夫です……。話を続けてください、父上」
「うむ……。お前達の結婚だが、グレンダン公国の大公閣下がかなり強く望んでおられるようでな。『娘をよろしく頼む』との書状が大公閣下から陛下の元へ届いたようだ」
「大公閣下が?」
「お父様が?」

 意外な人物の名がツェーザルの口から出、サフタールとアザレアは顔を見合わせる。

 (大公閣下は娘に無関心な人物だと思っていたが……)

 少なくとも、嫁いだ娘の幸せを望むような一般的な父親像とは程遠いとサフタールは思っている。
 アザレアの幸せを考えているのならば、公国時代の彼女の生活はもっとマシなものだっただろう。
 なぜなら彼女は、イルダフネ城下の平民以下の生活を強いられていたのだから。

 アザレアも、大公の行動がポジティブなものだとは思わなかったのか、複雑そうな表情を浮かべた。

「やはり……。この婚姻は厄介払いだったのでしょうか……私の……」
「アザレア様、何を言うのです」

 俯くアザレアに、サフタールは咄嗟に否定する。

「厄介払いなら、わざわざ陛下に書状を書くわけがありません。大公閣下はアザレア様の幸せを真に願っておられるのですよ。ええ、そうに決まっています!」
「そうでしょうか……」
「そうです!」

 後ろ向きな発言するアザレアに、語気を強めるサフタール。

「あー……二人とも話を続けていいか?」

 呆れ気味なツェーザルの声に、二人はハッとすると慌てて前を向く。

 ツェーザルは二人の顔をそれぞれ見ると、話を変えた。

「アザレアさん、イルダフネに来てから三日になる。ここでの生活はいかがかな?」
「は、はい! 皆さんにはとてもよくして頂いて、本当にありがたく思っております!」

 ツェーザルの質問に、アザレアはぴんと背を伸ばすと声を上擦らせた。

「アザレアさんから見て、サフタールはどうだろうか? こいつは気は優しいが堅物でね。少々融通が利かないところがある」
「そんな……。サフタール様には特によくして頂いてます。サフタール様は、と、とても実直で清廉な方だと……そう思っています」
「アザレア様……」
「ごめんなさい。上手く言えなくて」

 アザレアは胸の前で両手を握りしめると、さらに背を丸めた。

「嬉しいです」

 実直で清廉とのアザレアの評価に、サフタールは素直に嬉しいと思った。今まで真面目だ岩のような堅物だとは言われてきたが、人から清廉と評されたのは初めてだ。
 清廉は、心が清らかと言う意味だ。
 嫌っている人間をわざわざ清廉とは言わないだろう。
 アザレアが自分に好感を持っていてくれているかもしれない。そう考えるとサフタールは心が浮き立つのを感じた。

 (まあ、実際の私は清廉とは程遠いのだが……)

 本当に清廉ならば、アザレアの髪を媒体にして彼女の生活を覗いたりはしないだろう。なお、人体の一部を媒体にして意識を飛ばすこの術はサフタールの固有能力なので、使っても他人にバレることはない。もちろん、医法院にもだ。

 (いくら心配だったとはいえ、髪を媒体にして様子を窺っていたことは秘密にしよう……)

 十年前に出会っていることに関しては、どこかのタイミングで言おうと思っている。ただ、アザレアの髪色を魔法で変える方法についてはまだ見つかっていない。十年前の約束を今はまだ果たせないことに関しては謝らなければならないが。

「サフタール、お前はどうだ? アザレアさんのことをどう思っている?」

 ふいにツェーザルから話を振られた。

 (父上も意地悪だな……)

 両親には、十年前にアザレアと出会っていることは言ってある。というか、十年前に彼女と出会った際に、その事を両親に話していた。
 アザレアの髪を媒体にして彼女の様子を窺っていたことはさすがに言っていないが、彼女が公国で虐げられているので何とか助け出す方法はないかと相談したことはあった。
 ツェーザルは当然、サフタールがアザレアに並々ならぬ想いを抱いていることを知っている。
 それなのに、アザレアの前で彼女のことをどう思っているのか聞いてきたのだ。これはからかいが混じった質問だろう。

 (……さて、これはどう答えるべきか)

 アザレアからしてみれば、自分達が出会ったのはたったの三日前だ。
 ここで本心を晒すのは得策だとは思えない。
 本音を言えば、アザレアを守るためなら自分の命など惜しくないと思えるほど彼女のことが大切だし、アザレアの幸せのためならどのような犠牲だって払える。
 アザレアのことは心から大切だと思っているが、これは些か……いや、かなり重すぎる感情だ。十年間積もり積もってきた想いをいきなり露わにしてもアザレアが困ってしまうだけだろう。

「これから大切にしていきたいと心から思える方です。もうアザレア様は我が家の一員ですよ」

 色々考えた末、サフタールは当たり障りのない答え方をした。サフタールの答えに、アザレアはほっとしたような顔をしている。

「……ふむ、さすがにここで一目惚れしたとは言わんか」
「ち、父上っ!!」
「はははっ、許せ、息子よ」

 やはりツェーザルはからかっていた。サフタールはまだアザレアに自分の気持ちを隠しておきたいと思っている。ツェーザルの言葉に頬や耳にカッと熱を持った。きっと自分は真っ赤になっているに違いない。

「アザレアさん、あなたは魅力的な女性だ。息子が惹かれるのも無理はない。もしも息子があなたを愛してしまっても、どうかご容赦ください」
「それは……そうなったら、嬉しいと思います」
「アザレア様……」
「良かったなあ、サフタール」

 サフタールから気持ちを寄せられたら嬉しいと言うアザレア。その答えには本心も多少含まれていると思うが、彼女からしてみれば、こちらはまだ出会って三日の男なのだ。

 (性急にならぬよう、気をつけなくては……)

◆◆◆

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