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第11話 サフタールの事情

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 (サフタール様も大変なのね……)

 今夜もふかふかのベッドに横になりながら、アザレアは天井を見上げていた。
 サフタールから伝えられた、リーラの過去と、彼自身の出生の秘密。
 娘を亡くしたリーラとツェーザルは気の毒だと思うし、リーラが娘としたかったことを自分が叶えられるなら出来るだけ叶えてあげたいと思った。
 それに自分も母が生きていたらと思ったことは何度もある。サフタールと一緒にイルダフネのご両親に親孝行するのはやぶさかではない。

 問題は、サフタール自身の出生だ。

 (サフタール様が、ブルクハルト王国国王の庶子だったなんて……)

 サフタールは孤児だったと言った。生まれてすぐに母親を亡くした彼は、医法院に預けられたという。
 それだけでも、彼の苦労が窺い知れる。
 父親が生きているのに、父親の子として扱われていないなんて。王城でのサフタールの立場が気に掛かる。
 魔石鉱山の記念式典が王城で行われるが、大丈夫なのだろうか。

 (ゾラが言っていたわね。王国の医法院には要人の婚外子が預けられていることも多いと)

 アザレアはゾラに、ツツジの咲く中庭で出会った、あの少年のことを話していた。「若様」と護衛から呼ばれる医法士の卵は珍しいのではないかとアザレアは考えていたが、ゾラ曰く、医法院に預けられる子どもは王族や貴族など裕福な家の庶子が多いらしい。もちろん、何かあったら困るので護衛や世話人がつけられている。

 (サフタール様はイルダフネ家の養子になるまで医法院で暮らしていた……。もしかしたら、あの子のことを知っているかもしれない)

 サフタールとあの少年の歳は近そうだ。年齢が近いのなら親しくなることもあるだろう。
 だが、結婚相手に他の男性について尋ねるのは如何なものだろうかと思う。
 サフタールがいくら良い人とはいえ、良い気持ちはしないのではないか。

 (難しいわね……)

 アザレアは頭から掛け布団を被った。

 ◆

「まああっっ! アザレアちゃん、ステキっ! ねっ、皆もステキだと思うでしょう?」

 次の日の昼過ぎ。
 採寸を終えたアザレアは、リーラの着せ替え人形と化していた。今も頭には花飾りを付け、繊細なレースがふんだんにあしらわれた薄紅色のドレスを着させられていた。

 リーラが呼んだ仕立て屋や小間物屋はもちろん、イルダフネ家に仕える使用人達は皆口々に着飾ったアザレアを褒め讃える。

「とっても素敵ですわ、アザレア様!」
「まるで大輪の薔薇バラのようです!」
「あ、ありがとう、ございます……」

 (なっ、慣れないわ……!)

 グレンダン公国では使用人達にいないもの扱いされていたアザレア。必要最低限の世話はされていたが、ドレス姿を褒められることは一切なかった。そもそもそのドレスすらも、公の場にほとんど出ないからと滅多に作って貰えなかったのだ。

 (本当に、これは現実なのかしら?)

 ドレスや小物を持った者が、入れ替わり立ち替わり笑顔を浮かべてやってくる。アザレアが新たなドレスやストールを身に纏うと、そのたびに歓喜の声があがった。
 次々にあがる賞賛の言葉に、褒められ慣れていないアザレアは嬉しさを通り越して戸惑うばかりだ。

 仕立て屋がやってきてから約二時間後、アザレア達がいる部屋の扉を叩く音がした。
 リーラが「はいはーい!」と浮かれた様子で扉を開けると、そこには難しい顔をしたサフタールがいた。

「……母上、いつまで採寸をやっているのですか? アザレア様が疲れてしまうでしょう」
「あら、もうこんな時間? そろそろお開きにしましょうか」

 リーラがこちらを振り返った瞬間、サフタールは申し訳なさそうに頭を下げた。アザレアもそれに合わせて頭を下げる。心配して、様子を見にきてくれたのだろうか。

 ◆

「……申し訳ありません、アザレア様。私があんなことを頼んだばかりに」
「いいんですよ。色々なドレスを着られて楽しかったですし!」

 二人で城塞内にある中庭へ出る。
 外から見ると高い壁が聳える無骨な城塞だが、庭の植木には可憐な白い花が咲いている。
 中庭のベンチに二人並んで腰掛けた。

「私、あんなにちやほやされたの初めてです。仕立て屋さんを呼んだとリーラ様から聞かされた時は、てっきり一人だけいらっしゃると思っていたのに、何人もいらっしゃるのですね!」
「驚きますよね。私も最初にイルダフネ家へ来た時はびっくりしましたよ」

 公女ならば当たり前のように享受することを、アザレアは今初めて経験していた。
 色々なドレスを着られるのは楽しかったが、こうやってサフタールと二人きりでベンチに座っていると、疲れを感じた。着替えるだけでも体力を消耗するということも初めて知った。

 (お姫様やお嬢様って、大変なのね)

 グレンダン公国にいた頃、アザレアは数少ないワードローブを何とかやりくりしていた。ほつれが出来れば自分で縫い、ストメリナからドレスの裾を踏んづけられた時も自分で汚れを落とした。
 サフタールの妻になれば、そういったことを一切しなくても良くなるのだろう。

 温かく美味しい食事にきれいな衣装、日当たりの良い快適な部屋に、ふかふかのベッド。
 イルダフネ家から与えられるものはどれも素晴らしい。
 良くして貰える分、何か返せないかとアザレアはここに来てからの三日間、ずっと考えていた。

「サフタール様、お願いがあるのですが……」
「何ですか? 母上のわがままに付き合って貰っているのです。何でも喜んで叶えますよ」
「では、……私、魔物討伐に行きたいのです!」
「まもの、とうばつ?」

 アザレアのお願いに、サフタールはぱちぱちと瞬きした。

「はい。私はずっと魔法の勉強を続けていて、この力を何かに役立てたいと願ってきました。グレンダン公国にいた頃はこの髪のこともあって外へ出られませんでしたが、ここでは朱い髪をしていても誰も気にしません。だから、魔物討伐に行きたいのです!」

 城塞内のあちこちにある掲示板には、どれも「魔物討伐者、大募集!」の張り紙があった。募集要項には魔道士歓迎とあり、魔道士資格がなくても、何かしら攻撃魔法、もしくは回復魔法が使えれば討伐に参加可能とあった。主婦・主夫歓迎とも書いてあったので、普段あまり戦ったことのない人間でも活躍出来るのかもしれないと思った。

「アザレア様……。確かに私は、アザレア様とゾラ殿がこちらへいらっしゃった時、アザレア様の魔法を頼りにさせて頂くと言いましたね」
「だめでしょうか?」
「駄目ではありませんよ。私もアザレア様の気持ちが分かります。ここでは今までの生活が嘘だったように一変しましたから。あまりにも良くして貰えるので申し訳なくなってくるのですよね」
「サフタール様もそうだったのですか?」
「ええ。まあ……五歳まで居た医法院も、悪いところではなかったのですが」

 サフタールはアザレアの言うことを否定しない。なるべく共感しようと努めてくれているのが伝わってくる。

「自分に良くしてくれる、この家のために何かしたい。そう思うアザレアの気持ちは分かります。……では、まずアザレア様の魔法を見せてもらえますか? 演習場へ参りましょう」

◆◆◆

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