5 / 57
第5話 歓迎
しおりを挟む
エントランスで挨拶を行った後、アザレアとゾラは客室に案内された。
リビングと寝室が二間続きになったその部屋は広々としており、壁紙と床材も真新しい。白を基調としたその部屋は明るく、清潔感があった。花瓶には瑞々しい花が活けられている。
アザレアは公国で、何年も改修が入っていないような古い部屋で生活していた。絨毯すら張られていない床は踏み締めるたびにギシギシと軋む音を立てていたし、天井ではねずみが毎晩走り回っていた。
今まで暮らしていた部屋との違いに、アザレアは驚きのあまり固まってしまった。
サフタールに促され、さらに壁一面に設置されたクローゼットを開けると、すでにアザレアが着るための衣装が用意されていた。色とりどりのドレスや部屋着、外出着の数々に、アザレアは言葉を失った。
(ここまでして貰えるなんて……)
「アザレア様とゾラ殿の部屋は、先にご用意しようかとも思ったのですが……。今後長く使うことを考えたらお二人の意向を聞いたほうが良いと思いまして」
アザレアとゾラの部屋の場所は四ヶ所候補があり、内装を含めどうしたいか意見を聞かせてほしいとサフタールは言う。
サフタールはいつのまにかこの城塞の間取り図を手に持っていた。
自室の場所が選べると聞き、手を叩いて喜んだのはゾラだ。
「良かったわね、アザレア。いたせり尽せりじゃない!」
「もう、ゾラったら。……サフタール様のお部屋はどちらなのですか?」
(夫婦は同じ寝室を使うはず……。なら、サフタール様のお部屋の近くがいいわよね)
イルダフネの城塞はかなり広い。もしかしたら公国の城よりも。
サフタールの部屋から遠い場所に自室を作っては、夜間に夫婦の寝室へ通うのが大変になってしまう。
アザレアは間取り図に視線を落とす。
「私は城門前にある一室でいつも寝泊まりをしております」
「城門前、ですか?」
「はい。城下で何かあれば、すぐに駆けつけられるようにしているのです」
サフタールは領民を護るという意識の強い次期領主であった。イルダフネ領は魔石発掘を生業とした土地で、世界中から職を求めて色々な国の人間がやってくる。また、魔石の多い場所は魔物と呼ばれる異形が発生しやすい。
人と魔物が集まる場所にトラブルはつきもので、サフタールは毎日のように城下へ出ていくらしい。
サフタールの苦労が窺い知れた。
「大変ですね」
「はは、もっと城下の治安をよく出来れば良いのですが……」
「では、私も城門前で生活します」
苦笑いを浮かべるサフタールに、アザレアは自分も城門前にいると申し出た。
「私の魔法で何かお役に立てないでしょうか?」
アザレアは賊に襲われかけた時のことを思い浮かべる。魔法があれば戦える。サフタールの役に立てるのではないかと考えた。
「アザレア様の魔法はすごいと思いましたが……しかし……」
サフタールは眉尻を下げる。結婚相手に危険な真似はさせられないと考えているのだろうか。
すぐにゾラが助け舟を出してくれた。
「サフタール様、この子に『やりがい』を与えては貰えませんか? ずっと魔法の勉強を続けているのに、今まで役立てる機会に恵まれなかったのです」
「ゾラ殿……。分かりました。アザレア様、頼りにさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
これからは実戦で魔法が使えるかもしれない。
そう思うと、今までにないほどワクワクした。
◆
(私、イルダフネに来て良かった)
夜。ふかふかのベッドに横になりながらアザレアは今日あった出来事を思い返す。
あれから食堂で歓迎会が催され、温かで美味しい料理に舌鼓を打ちながら、サフタールは今後の予定について話してくれた。
結婚式は三ヶ月後。それまでにアザレアやゾラが使う部屋の改修や、ドレスや指輪を用意したりとやることは目白押しらしい。
リーラはとても張り切っていて、アザレアを世界一の花嫁にすると拳を突き上げて高らかに宣言していたほどだ。
(楽しかったわ……)
あんなに大勢の人間と食事をするのは生まれて初めてだった。大勢と言っても、サフタールとその両親、自分とゾラの五人だけだが。
ゾラは最初自分は侍女だからと歓迎会の参加を遠慮していたのだが、サフタールはぜひにと誘ってくれたのだ。
笑顔が絶えない賑やかな歓迎会だった。酔っ払ってしまったリーラとゾラがいきなり肩を組んで王国の有名歌を歌い出したので、アザレアは手拍子で参加した。
陽気に歌う二人の隣りでサフタールはずっとおろおろしており、その正面でツェーザルは満足そうな顔をして悠然と大きなワイングラスを回していた。
これが家族の団欒というものなのかもしれない。
アザレアは十八年生きてきて、間違いなく今日が一番楽しいと思った。
賊に襲われかけた時はどうなることかと思ったが……。駆けつけてくれたサフタールには感謝してもしきれないが、一つ気になることがあった。
(……思えば、どうしてサフタール様はあの時間帯に港にいらっしゃったのかしら?)
グレンダン公国の戦船は夕刻に着く予定になっており、昼前にサフタールが駆けつけたのは不自然だ。
(サフタール様はよく城下の見回りをしていると仰っていたし、たまたま朝から港にいたのかしら……?)
朝になったら聞いてみよう。
瞼が重くなってきたアザレアは、そう考えながら目を閉じた。
リビングと寝室が二間続きになったその部屋は広々としており、壁紙と床材も真新しい。白を基調としたその部屋は明るく、清潔感があった。花瓶には瑞々しい花が活けられている。
アザレアは公国で、何年も改修が入っていないような古い部屋で生活していた。絨毯すら張られていない床は踏み締めるたびにギシギシと軋む音を立てていたし、天井ではねずみが毎晩走り回っていた。
今まで暮らしていた部屋との違いに、アザレアは驚きのあまり固まってしまった。
サフタールに促され、さらに壁一面に設置されたクローゼットを開けると、すでにアザレアが着るための衣装が用意されていた。色とりどりのドレスや部屋着、外出着の数々に、アザレアは言葉を失った。
(ここまでして貰えるなんて……)
「アザレア様とゾラ殿の部屋は、先にご用意しようかとも思ったのですが……。今後長く使うことを考えたらお二人の意向を聞いたほうが良いと思いまして」
アザレアとゾラの部屋の場所は四ヶ所候補があり、内装を含めどうしたいか意見を聞かせてほしいとサフタールは言う。
サフタールはいつのまにかこの城塞の間取り図を手に持っていた。
自室の場所が選べると聞き、手を叩いて喜んだのはゾラだ。
「良かったわね、アザレア。いたせり尽せりじゃない!」
「もう、ゾラったら。……サフタール様のお部屋はどちらなのですか?」
(夫婦は同じ寝室を使うはず……。なら、サフタール様のお部屋の近くがいいわよね)
イルダフネの城塞はかなり広い。もしかしたら公国の城よりも。
サフタールの部屋から遠い場所に自室を作っては、夜間に夫婦の寝室へ通うのが大変になってしまう。
アザレアは間取り図に視線を落とす。
「私は城門前にある一室でいつも寝泊まりをしております」
「城門前、ですか?」
「はい。城下で何かあれば、すぐに駆けつけられるようにしているのです」
サフタールは領民を護るという意識の強い次期領主であった。イルダフネ領は魔石発掘を生業とした土地で、世界中から職を求めて色々な国の人間がやってくる。また、魔石の多い場所は魔物と呼ばれる異形が発生しやすい。
人と魔物が集まる場所にトラブルはつきもので、サフタールは毎日のように城下へ出ていくらしい。
サフタールの苦労が窺い知れた。
「大変ですね」
「はは、もっと城下の治安をよく出来れば良いのですが……」
「では、私も城門前で生活します」
苦笑いを浮かべるサフタールに、アザレアは自分も城門前にいると申し出た。
「私の魔法で何かお役に立てないでしょうか?」
アザレアは賊に襲われかけた時のことを思い浮かべる。魔法があれば戦える。サフタールの役に立てるのではないかと考えた。
「アザレア様の魔法はすごいと思いましたが……しかし……」
サフタールは眉尻を下げる。結婚相手に危険な真似はさせられないと考えているのだろうか。
すぐにゾラが助け舟を出してくれた。
「サフタール様、この子に『やりがい』を与えては貰えませんか? ずっと魔法の勉強を続けているのに、今まで役立てる機会に恵まれなかったのです」
「ゾラ殿……。分かりました。アザレア様、頼りにさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
これからは実戦で魔法が使えるかもしれない。
そう思うと、今までにないほどワクワクした。
◆
(私、イルダフネに来て良かった)
夜。ふかふかのベッドに横になりながらアザレアは今日あった出来事を思い返す。
あれから食堂で歓迎会が催され、温かで美味しい料理に舌鼓を打ちながら、サフタールは今後の予定について話してくれた。
結婚式は三ヶ月後。それまでにアザレアやゾラが使う部屋の改修や、ドレスや指輪を用意したりとやることは目白押しらしい。
リーラはとても張り切っていて、アザレアを世界一の花嫁にすると拳を突き上げて高らかに宣言していたほどだ。
(楽しかったわ……)
あんなに大勢の人間と食事をするのは生まれて初めてだった。大勢と言っても、サフタールとその両親、自分とゾラの五人だけだが。
ゾラは最初自分は侍女だからと歓迎会の参加を遠慮していたのだが、サフタールはぜひにと誘ってくれたのだ。
笑顔が絶えない賑やかな歓迎会だった。酔っ払ってしまったリーラとゾラがいきなり肩を組んで王国の有名歌を歌い出したので、アザレアは手拍子で参加した。
陽気に歌う二人の隣りでサフタールはずっとおろおろしており、その正面でツェーザルは満足そうな顔をして悠然と大きなワイングラスを回していた。
これが家族の団欒というものなのかもしれない。
アザレアは十八年生きてきて、間違いなく今日が一番楽しいと思った。
賊に襲われかけた時はどうなることかと思ったが……。駆けつけてくれたサフタールには感謝してもしきれないが、一つ気になることがあった。
(……思えば、どうしてサフタール様はあの時間帯に港にいらっしゃったのかしら?)
グレンダン公国の戦船は夕刻に着く予定になっており、昼前にサフタールが駆けつけたのは不自然だ。
(サフタール様はよく城下の見回りをしていると仰っていたし、たまたま朝から港にいたのかしら……?)
朝になったら聞いてみよう。
瞼が重くなってきたアザレアは、そう考えながら目を閉じた。
72
お気に入りに追加
2,561
あなたにおすすめの小説
私が妻です!
ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。
王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。
侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。
そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。
世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。
5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。
★★★なろう様では最後に閑話をいれています。
脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。
他のサイトにも投稿しています。
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる