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めんどくさいウチの両親
しおりを挟む「ぬははっ‼︎ 甘いっ! 甘いぞ小僧‼︎ そんな剣筋では、サラにだって勝てはしないぞ‼︎」
何故か今、うちの父と団長は剣の撃ち合いをしている。
おかしい。結婚の報告に来たはずなのに、何故団長は上半身裸のおっさんと鍔迫り合いをしているのか。
カン、カンと金属同士が打ちつけあう、甲高い音が演習場に響く。二人はすごい勢いで剣撃を繰り出している。
団長は筋肉の塊である屈強な父にもひるまず「お嬢さんをください」をしたのだが、父は返事をすることなく「腰に差した剣を持て」と言い出したのだ。
二人ともごりごりの剣士である。たぶん、剣を交えて会話をしようとしているのだろう。男の世界はよく分からない。剣で撃ち合っても、お互いのことなんか何も分からないだろうに。
「あっっ……!」
父が放った強力な一閃。団長の剣がガンッと音を立てて跳ね飛ばされ、宙を舞う。煌めく白銀は石畳の上で一、二回弾んだあと、動かなくなった。
勝負はあっという間についた。
◆
私たちは昼ごろ王都へ着いた。適当な食事処で昼食を済ませた後、父へ会いにいった。父は演習場で一人、ぶんぶん剣を振るっていた。上半身は何故か裸だった。おっさんの裸なんか見たくない。恥ずかしいから何か着て欲しい。
『ブルダニン殿、サラを私の妻にください』
そう言って恭しく腰を折る団長に、父は言った。『剣を持て』と。
結果的に言えば、団長は父に負けてしまった。団長だって弱くないし、むしろマトロア地区の騎士の中では最強だ。父が異常なのだ。
団長は今、これでもかと肩を落としている。
「なさけないな……」
「気にしないでください。団長は弱くないですよ、父が異常なんです」
うちの父は齢四十八になる。父は結婚が早かった。やたらと敵に突っ込んでいく無鉄砲な父を見て、祖父が早々にお見合いをさせたらしい。しかし父は私が産まれても変わらなかった。
「ランヴァールさん、うちの主人がごめんなさいね」
子爵家のばりばりのお嬢様だった母がお茶を淹れてくれた。母を見る団長の目が点になる。
「サラにお姉さんがいたのか。知らなかった……」
「母ですよ。今、うちの主人って言いましたよね」
「は……? 若すぎやしないか?」
「まぁ! ランヴァールさんったらお上手ねえ!」
朴念仁な団長の辞書には世辞の文字はない。本気でうちの母のことを私の姉だと思ったのだろう。団長のご両親はお二人とも六十歳だそうなので、余計に四十代の母が若く見えたのかもしれない。それに母は私と違って美人である。美人は若く見える。
「主人はランヴァールさんのこと、気に入ったみたいね」
「はっ、そ、それは本当ですか?」
「だって主人は嫌いな人とは剣を交えないもの。ねえ、サラ?」
「そうだね」
その辺の父の事情はよく知らない。でも、団長のために肯定する。
眉尻を下げた団長はうちの母に尋ねる。
「……良いのでしょうか。ブルダニン殿にまったく歯が立たなかった私がサラを娶っても」
「むしろ歯が立っちゃダメよ」
「? それはどういう意味でしょうか?」
「サラが義実家で何かあった時、うちの主人がサラを救い出せないでしょう? うちの主人はね、サラのことは自分よりも弱い男に託すって決めているのよ」
知らなかった。でも、一理あるかもしれない。義実家が最大の敵だという女性は世の中それなりにいるだろう。
私も前の夫が亡くなった時、それはもう義実家相手に苦労した。前の夫ロバートのことは今でも大事だけど、義実家のことは二度と思い出したくない。
「私はサラを大切にするつもりです」
「う~~ん。でも、サラがランヴァールさんを嫌いになっちゃうこともあるでしょう? あなたが別れたくないって駄々をこねたら、サラは困っちゃうじゃない。あなたは名門伯爵家の嫡子なんでしょう? うちみたいな市井の人間が抵抗出来る方法は武力行使だけよ」
「ちょっとお母さん、変なこと言わないでよ」
うちの母は、私が前の結婚で苦労したことを知っている。娘可愛さに団長に色々言っているのだろうが、余計なお世話だ。
「団ちょ……ランヴァールさんは話が分からない人ではないわ。彼のことが嫌いになって、別れたくなったらちゃんと話し合って離婚するわ」
「でも、サラには障害が……」
「まだ右手は無事だもの。ランヴァールさんの一人や二人、ぶん投げてやるわ!」
にぎり拳にした右手を突き上げたところでハッとする。
ふと隣を見ると、団長が私の顔をみて怪訝な顔をしていた。
またやってしまった。私は団長が悪く言われるとすぐカッとなってしまう。……明後日の、方向に。
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