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いつものお誘い

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「サラ、今日は俺の家で呑まないか? 実家から酒がたくさん届いたんだ」
「わーい、行きます行きます!」

 団長の実家領では果物がたくさん採れる。ぶどうや桃を使ったお酒が名産品で、これがとってもフルーティで口あたりが良くて美味しい。私は団長の家にお酒が届くたび、呑みに行っていた。最初に宅呑みに誘われた時はさすがに「二人きりはちょっと……」と警戒したが、もう私と団長の付き合いは三年にもなる。その間、手を握られたことすらない。いつ如何なる時も業務の延長のような団長の態度に、私はいつしか団長への警戒心を完全に失っていた。

 階段を降ろうとしたその時、抱えていた書類を上からすぽんと抜かれた。ふと斜め上を見ると、団長の手には私が今まで抱えていた書類がある。

「階段を降りる時は荷物を持つなといつも言っているだろう? 」
「え~~大丈夫ですよ」
「転んだらどうするんだ」

 私は七年前、右足の膝の靭帯を断裂していた。かつての私は父と同じ騎士を志し、日々魔物討伐をしていたが、任務中に誤って怪我をしてしまったのだ。リハビリのかいあって私は杖がなくとも歩けるようにはなったが、階段は一段ずつ脚を降ろすようにしないと降りられなくなった。膝の可動域が少なくなってしまったからだ。
 左腕にも怪我を負い、こちらも少し麻痺がある。右手で算盤を弾くので現在の業務には支障はないが、団長はやたらと私の心配をする。

 いつも言い方はつっけんどんだが、優しいのだ。団長は。
 でも結婚はしたくない。


 ◆


「ぷはぁっ! 最高ですね!」

 果実酒を炭酸で割ったものを煽る。お風呂あがりの身体にしゅわしゅわした炭酸酒は文字どおり甘露だ。

「相変わらず良い呑みっぷりだな」

 私と交代でお風呂に入っていた団長が出てきた。濡れた頭にタオルを被っている。うーん、水も滴る良い団長だ。

 仕事のあと、私は団長の家へ来た。プロポーズは断っても、酒の誘いは断れない。
 いつもどおりお風呂を借りて、団長が士官学校時代に使っていた運動着を着る。少し大きいが、適度にゆったりしていて着心地が良い。これを着るのも団長の家の大きなお風呂に浸かるのもあと残り少しかと思うと寂しい。でも、団長と結婚するのはなぁ、と思う。寂しさよりも面倒くささのほうが上回る。

「団長は、いつご実家へ戻られるのですか?」
「一ヶ月後だ。来月には実家の父がもう六十になる。そろそろ引退したいと言い出してな」
「団長のお家は領地がありますもんねえ、管理は大変ですよね」
「ああ。父上も昔は単騎で領地を駆けずり回っていたんだがな。これ以上年寄りに無理はさせられない」
「年寄りだなんて言ったら、怒られますよ?」

 団長のお父様とは何度か会ったことがある。相当な子煩悩なのか、近くに寄ったからと詰所まで挨拶に来たのだ。齢六十には見えないほど若々しく、団長も三十年後はああなるのかなと容易に想像できるような御仁だ。きっと団長のお父様は、若かりし頃はものすごくモテたはず。なぜなら団長とは違い、フレンドリーで優しい素敵な紳士だからだ。
 団長もつっけんどんな物言いをなんとかすればモテるだろうに……と思いながら、団長お手製のおつまみを摘みつつ、炭酸酒の次に勧められたワインをぐびぐび煽る。このワインも一月後には呑めなくなると思うと切ない。思わずグラスを見つめてしまう。

「……なあ、サラ」
「はぁい?」
「一晩考えたんだが、やはり君をここに一人で置いていけない」
「団長……」
「どうか俺と一緒になってくれないか?」

 見ると、団長のグラスの中身はぜんぜん減っていない。

「う~~ん」
「君が嫌だと思うところは正せるよう、善処する。うちの両親はカントリーハウスで暮らすから同居の必要もない。子どもが出来れば乳母も雇う。屋敷には使用人がいるから君は家事をしなくていい」
「う~~ん」

 団長ばかり我慢する結婚はなんとなく嫌だなと思った。それに私と結婚しても、団長にはメリットは何もない。私は血統が良いわけでも美人でもない。昔は運動神経だけがとりえだったけど、怪我のせいで歩くのが精一杯。性格だって、良いとは言えないだろう。なにせ、せっかくプロポーズしてくれた人のことを面倒くさいなどと、バチ当たりなことを思ってしまうのだから。

「やっぱり、ごめんなさい」

 私はグラスをテーブルに置くと、頭を下げた。
 私と結婚しても、団長には良いことが何もない。
 それが一番、団長と結婚したくない理由かもしれない。
 団長は下唇を噛むと、眉尻を下げた。

「……俺のことが嫌いなのか? どうしても嫌なら別居したっていい」
「それ、結婚する意味ありますか?」
「俺はサラが好きなんだ」
「どうして私のことなんかが好きなんですか? 良いとこ、別に無いですよね?」
「くるくるの髪とか、そばかすとか、とても可愛いと思う」
「それ、欠点ですよ」
「俺と対等に接してくれるところとか」
「団長、上官ですから。無礼な部下は褒められた存在じゃありませんよ」
「一緒にいて楽しい」
「そっ……」
「俺はサラと一緒にいる時が、一番楽しい。たまにこうやって一緒に宅呑みしている瞬間が何より大事なんだ。……それが結婚したい理由では、駄目か?」
「それ、友人でいいじゃないですか」

 あぶないあぶない。団長が真剣な顔をするから、一瞬堕ちかけてしまった。団長は目元が涼やかな美形だ。身体つきは騎士らしくがっしりしているものの、ガチムチというよりも、細身でしなやかな感じである。ぶっちゃけ外見だけなら相当タイプだ。



 団長と話していて、ふと思ったことがある。
 団長はもしかしたら、私の知らないところがあるから、好きだと思い込んでいるのかもしれない、と。私たちはなまじ付き合いが長い。本懐を遂げてもらえば、気が済むかもしれないと思ったのだ。

「団長」
「なんだ、改まって」
「私とセックスしませんか?」

 団長は切れ長の目を瞬かせると、岩のようにぴしりと固まった。

「な、何を言ってるんだ」
「団長、私と結婚したいんでしょう? 私のこと、抱けますよね?」
「まあ……でも」

 なんとも煮え切らない団長。普通、二十八歳の男女が二人きりで宅呑みしていたら、一回や二回そういう展開になったっておかしくないと思う。それに団長は私のことが好きなのだ。どうして今まで団長は私に手出ししなかったのだろうか。

「団長、私……。団長に抱かれたら、団長と結婚する気になれるかもしれません」
「本当か?」
「私は元騎士です。二言はありませんよ」

 私が鼻を鳴らして笑うと、団長はすがるような視線を向けてきた。
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