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めんどくさいからです。

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「サラは再婚しないのか?」

 魔物討伐の報告書に視線を落としながら、繊細な話題を口にするこの人は私の上官、この黒獅子騎士団マトロア地区の団長、ランヴァール氏(二十八歳)だ。

「はあ、そうですね」
「まだ亡くした旦那のことを引きずっているのか?」
「どうでしょうねえ~~」

 私は適当な返事をしながら、算盤を叩く。今日は月末。明日には王都行きの配達員に月次報告書を託さねばならない。団長の巨大なお世話がすぎる話題に答えている暇などないのだ。

「サラ」
「何ですか~? 私、忙しいんですよ」
「サラ、俺と結婚してくれないか?」

 一瞬流れる沈黙。ぱちんぱちんと鳴る算盤の玉をはじく音。私はゆっくり顔をあげ、向かいにいる人物の顔をまじまじと見た。
 そこには顔と家柄はいいが、何かと不器用で有名な騎士団長の仏頂面があった。
 

 ──今、団長から結婚してくれって言われたような気がしたんだけど。

 たぶん、聞き間違いだろう。あまりにも忙しすぎて現実逃避してしまったのかもしれない。
 今日は日が上がる前からぱちぱち算盤を弾いていた。書類の計算は殆ど終わったし、今日のところは帰ろう。団長からプロポーズされる幻聴を聴いてしまうなんて、どう考えても普通じゃない。うん。今日はもう帰ろう。

 机のサイドに掛けてあったカバンを手に取り、私は椅子から立ち上がると団長へ向かって頭を下げた。

「すみません、お先に失礼します」
「……サラ、そんなに俺が嫌なのか?」

 薄い紫色をした団長の目が、真っ直ぐ私を射抜く。
 どうも団長のプロポーズは幻聴では無かったらしい。
 たらりと背中に嫌な汗をかく。

「いや~……嫌っていうかぁ。私、職場恋愛はしない主義なんですよ」

 ぽりぽりと頭をかく。本心だった。
 私は今、騎士団の詰所で事務官として働いている。
 月末月初でなければほぼ定時で帰れるし、ちょっと辺境地にあるこの詰所は所帯持ちの騎士ばかり。大人しかいないので人間関係は安定している。端的に言えばかなり働きやすい職場だった。職場恋愛の末に結婚できればいいが、騎士は女性たちの憧れだ。下手に失恋して働き辛くなるよりも、私は誰とも深く関わらない堅実な道を選びたい。

「そうか。どうかその主義を変えて貰えないだろうか?」
「う~ん、難しいですね」
「何故だ?」
「少なくとも、団長と付き合ったり結婚するのは無理です」

 きっぱり断ると、団長の眉間の皺がみるみる内に深くなった。

「どうしてだ?」
「どうしてって。団長と私とじゃあ、家柄も違いすぎますし、まったく釣り合わないですよ」
「そんなことないぞ」
「そんなことありますって」

 私たちの共通点なんか、せいぜい髪が黒いところぐらいだ。その黒髪も、団長は癖のないさらさらヘアだが、私は雨の日は爆発必須のくるくる癖っ毛だ。

「家柄? 君の家だって貴族じゃないか」
「父は一代限りの男爵ですよ」
「騎士として手柄を挙げた褒美として賜った爵位だろう? 立派なことだ」

 団長の家は少なくとも二十代は続いている名門伯爵家だ。ウチの父は確かに、今でも剣術指南役として騎士団に籍を置けるぐらい強いが、だからと言って団長が私と結婚するメリットは無いだろう。

「私、もう若くないですよ?」
「俺と同い年じゃないか。しかも誕生日まで一緒ときた。これは運命だ」
「いやー、偶然でしょう~」
「サラ、俺は君を大切する」
「それは嬉しいですけど」
「じゃあ結婚してくれ」
「いやいや」
「なんで駄目なんだ」

 何で駄目なんだと聞かれれば、答えはひとつ。
 めんどくさいからだ。
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