従姉妹の身代わりに侯爵の妻になりましたが、なぜか初見でバレてしまいました

野地マルテ

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第二部

最初から決まっていたの?

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 ノックをしても、すぐには部屋の扉は開かなかった。しばらく呼びかけたのち、内側から扉を開けてくれた人物はユージェニーではなかった。ぬっと現れた大きな影にぎょっとした。

「ジャン……⁉︎」

 ユージェニーの部屋は二間続きだった。ジャンはどうやら彼女の隣の部屋からこっそり入ったらしい。彼はサイラスを応接室に連れていった後、小用を装ってここへ来たと言った。

「……悪い、エメリーヌ。この部屋はもう、ユージェニーは使ってねえんだ」
「どういうこと……?」
「とりあえず中へ入ってくれ。お前にだけに話があるんだ」

 ジャンは親指で後方を差し、部屋に招き入れてくれた。
 そこは私の見知ったユージェニーの部屋ではなくなっていた。彼女が自慢していた豪奢な天蓋つきの寝台はおろか、ドレスが山ほど詰められていたクローゼットすらない。あるのは、簡易的な木製丸テーブルと椅子が二脚だけ。それすらも一時的に用意されたようなものだ。
 ユージェニーがフリオの実家へ行った時に、まとめて持っていったのだろうか?

「……びっくりしただろ?」
「……ええ、家具はユージェニーがフリオの実家へ持っていったの?」
「いいや、あいつが自分で商人を呼んで処分したんだ。少しでもフリオとの結婚資金が欲しいっつってな」
「そうなの……」

 ──それだけ本気だったのね。

 がらんとした部屋をみて、そう思った。並々ならぬ覚悟で、ユージェニーはフリオを選んだのだ。

「……ユージェニーは今どこに?」
「あいつは今、客室を使ってる。あとで案内するから、先に俺の話を聞いてくれねえか?」
「何? ジャン」

 部屋は暖炉に薪が焚べられていて暖かい。簡易テーブルの隣にはティーセットがのった台車もある。
 はじめからジャンは、私と二人でここで話をするつもりだったのだろう。

「……エメリーヌはロイドからどれだけ話を聞いているんだ?」
「何よ、いきなり。わけが分からないわ」
「……何も聞いてなさそうだな。……エメリーヌ、お前に、一番はじめに花嫁の入れ替えを提案してきた相手は誰だ?」
「ユージェニーに決まっているでしょう?」

 いったいいきなり何を言い出すのだろう。そんなのは当たり前だ。
 私はユージェニーに頼まれて、クレマント侯爵家にユージェニーとして輿入れしたのだ。

「……それなんだけどよ。最初に言い出したのは、ユージェニーじゃねえんだわ」
「えっ?」

 ジャンは少し焦った様子で左右をきょろきょろ見回すと、短い銀髪をがりがりかいてそう言った。
 いつもの砕けた口調になったジャンは、事を経緯を語りはじめた。

「最初に言い出したのはロイドだ」
「なんでじいやが?」

 ユージェニーがどうしてもクレマント家にお嫁に行きたくないと言って駄々をこねたのなら分かる。
 しかし、何故じいやが私たちの入れ替わりを提案する必要があるのか?
 じいやはクレマント家とオートニ家が婚約を結んだ証の一つとして、両家を行き来する従者になった。それを何故、自ら信頼を壊すような提案をしたのか?

「ロイドはクレマント家からうちに来た従者だ。だが、大元の雇主は中央、……つまり王家だ」
「なによ、じいやが王家の命令で本物のユージェニーをクレマント家へやらなかったとでも言うつもり?」
「さすがエメリーヌ、察しがいいな」
「嘘、何で……?」
「実はな……。ユージェニーは随分前から国王陛下に目をつけられていた。あいつは社交界で目立っていたからな。陛下はロイドに言ったらしい、何が何でもオートニ家の末娘を後宮に入れろ、ってな」
「嘘でしょう……?」
「マジだ。……さすがに王家でも、大貴族のクレマント家に婚約破棄させることは難しかったらしい。だから、エメリーヌにユージェニーとしてクレマント家へ嫁に行って貰い、ユージェニーにはこっそり後宮へ入って貰う。……そんな算段だったそうだ」
「なによそれ……」

 まるで物のような私たちの扱いに、血が沸くかと思うぐらい腹が立った。確かにこの国の貴族の女は物みたいなものだ。
 でも、それでも。こんな扱いはあんまりだ。サイラスからじいやの所業は色々聞いていたが、震えが止まらなかった。

 ──最初から、ユージェニーは国王の妾になることが決まっていた? サイラスの元には私が行くことになっていた?

 じいやの掌の上で踊らせていたのかと悔しく思ったけど、踊らされてなかったら、そもそも私はサイラスと出会えてなかった。
 色々な感情が入り混じり、目眩がしたけれど頭をぶんっと振って耐えた。こんなところで倒れるわけにはいかない。
 私よりも今、ユージェニーのほうが大変なことになっているのだ。

「……ユージェニーは知ってるの? 国王陛下に妾として請われていることを」
「親父はまだユージェニーには話してねぇ。……先にフリオには話をしたみたいだけどな」
「フリオから別れ話をするように仕向けたの?」
「……どうだろうな。ただ一つ言えるのは、親父は最初からユージェニーとフリオの結婚は許しちゃいなかった。でも親父はあのとおりユージェニーには甘いから、式を挙げることも『一時的に』フリオの実家へ行くことも許したけどな」
「そんなの……! 中途半端なことをしたら、傷つくのはユージェニーじゃない!」

 クレマント家へ嫁にいく必要がなくなり、やっと十年来の恋人と一緒になれたのに。それはまやかしの幸せだったとユージェニーが知ったらどうなるか。火を見るよりも明らかだった。

「私を後宮に行かせれば良かったのに……!」

 カッとなり、思わず口に出てしまった。王への献上物を偽るなんてありえない。発覚すれば家の取り潰しどころか一家流刑だ。

「……気持ちは分かるがそれは出来なかった。男ってのは、好きな女の隅々まで見ているもんなんだ。……ぜったいにバレる」
「私も旦那様にバレたわよ、……胸で」
「マジか。……イリネス坊やも男だったんだなぁ。性欲のなさそうな顔をして」

 ジャンは私の胸元に視線を落とした。クレマント家に来て栄養状態が良くなったからか、私は少しだけ太ってしまった。あまり見ないでほしい。

「……まぁ、そんなわけだから。多分お前らは会うのが今回で最後になる。出来れば喧嘩別れして欲しくないと言いたかったんだ、俺は」
「喧嘩? なんで私がユージェニーと喧嘩になるのよ?」
「……フリオから聞いたが、お前らは上手くやってるらしいな?」
「旦那様と? 当たり前じゃない」

 私たちはとても仲良しだ。ジャンの問いに大きく頷いた。だから、ユージェニーの誤解と不安を解こうとオートニ家までわざわざ二人でやってきたのだ。

「ユージェニーはお前が不幸になっていると思い込んでいる」
「……聞いたわ。ユージェニーは肩についた薔薇の花びらを取ってもらっただけなのに、大声で叫んだぐらい、イリネス様のことがお嫌いだったのでしょう?」
「そうだ。ユージェニーはイリネスのことを嫌っていた……というか、怖がっていたんだな」
「怖い?」
「あいつ、底が知れないところがあると思わないか? 本音をぜったい言いやがらねぇし」

 確かに。クレマント家で暮らしはじめて最初の一月はそう思った。壁を作られていると思ったものだ。……でも、今は違う。

「今は違うわ。さっき見たでしょう?」
「ああ、あのいつも穏やかなイリネスが、嫉妬を微塵も隠してない顔をしていたな。……お前、愛されてんだな」
「そうよ。愛されてるわ」

 サイラスイリネスの元で暮らしたこの四ヶ月間、私はとても幸せだった。じいやの掌の上で、じいやの思惑通りに動かされていたとしても、幸せだったのは事実だ。

 ──それでも、腹が立つけど。

 ユージェニーは十年来の恋人がいるのに、国王の妾にさせられてしまう。彼女に抗う方法はない。彼女が拒否すれば、一家全員が不幸になるからだ。
 家族思いのユージェニーが、それを良しとするわけがない。

「……ユージェニー、後宮に行かされることが分かったら、どうなるのかしら」
「後宮に入るったって永遠じゃない。せいぜい任期は二年だ」
「陛下の子を孕めば、ずっといることになるのでしょう?」

 この国では、正妻以外が産んだ子も正妻の子となる。では国王の子を産んだ妾はどうなるのかと言うと、今までの戸籍を破棄し、国王から新たな名を賜って王族として、産んだ子の乳母として生きるのだ。
 これはこの国の女性なら誰でも知っている常識だった。

「オートニのおじ様は喜んだでしょうね……。ユージェニーが国王の妾に選ばれて」
「まあ、貴族として成り上がるチャンスだからなぁ。親父はあと五年で引退するなんて言ってるが、最後に一花咲かせたいんだろな。イリネスのところはお前がユージェニーとして嫁に行ってるし、これでユージェニーが陛下の子を産めば、万々歳だろうよ。チッ……胸糞悪いぜ」
「ジャンは近衛でしょう? そんなことを言っていいの?」
「フン、近衛なんて名ばかりだ。オートニとクレマント領周辺に駐在している騎士なんざ、貴族家の私設兵と変わらんさ……。さて、あんまりここに長居をしてるとイリネスに怒られちまう。そろそろユージェニーのところへ行くか?」
「ええ……」

 ユージェニーの後宮入りの話を聞き、自分の幸せアピールがしにくくなってしまった。

 ──なんて言えばいいのかしら……。

 まだユージェニーは自分が後宮に入ることを知らない。彼女にかける言葉が何も思い浮かばないまま、私は椅子から立ち上がった。
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