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第二部
私は世界一幸せな身代わりの花嫁
しおりを挟む※主人公(エメリーヌ)視点に戻ります。
「えっ、ユージェニーが私のことで……気に病んでる?」
フンフンと鼻歌を口ずさみながら廊下を歩いていたところ、ばったりじいやに会い、なんとなく気がすすまないまま連れてこられた小部屋。そこには一月前に結婚したばかりの夫イリネス……いやサイラスと、なんと、ユージェニーの恋人フリオがいた。
私が輿入れのためにクレマント領へ行ったあと、ユージェニーとフリオは、フリオの実家へ行き、そこで幸せに暮らしているとじいやから聞いていたのに。なんでこんなところにフリオがいるのか? 私の頭上にハテナマークが浮かび上がる。
ユージェニーとフリオがその後、正式に夫婦となったのかどうかは記憶がちょっと定かじゃない。私もクレマントの屋敷にやってきてから四ヶ月。色々あったからだ。
フリオから「ご無沙汰しております、エメリーヌさん」と挨拶され、少し暗い顔をしたサイラスから「エメリーヌ、……彼は知っているから」と大雑把に事情を説明された。どうも私の正体が初見でサイラスにバレてしまったことを、フリオは知っているらしい。
私をここまで連れてきたじいやが深く頷いていたので、もしかしたらじいやがフリオに説明したのかもしれない。
サイラスとフリオ、そしてじいや。他の従者たちが見たら青くなりそうな面子が狭い一室に集っていた。侯爵家の女主人の夫と元恋人が顔を合わせているのである。本来ならば一瞬即発状態でもおかしくないけど、私はユージェニーの代わりにクレマント侯爵の妻になった身代わりの花嫁。フリオは何かしら事情があって訪ねてきたのだろう。
それでも。ここに来るまでに誰にも会わなくて良かったと胸をなでおろす。じいやが人払いしていた可能性もあるけど。
そう、それで突然やってきたフリオから聞かされた話が、ユージェニーが気に病んで実家で寝込んでいるという近況だ。
どうもユージェニーは、自分の役割を私に押しつけてしまった罪悪感で、押しつぶされそうになっているらしい。
──ユージェニーらしいけど……。
あの子は一見わがままそうにみえて、実は周りの心配をする心の優しい女の子だ。私と入れ替わることが決まり彼女はとっても喜んでいたけど、私と一切会えなくなって改めてやってしまった事の大きさに気がついたのかもしれない。
じいやに私の近況を伝えてもらうようにお願いしたのに。上手く伝わってないのかも。ユージェニーがわざわざフリオをよこした事からも、それはあきらかだ。
「私は幸せです。ユージェニーには感謝しかしていないわ」
「……そうですよねえ。いや、ユージェニーにもそう言ったんです。クレマント卿はお優しい方だから、きっと上手くいってるよって。……でも、ユージェニーは納得しなくて」
「どうしてかしらねぇ?」
私が首を傾げると、隣に座っていたサイラスが眉間に皺を寄せていた。下唇を噛むのは、彼が何か思い詰めている時のサインだ。
「……旦那様?」
「……すまない。私のせいだな」
婚礼の儀が済んでから、私は人前ではサイラスのことを旦那様と呼ぶようになった。なんとなくイリネス様とは呼びづらいからだ。夫は「旦那様だなんてガラじゃない」と言いつつも、満更でもなさそうな顔をして頰をかいていた。
サイラスは謝罪の言葉を口にすると、心痛な面持ちで目蓋を伏せる。彼とユージェニーとの間で何かあったのだろうか?
私がきょとんとしていると、サイラスは絞りだすような声で、とんでもない事実を告白した。
「……君には、嘘をついていた」
「はい? 嘘?」
「ユージェニーは本当は……私のことを生理的に嫌っていたんだ……」
ううっと小さく呻き声を出し、俯くサイラス。フリオも思い当たることがあるのか、見たことがないぐらい神妙な顔をしている。
「ここは私が説明致しましょう」
「じいや」
「ユージェニー様とエメリーヌ様が、なぜ入れ替わることになったのかを。その発端にはイリネス様が深くかかわっているのです」
──イリネス様がかかわってる?
サイラスは語りはじめようとするじいやを止めようとはしなかった。
◆
「肩についた花びらを取ろうとしただけで……?」
ユージェニーと私の入れ替わりが提案される直前に、ユージェニーとサイラスの間で一悶着あったらしい。
じいやが語った事はとんでもない話だった。サイラスはユージェニーの家族から、あきらかな濡れ衣を着せられていた。
──おかしいわ。そんな状況でサイラスがユージェニーに手出しするわけないじゃない。
ユージェニーの両親と兄二人が近くにいる状況で、庭園でユージェニーを無理矢理犯すことなどどう考えてもありえない。
それに自分たちがはじめてそうなった時のことを鑑みても、サイラスは同意がなきゃそういうことをしない人だということは、火をみるよりも明らかだ。
「アロイスもジャンも……。たしかにユージェニーが関わると冷静じゃなくなることはあるけど……それでも酷いわね」
「そうですよね。僕もはじめて聞いた時は嘘だと思いました」
フリオもうんうんと強く頷いている。ユージェニーの十年来の恋人である彼ですらサイラスを疑っていないのに、ユージェニーの両親も兄たちも一体何を考えているのか。
「二人ともありがとう……。私を信じてくれて」
サイラスはちょっとだけほっとした顔をする。でも、やっぱり目の奥が沈んでいるような気がした。
約五ヶ月前。クレマント家で行われた婚礼の儀の打ち合わせで、サイラスとユージェニーは、ユージェニーの父親の計らいで二人きりになった。庭園を二人で探索していたところ、ユージェニーが突然叫び声をあげたらしい。
そのきっかけはほんの些細なことで。
ユージェニーの肩についたばらの花びらを、サイラスが取ってあげようとしただけ。ただそれだけの事だそうだ。
「ユージェニーは、私の指先が体に触れるのさえ耐えられなかったのだろう……」
私がクレマント家にきたばかりの頃を思い出す。サイラスは優しく接してくれたけど、極力私に触れないようにしていた。二人きりになることを恐れていた。それは、ユージェニーのことがあったからとは。
「旦那様、辛かったですね……」
「辛かったのはユージェニーの方だ。私が彼女をそこまで追い詰めてしまった」
「旦那様……」
「エメリーヌ、今まで黙っていて悪かった」
言えなくて当然だと思う。ユージェニーですら、私にそんな大事があったことを言わなかったのだ。
ユージェニーは言っていた。婚約者との仲は悪くないと。婚約者と結婚したくないのはフリオのことを愛しているからだと言っていたのに。じいやだってそうだ。
サイラスには同情するが、私を騙していたユージェニーとじいやには正直イライラした。
こんな重大なことを伝えられていなかったら、そりゃ私がユージェニーじゃないとサイラスに初見バレするのもやむなしである。私は普通に笑顔を浮かべてサイラスと接していたのだ。
私がサイラスにユージェニーじゃないとバレて、どれだけ冷や汗をかいたことか。あの日は心臓をばくばくさせながら本名を名乗り、ユージェニーの従姉妹だということを暴露した。私たちの入れ替わりについて大筋はじいやが話していたみたいで、サイラスは色々を知っていたけど、何も知らされてなかった自分は本当にもやもやしたのだ。
「……ユージェニー様はエメリーヌ様に言えなかったのです。エメリーヌ様にクレマント家への輿入れを拒否されてしまったら、ご自分が行くしかないですからね」
「私とユージェニーは顔はそっくりだけど、中身はぜんぜん違う人間よ。ユージェニーが嫌だと思った相手だって、私が嫌うかどうかはまったくの別問題だわ」
私たちは母親同士がうり二つの双子だった。しかし、私とユージェニーは双子じゃないし、育ってきた環境だって大きく違う。
私がユージェニーとは違う異性の好みを持っているのは当たり前のことだ。
いくら自分が生理的に嫌っていた相手だからといって、身代わりに輿入れした私が不幸になっていると思い込んで、実家で寝込んでるなんて。ユージェニーは勝手すぎる。
私は今、ユージェニーとして生きていても、趣味や価値観までは彼女と一緒ではないのだ。
「フリオ、ユージェニーに強く言ってちょうだい。私はこの家にお嫁にきて、世界一幸せだと」
「エメリーヌさん……。分かりました。お二人が思い合っているのは、見ていてとてもよく分かりますよ」
私の苛立った声にはっとしながらも、フリオは微笑んだ。
「なあ、エメリーヌ……」
「何ですか?」
「一度ユージェニーを見舞ってやってくれないか?」
沈んだ目をしていたサイラスが、ぽつりとつぶやいた。
──ユージェニーを、見舞う……?
私はまだ、ユージェニーとしてクレマント侯爵と籍を入れてたった一月なのである。そんな短期間で里帰りする奥方など聞いたことがない。
「……まだ結婚して一月なんですよ? ユージェニーの実家に行けるわけないじゃないですか。従者たちに何と思われるか」
「しかし、ユージェニーのことが心配だ。君の元気な顔をみせれば、安心するのではないか?」
──みんなみんな、ユージェニーに甘いんだから。
サイラスはお人好しだ。たとえ濡れ衣を着せられたとしても、要らぬ心配をして寝込んでいるユージェニーのことが心配なのだろう。
でも、私は身勝手なユージェニーに怒っている。
つい、売り言葉に買い言葉で、言ってしまった。
「では、旦那様も一緒に来てください」
「ユージェニーは私にオートニ家の門をくぐって欲しくないと思うぞ」
「旦那様が来てくれなきゃ、私はユージェニーに会いません」
ユージェニーのことだ。一度会ったら最後、なかなか私のことを帰したがらないに決まっている。
──サイラスと離れたくない。クレマントの屋敷にやってきて四ヶ月、それはそれは楽しく暮らしていたのだ。はじめての恋に浮かれているだけかもしれないけど、こんなに胸がはずむ日々は今までなかった。
──ユージェニーに、サイラスのことを悪く言われたらキレてしまうかも……。
もうユージェニーの存在が私のなかで希薄になりつつある。私は今、ユージェニーとして振る舞っているけれど、二人きりの時はサイラスがたくさんエメリーヌと呼んでくれるからだろう。
「私は旦那様に夢中なので、ユージェニーに少しでも旦那様を悪く言われたら怒りますよ? ……会うのはよくないかもしれません」
「エメリーヌさん、そこまでクレマント卿のことが……」
「私の夫は世界一です!」
フリオの目を真っ直ぐにみて、きっぱりそう言った。
だいたいにして、四ヶ月も毎日のように顔を合わせていたら、本性を隠し通すことなど無理だ。寝室を一緒にするようになって約三ヶ月、裸だって互いに晒しているのに。私はサイラスのことを嫌だと思ったことが一度もなかった。
昨日よりも今日、サイラスのことが好きになっていく。
「お帰りください、フリオ」
苛立ちを隠しきれない声で、ユージェニーの恋人にそう言い切った。
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