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あなたに触れたい

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 深夜、飲酒の影響で起きてしまったアルゼットは、シャワーを浴びていた。
 アルゼットが暗い部屋で目覚めた時、リビングはすっかり片付いていた。シトリン一人に片付けをさせてしまい申し訳ないなと思いながら、朝になったらどこの店を回ろうかと頭の中を巡らせていた。シトリンの好みも聞かなければならない。いくら高価な詫びの品でも、彼女が気にいらなければ意味がない。
 二人は再会してから、なるべく休みを合わせていた。二人とも週休二日制で働いている。


 頭からタオルを被ったアルゼットは、リビングのボックスソファに腰を下ろす。カップに入れた水を煽り、はぁっと息を吐いた。シャワーの冷水を浴びてもまだ、身体の熱は落ち着かない。どうしようもない火照りを感じるのは、アルコールを多く摂っただけではないなと彼は苦笑いした。

 今夜もアルゼットはシトリンに謝罪しながら、彼女に触れたいと強く思ってしまった。小さな唇を吸って、どのような反応をするか見てみたい。シトリンは自分に好意を持っているだろうが、そこまでの関係は望んでいないと分かっているのに。襲いたくなってしまう自分は獣だ。

 アルゼットが自己嫌悪に陥っていると、リビングの扉が開く微かな音がした。アルゼットが後ろを振り向くと、そこには彼が用意したパジャマを着たシトリンが佇んでいた。

「アルゼットさん……」
「シトリンさん、すまない。起こしてしまったか?」

 シトリンはかぶりを振る。

「いいえ、私も寝付けませんでしたので。お隣に行ってもいいですか?」
「ああ……」

 アルゼットは内心戸惑っていたが、断る理由が見つからない。シトリンはおずおずとアルゼットの前までくると、彼の隣りにすとんと腰を下ろした。

「アルゼットさん、明日は二人ともお休みですし、このまま朝まで一緒に過ごしませんか?」

 シトリンは頬を赤く染めて困ったような笑顔をアルゼットに向ける。アルゼットは、彼女の急な申し出に目が点になってしまった。

「えーと……。それはどういう……」
「私はおくすりを呑んでいるので、そういうことをしても大丈夫ですよ!」

 おくすりを呑んでいる。それはつまり避妊薬ピルを呑んでいるということだろうか。アルゼットの都合の良いように考えれば、シトリンはセックスを望んでいる。それは彼に取っても願ってもない申し出だが、彼女に誘われるがまま応じても良いのだろうか。下手なことをして、彼女の心の傷を広げることにならないだろうか。

「その申し出は男としては嬉しいが……いいのか?」
「はい!」

 元気よく返事をするシトリンに、ますますアルゼットの不安はつのる。彼女は無理をしていないだろうか。

「シトリンさん、」
「アルゼットさん、今なら、私の言うこと何でも聞いてくれますよね?」
「ああ……それはもちろん。今ならと言わず、これからも君が望むことは極力叶えるよ」
「じゃあ、前世で出来なかったことがしたいです。キスも、……それ以上のことも」

 シトリンの可愛いすぎる申し出に、アルゼットは今夜に限って酒を煽ってしまった自分を罵りたくなる。しかし、後悔してももう遅い。シャワーを浴びたことで少しはアルコール臭さがマシになったと思うことにした。
 アルゼットはもう、色々限界だった。

「分かった。君の願いを叶えよう」
「わぁっ、ありがとうございます」
「……ただし」
「ただし?」

 きょとんとしているシトリンに、アルゼットは真剣な顔をして言った。

「お互い、もう『さん付け』はやめよう。君は前世の俺に敬語は使ってなかったんだよな? 前世の時のように、俺に話しかけてくれ」
「は、はい……!」

 アルゼットの願いに、シトリンはこくりと頷いた。


 ◆


 ここまで心臓がうるさいと思ったことはないかもしれない。シトリンはベッドの端に座ると、自分の胸を押さえた。

 (前世で出来なかったことをこれからする……)

 頬が痛いほど熱を持つ。皆当たり前にしていることだと分かってはいるが、アルゼットと今世で再会するまでは自分が当事者になるとシトリンは考えたことすらなかった。それほどまでに、シトリンにとってアルゼットは特別な存在だった。彼以外と『そういうことをする』など、考えられなかったのだ。

「大丈夫か? シトリン」
「え、ええ……すっごく胸がドキドキして……止まらないの。前世でも、あなたと同じベッドに上がることなんてなかったから」
「前世の俺は随分我慢強かったんだな……」
「そんなことないわ。きっと、黒羽族との戦いのことで頭がいっぱいで、私のことは眼中になかったと思う」
「硬派だなぁ。……今世の俺はシトリンのことで頭がいっぱいだ」
「ふふっ」

 アルゼットが肩をすくめて見せると、シトリンは小さく笑った。その隙を見て、アルゼットはシトリンに触れるだけのキスを一瞬だけ唇へ落とす。
 シトリンは「あっ」と声を漏らした。

 アルゼットはシトリンの肩を掴んだ。薄紫の瞳が、彼女を射抜く。

「シトリン、つがいの会で君と出逢った時から、ずっと君のことで頭がいっぱいなんだ」
「アルゼット……私も……!」

 目尻に涙を溜めたシトリンは、アルゼットの首へまっすぐ腕を伸ばした。
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