【R18・完結】お飾りの妻なんて冗談じゃありません! 〜婚約破棄するためなら手段を選びません〜

野地マルテ

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天才軍師を頼る

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 かつての上官ムスカリを頼ったものの袖にされてしまったレジナンド。彼はこの日、別の人物と接触していた。

「すみません、ロジオンさん。お呼び立てしてしまって」
「いや、いいよ。久しぶりだね、レジナンド」

 相手はロジオン・エイノークス軍部団長補佐官。役職は補佐官とあるが、実質的な軍部の長だ。軍部は戦の作戦を練り、兵の編成を行う部門。兵法に長けた騎士が多く在籍していて、特に戦果を積み上げている騎士は軍師と呼ばれ、一目置かれている。
 特にこのロジオンは数々の戦を勝利に導き、どれだけ難しいとされた局面もひっくり返してきた。王立騎士団きっての天才軍師と評されている。
 通常、兵法に長けた人間というのは偏屈な考えを持つ者が多いのだが、ロジオンは違った。発言や行動にある種の癖はもつが、誰にでも人当たりが良い。そして、損得勘定を持たない。

 (ロジオンさんは変わり者だからな。きっと良い案をさらっと出してくれるに違いない)

 そうレジナンドは期待したのだが。

「近衛のプラディオール副官から話は聞いているよ」
「まじっすか……」

 すでにムスカリからロジオンへ話が行っていたらしい。
 騎士団は横の繋がりが強く、特に団長クラスの副官や補佐官らは他部隊や他部門とのやりとりを頻繁に行っている。
 ムスカリもロジオンも団長に仕える身。細かなことでも情報共有していてもおかしくはない。

「今回の件はうちのリュボフとモーシュが絡んでいるからね」
「あ~~なるほど」
「だが、結婚や恋愛はプライベートなことだ。なかなか口出しは難しいね。物理的にリュボフとモーシュの配属先を変えて彼らを引き離すことは出来るが、リュボフの司令官の任を解かないと、逢引自体は可能だからなぁ」

 軍部の人間は宿営から宿営へ渡り歩く。戦が行われる現場へ出向き、その場で作戦や編成を考えるのだ。リュボフは司令官。自分を含め、出向先を自由に決められる立場にある。つまりいくら軍部内で配属エリアを変えたところで、リュボフを司令官の立場から外さないとモーシュとの関係は完全には切れないだろう。

「侍女のマイヤさん? だっけ。彼女は婚約破棄した方が幸せになれると思うよ。リュボフがいくらエリートで実家が裕福でも、彼女はリュボフとの子どもが作れないからね」
「リュボフさんはごりごりのゲイらしいですね……」
「そういう人間、軍部じゃ珍しくないんだ。なにせ、男との出会いが豊富だからね。まぁ、私は妻一筋だけど」

 軍部団長補佐官のロジオンには三年前に結婚した妻がいた。名は、リーリエ・エイノークス。
 レジナンドはロジオンの妻、リーリエの顔を思い浮かべる。
 ロジオンの妻は現役の女性騎士。文武両道のエリートで涼やかな目元が印象的な美人だが、女を武器にしない人だった。いつも隙がなく、どれだけ浮名を流してきた騎士でも彼女だけには声を掛けなかった。袖にされることが分かっていて攻める男はそうはいない。リーリエは男の騎士達から『鉄の女』と呼ばれていた。

 そんな『鉄の女』をロジオンは落とした。

 (ロジオンさんに相談してみようかな、マイヤさんとのこと)

 レジナンドは任務の相談とあわせて、恋愛相談も持ちかけることした。鉄の女リーリエを落としたロジオンなら、きっと兵法だけでなく恋愛面でも強そうだ。


「ロジオンさん。俺、依頼人のマイヤさんと結婚したいなぁって思ってるんです。何か彼女を落とすアドバイスが欲しいな~~なんて」
「依頼人に惚れてしまったのか」
「はい! 最初は外見が超絶好みだったから、一発ヤれたらいいなと思ってたんですけど、いや~~もう、彼女は色々スゴくて」

 レジナンドはマイヤから受けた性的な奉仕の数々を思い出す。股間が熱を持ちそうになったが、慌ててムスカリの怒り顔を思い浮かべて萎えさせる。こういう時、持つべきものは強面の元上官だ。

「あんな奥さんがいたら俺、すっげー幸せになれるな! って思って」
「ふむ。身体目的か。精神的な結びつきを重要視する人間も多いけど、何だかんだ言っても身体の相性は大事だよね」
「ですよね~~!」
「しかし彼女を落とすアドバイスか……。まず問題は、いかにリュボフに婚約破棄させるかだよ。そこをクリアしてからだよね。彼女を落とす落とさないの話はさ。何事も順番を間違えてはダメだよ」
「デスヨネ……」

 ロジオンにもド正論を言われてしまったレジナンドは、背を丸めて身体を縮こませた。

 レジナンドはマイヤを安心させるため大見得を切ったが、彼自身に特に具体的な解決案はない。騎士団生活七年で培った人脈をフル活用すれば何とかなるかな? なんてふんわりしたことを考えていた。
 ちなみにレジナンドが所属する特務部隊の主な業務は、暗殺と諜報である。彼は人殺しには慣れていたが、他の任務はサッパリだった。

「俺、剣や暗殺の腕はそこそこなんですけど、作戦考えたりするのはサッパリで」
「それでいいよ。頭が回る騎士ばかりでは、私達軍部の仕事が無くなってしまう」
「ロジオンさん、どうか良い知恵をお馬鹿なこの俺にお与えください……!」
「そうだねえ」

 ロジオンは顎に指を当てて、う~~んと唸ると、視線を天井にやる。

「いっそ、君がリュボフに決闘でも挑んだらどう?」
「はっ? 決闘?」

 ロジオンのまさかの提案に、レジナンドはパチパチと瞬きする。

「うん、それがいい。プラディオール副官いわく、マイヤさんは身寄りの無い女性らしいじゃないか。あまり高額な依頼料も出せないだろうし、なるべくなら君一人で解決出来る方法が望ましい」
「だからって、決闘っすか? 俺と、リュボフさんが?」
「勝てる自信が無いのかい?」

 慌てるレジナンドに、ロジオンは口の端を吊り上げる。

「俺だって……。俺は馬鹿ですけど、一応、特務の伍長なんです。剣なら、戦いなら誰にも負けませんよ!」
「よく言った。じゃあ私から、リュボフへ伝えておくよ」
「えっ?」
「『君の婚約者マイヤさんのことを本気で好きだと言っている者がいた。彼女と結婚する権利を賭けて、決闘を申し込みたいと言ってる』ってね」
「そんなの、リュボフさんは引き受けますかね?」
「私が上手く言って引き受けさせるよ」

 瞳を左右に揺らすレジナンドに、ロジオンは優しく微笑む。

 (今時決闘なんて。親父の時代でもそんなの無かったらしいのに)

 現在の騎士団は私闘が固く禁じられている。変わりに決闘制度があった。ほぼ無くなったと言い切れるぐらい現代では行われることはなくなったが、一応制度としては残っている。
 五十年ぐらい前までは、婚約者がいる女性に恋慕した騎士が、婚約者の男に決闘を挑むことはごく稀にあったらしい。この国に生まれた男子は、皆が皆、戦う術を学ぶ。決闘を挑まれて困るような男は、結婚すべきでないという意見がまかり通った時代もあった。

「レジナンド、言っとくけどリュボフは結構強いよ?」
「知ってますよ。合同演習で手合わせしたこともありますから」

 軍部の人間は危険な戦場へ出向く。腕の立つ者は多くいた。

「君が決闘で勝ったら、マイヤさんも君に惚れてくれるんじゃない?」
「そんな単純な女の子だといいんですけど」

 レジナンドから見れば、マイヤは今時よくいる女性だ。少しでもマシな男と結婚するために躍起になっているような。
 そんな打算的とも言える女性が、いくら自分の為とはいえ決闘を仕掛けて勝った男に惚れるだろうか。

 しかし、やらねばならない。マイヤはリュボフと婚約破棄したがっている。依頼を引き受けた以上、達成せねば。
 レジナンドは拳をぐっと握りしめた。
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