3 / 12
毎晩してあげたかったこと
しおりを挟む「寝ちゃった……」
うちの屋敷の私の部屋にて。
アシュトスはすこやかな寝息をたてて、私の膝の上で眠りこけてしまった。
彼は私が乗る馬車に追走するような形でついてきた。さすが彼は王宮に出入りする騎士だけあって、四頭馬車の追走もお手の物だった。パレードの護衛もする王宮騎士は馬術に長けているのだ。
屋敷についてからは、二人だけで夕食を取り、それぞれ湯あみをした。父は視察先の天候が崩れたとかで帰宅せず、兄からは義姉の家に泊まると連絡があった。こんな時、魔道具製の通信機は便利だ。うちの兄は魔導師団に所属していて、魔力原動の道具を色々持ち帰っているのだ。
お風呂あがり、抵抗するアシュトスの顔にハーブ水を塗った。肌荒れによく効く薬草を煮出したもので、香りもさしてキツくはないのだが彼は嫌がった。せっかく彼はきれいな顔をしていて、元々の肌質も良いのだ、手入れをしなければもったいない。
剣だこだらけで固くなった手指にはこってりとした白い軟膏を塗りこむ。顔にハーブ水を塗られたことで抵抗心を無くしたのか、この段階になると彼は大人しく私の太ももに頭を預け、されるがままになっていた。彼は膝枕に弱い。険しかった目元もすぐに緩んだ。
ウトウトしはじめたアシュトスの目にはいつもの冷淡さは感じられない──と言っても、彼はもともと私やスアレム家の人間はそこそこ優しい。あくまで本人比、だけど。
しっとりした手指を絡めると気持ちが良いらしく、アシュトスの整った口元がわずかにほころぶ。この時間がたまらなく好きだった。結婚して、毎日一緒にいるようになったら、毎晩やってあげたいと思っていた。
アシュトスの冷たかった手に、少しずつ温かさが宿る。最初は握り返されていた大きな手から、するすると力が抜け落ちていく。心を許されている。そんな気がして、私の胸はいっぱいになった。
アシュトスがすっかり寝ついてしまったことを確認して、そっと彼の頭から太ももを引き抜いた。ここは一応、私のベッドの上だ。ベッドの後ろに下がるような形で這い出た。
すっかり慣れた行為。私はアシュトスが風邪ひかないように布団を掛けた。この寝台は広い。彼が足元で寝ていても気にならないぐらい大きかった。
「……おやすみなさい」
おだやかな顔をして瞼を閉じている、彼の頰に触れるだけのキスを落とす。ハーブのさわやかな香りがした。いつもしている行為なのに、今夜は胸が痛い。
子どものような顔をして眠る彼から、しばらく目を外せなかった。
──結婚したら毎晩見られると思っていたのに。
この安心しきったような寝顔も、今夜が見納めかもしれない。
◆
時計の針が天辺を回るころ、衣擦れがした。
もぞりと、私の掛け布団を引き上げる気配。夜の冷たい空気が温められた布団の中に入ってくる。
「アシュトス……」
アシュトスは私の足元で眠っていて寒くなったのかもしれない。私は彼らしき影に腕を伸ばした。たしかに、引き寄せた身体は少々冷えていた。用意してあげた綿の夜着ごしから彼の体格が良さが伝わってくる。
もっとあたたかな布団をかけてあげればよかった。今は初夏とはいえ、夜間は冷える。彼は騎士、身体が資本だ。
私は彼をあたためようと、さらに身体を絡ませた。首に回した腕の力を強め、太ももや膝で彼の脇腹や脚に触れる。
耳にかすかに届く、吐息はたしかにアシュトスのものだ。ちょっとだけ苦しそうなのが気になるが。
私の顔のすぐ隣に肘や腕をついたのだろう。アシュトスの顔が近づいてきたのが分かった。
──……顔?
はっと気がついた時には遅かった。
私の唇に、生温かいものが押し当てられたのだ。
17
お気に入りに追加
2,691
あなたにおすすめの小説
大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。
水鏡あかり
恋愛
姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。
真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。
しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。
主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。
【完結】野獣な辺境伯は、婚約破棄された悪役令嬢を娶る
紫宛
恋愛
5月4日
グザルの母親の年齢を間違えていたため修正しました。32→35です(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝)
アッシュフォード王国の北方に位置する領土は、雪山に囲まれているため、王都からは隔離された領土だった。
この地の領主は、ギルフォード辺境伯だった。王都では、大男で有名で女性からは野獣と称され敬遠されていた。
それが原因で、王都には極力近寄らず、 余程のことがない限りは、領地を出ることも無かった。
王都では、王太子に婚約破棄された侯爵令嬢が旅立とうとしていた。両親は無関心で気にもとめず、妹はほくそ笑み、令嬢は1人馬車に乗り込み、辺境伯の元へ嫁いだ。
18歳の少女は、29歳の大男と共に幸せを掴む。
※素人作品です※
1月1日
第2話 第3王子→王太子に修正しました。
大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます
スケキヨ
恋愛
媚薬を盛られたミアを救けてくれたのは学生時代からのライバルで公爵家の次男坊・リアムだった。ほっとしたのも束の間、なんと今度はリアムのほうが異国の王女に媚薬を盛られて絶体絶命!?
「弟を救けてやってくれないか?」――リアムの兄の策略で、発情したリアムと同じ部屋に閉じ込められてしまったミア。気が付くと、頬を上気させ目元を潤ませたリアムの顔がすぐそばにあって……!!
『媚薬を盛られた私をいろんな意味で救けてくれたのは、大嫌いなアイツでした』という作品の続編になります。前作は読んでいなくてもそんなに支障ありませんので、気楽にご覧ください。
・R18描写のある話には※を付けています。
・別サイトにも掲載しています。
〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
元男爵令嬢ですが、物凄く性欲があってエッチ好きな私は現在、最愛の夫によって毎日可愛がられています
一ノ瀬 彩音
恋愛
元々は男爵家のご令嬢であった私が、幼い頃に父親に連れられて訪れた屋敷で出会ったのは当時まだ8歳だった、
現在の彼であるヴァルディール・フォルティスだった。
当時の私は彼のことを歳の離れた幼馴染のように思っていたのだけれど、
彼が10歳になった時、正式に婚約を結ぶこととなり、
それ以来、ずっと一緒に育ってきた私達はいつしか惹かれ合うようになり、
数年後には誰もが羨むほど仲睦まじい関係となっていた。
そして、やがて大人になった私と彼は結婚することになったのだが、式を挙げた日の夜、
初夜を迎えることになった私は緊張しつつも愛する人と結ばれる喜びに浸っていた。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】悪女になって婚約破棄を目論みましたが、陛下にはお見通しだったようです
ほづみ
恋愛
侯爵令嬢のエレオノーラは国王アルトウィンの妃候補の一人。アルトウィンにはずっと片想い中だが、アルトウィンはどうやらもう一人の妃候補、コリンナと相思相愛らしい。それなのに、アルトウィンが妃として選んだのはエレオノーラだった。穏やかな性格のコリンナも大好きなエレオノーラは、自分に悪評を立てて婚約破棄してもらおうと行動を起こすが、そんなエレオノーラの思惑はアルトウィンには全部お見通しで……。
タイトル通り、いらぬお節介を焼こうとしたヒロインが年上の婚約者に「メッ」されるお話です。
いつも通りふわふわ設定です。
他サイトにも掲載しております。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる