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毎晩してあげたかったこと

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 「寝ちゃった……」

 うちの屋敷の私の部屋にて。
 アシュトスはすこやかな寝息をたてて、私の膝の上で眠りこけてしまった。

 彼は私が乗る馬車に追走するような形でついてきた。さすが彼は王宮に出入りする騎士だけあって、四頭馬車の追走もお手の物だった。パレードの護衛もする王宮騎士は馬術に長けているのだ。

 屋敷についてからは、二人だけで夕食を取り、それぞれ湯あみをした。父は視察先の天候が崩れたとかで帰宅せず、兄からは義姉の家に泊まると連絡があった。こんな時、魔道具製の通信機は便利だ。うちの兄は魔導師団に所属していて、魔力原動の道具を色々持ち帰っているのだ。


 お風呂あがり、抵抗するアシュトスの顔にハーブ水を塗った。肌荒れによく効く薬草を煮出したもので、香りもさしてキツくはないのだが彼は嫌がった。せっかく彼はきれいな顔をしていて、元々の肌質も良いのだ、手入れをしなければもったいない。

 剣だこだらけで固くなった手指にはこってりとした白い軟膏を塗りこむ。顔にハーブ水を塗られたことで抵抗心を無くしたのか、この段階になると彼は大人しく私の太ももに頭を預け、されるがままになっていた。彼は膝枕に弱い。険しかった目元もすぐに緩んだ。

 ウトウトしはじめたアシュトスの目にはいつもの冷淡さは感じられない──と言っても、彼はもともと私やスアレム家の人間はそこそこ優しい。あくまで本人比、だけど。

 しっとりした手指を絡めると気持ちが良いらしく、アシュトスの整った口元がわずかにほころぶ。この時間がたまらなく好きだった。結婚して、毎日一緒にいるようになったら、毎晩やってあげたいと思っていた。

 アシュトスの冷たかった手に、少しずつ温かさが宿る。最初は握り返されていた大きな手から、するすると力が抜け落ちていく。心を許されている。そんな気がして、私の胸はいっぱいになった。

 アシュトスがすっかり寝ついてしまったことを確認して、そっと彼の頭から太ももを引き抜いた。ここは一応、私のベッドの上だ。ベッドの後ろに下がるような形で這い出た。

 すっかり慣れた行為。私はアシュトスが風邪ひかないように布団を掛けた。この寝台は広い。彼が足元で寝ていても気にならないぐらい大きかった。

「……おやすみなさい」

 おだやかな顔をして瞼を閉じている、彼の頰に触れるだけのキスを落とす。ハーブのさわやかな香りがした。いつもしている行為なのに、今夜は胸が痛い。
 子どものような顔をして眠る彼から、しばらく目を外せなかった。

 ──結婚したら毎晩見られると思っていたのに。

 この安心しきったような寝顔も、今夜が見納めかもしれない。





 ◆





 時計の針が天辺を回るころ、衣擦れがした。
 もぞりと、私の掛け布団を引き上げる気配。夜の冷たい空気が温められた布団の中に入ってくる。

「アシュトス……」

 アシュトスは私の足元で眠っていて寒くなったのかもしれない。私は彼らしき影に腕を伸ばした。たしかに、引き寄せた身体は少々冷えていた。用意してあげた綿の夜着ごしから彼の体格が良さが伝わってくる。

 もっとあたたかな布団をかけてあげればよかった。今は初夏とはいえ、夜間は冷える。彼は騎士、身体が資本だ。

 私は彼をあたためようと、さらに身体を絡ませた。首に回した腕の力を強め、太ももや膝で彼の脇腹や脚に触れる。
 耳にかすかに届く、吐息はたしかにアシュトスのものだ。ちょっとだけ苦しそうなのが気になるが。

 私の顔のすぐ隣に肘や腕をついたのだろう。アシュトスの顔が近づいてきたのが分かった。
 
 ──……顔?

 はっと気がついた時には遅かった。
 私の唇に、生温かいものが押し当てられたのだ。
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