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半年後
しおりを挟む 丘の上での再会から半年後。
ロトニナとハーシレフ、そしてカーリンは、人里へ行き、中規模の街で三人での暮らしを始めていた。
ハーシレフは当初の宣言通り医者になった。戸籍や身分証などはどうするのかとロトニナは疑問に思ったが、人として暮らしている竜は案外多いらしく、役所でも滞りなく手続きが出来、ハーシレフも病院勤めが叶った。
そんなある日。
ロトニナはリビングで本を読んでいた。
カーリンはベビーベッドですやすやと寝息を立てている。束の間の休息だ。カーリンは一歳半になり、起きている間は常に動き回っている。いたずらも大好きで、片時も目が離せない。お昼寝の時間がロトニナの唯一の休憩時間なのだ。
彼女が読み進めている本は、現在流行しているという恋愛小説。身体の関係から始まった男女が少しずつ心を通わせていくストーリーだ。
なんとなく自分達夫婦と似ているなと思いながら、ロトニナは楽しく読み進めていたのだが、ヒロインの恋の相手であるヒーローが、ヒロインへ愛の告白をしたところで「ん?」とページを開く手が止まった。
小説の中のヒーローは、ヒロインに率直な自分の気持ちを伝えていた。
『愛している』と。
「そういえば……」
ロトニナは気がついてしまう。
自分がまだ一度もハーシレフから『愛してる』だの『好き』だの、言われていないことに。
妻として、家族として、彼から大切にして貰っていると思うが、口では愛の言葉を伝えられていない。
その事実に気がつき、なんとなく寂しく思った。
◆
夜。息子の寝かしつけを終えてリビングへ戻ってきたハーシレフの腕を、ロトニナは掴んだ。
「な、なんだ? ロトニナ」
「ちょっと、話があります」
「話? 改まってなんだ? カーリンに何かあったのか?」
ハーシレフは一粒種のカーリンのことを、それはそれは可愛がっている。目に入れても痛くないほどに溺愛していて、彼の話題はカーリンのことばかりだ。
「あの子のことじゃないわ」
「じゃあ何だよ?」
「ハーシレフ……。私のこと、愛してる?」
ロトニナの辞書には、オブラートは存在しない。良くも悪くも真っ直ぐで、気になったことはすぐに口にしてしまう性質の持ち主だった。
ロトニナの問いにハーシレフは「は、はぁ⁉︎」と驚いた声を出しそうになり、慌てて口を手で覆った。彼は息子を起こしていないか寝室をそっと覗き、寝息を立てている息子の顔を見て、ホッと胸を撫で下ろす。
「なんだよ、急に」
「不安になったのよ。私達、その場の勢いで身体の関係を持って、子どもも産まれて……。恋人みたいなこと、殆ど何もせずに夫婦になったじゃない? あなたがカーリンのこと、すごく大切にしてくれていることは分かるけど、私のことはどう思っているのかなって、思って……」
「……気持ちはわかるぞ」
「えっ?」
「俺も、ロトニナが俺のことが好きか、気になっていた」
「好きよ。毎晩仲良くしてるじゃない」
毎晩、攻守交代しながら裸の付き合いをしている。そろそろ二人目が欲しいねなんて夕べも話していたところだ。
ハーシレフは気安く『好き』と口にするロトニナを見て睨む。
「……ちゃんと、一人の男として俺のことが好きか?」
「ええ。外でしっかり働いて私達を養ってくれて、カーリンのことも可愛がってくれる。尊敬しかないわ。夜の生活も満足しているし」
ロトニナが大きく頷くと、ハーシレフは頬を赤く染めて頭をぽりぽり掻いた。
「俺も、ロトニナには感謝しているよ。いつも家のことをやってくれてありがとう。カーリンのことも、日中は任せっぱなしで悪いなって思っている。……ああ、愛してるかどうかだが、愛、してると……思う」
ハーシレフの頭上から、ぷしゅうと音を立てて湯気が出たような気がした。彼の反応に、ロトニナも釣られて顔を赤くした。
「な、何でそんなに照れるの? 私まで照れちゃうじゃない!」
「あんたが急に変なことを言ったんだろ。おい、騒ぐなよ、カーリンが起きる」
夫婦は慌てて自分の口を手で覆う。
「ありがとう……。聞いてみて良かった。愛して貰えて凄く嬉しい」
「こっちこそ」
「普段はなかなか言えないものね」
「そうだな。でも、気持ちを伝え合うのは良いもんだな」
二人は声に出さないように笑い合った。
「愛してるわ、ハーシレフ」
「ああ、愛しているよ、ロトニナ」
互いの唇がごく自然に重なり合う。
彼等の家庭生活はまだ始まったばかりだ。
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