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純血の証

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 行為が一通り終わったあと、なぜかアヴェラルドは青ざめていた。
 シーツの上に視線を落とし、肩を震わせている。

「どうしたんですか? アヴェラルドさん……」
「メニエラ、君……」
「はい?」
「もしかして、処女だったのか?」

 こくんと頭を縦に振る。
 あっさりバレてしまった。

 見るとシーツには桃色に色づいた染みが出来ていた。女騎士には普通、月の触りは来ない。薬で止めているからだ。
 膣から出血するとしたら、不正出血した時か、処女膜が破れた時ぐらいだろう。不正出血の色は茶色だ。鮮血にはならない。
 挿入時の裂傷だって、私はあれだけ濡れていたのだ。抽送による摩擦の裂傷が出来たとは少々考えにくい。

「こういう事をするのははじめてでした……。ごめんなさい。言っても信じてもらえないと思ってて」
「君のような可愛らしい子が、特務部隊にいて何故……?」

 何故と言われても困るが……。
 しかたなく、私は自分の子どもじみた恋愛観を正直に語ることにした。
 男女交際は交換日記からじっくりはじめたいこと。
 お互いの事をよく知ってから、公園でほのぼの手繋ぎデートがしたいこと。
 身体の関係は、結婚が決まってからしたいこと──など。
 子どもっぽすぎて呆れられちゃうかなと思ったけど、アヴェラルドは真剣に聞いてくれた。

「特務部隊にいる状態で恋人ができたら、たぶん、真っ先に身体から求められちゃうと思ったんです。……私、身体の関係から始まる恋は、ぜったいに嫌だったんです。はじめての恋人とは、交換日記から交際を始めて、少しずつ愛を育みたいと思っていました。だから私、今まで恋人を作りませんでした……」
「そうだったのか……」

 私の非現実的な恋愛観を聞き、アヴェラルドは文字通り頭を抱えていた。
 なぜ?

「すまない、俺は……君のことを誤解していたようだ。……今まで俺は君のことを千人切りの淫乱女だと思っていたんだ」
「──は?」

 ──千人切り? 淫乱?

 まじまじと、自分の身体を見る。胸は大きくも小さくもなく、腹筋には微かに筋肉は浮いているものの、あんまりくびれてはいない。
 こんな平凡な裸体で、千人の男に需要があるとは到底思えなかった。

「君は清純そうな顔をして、男をだます──悪女だと思っていた……」
「あ、あくじょ……⁉︎」

 そんなバカな。私はこんなに色気がないのに。
 ロラ先輩の出るとこ出てる抜群のスタイルを思い出す。ロラ先輩が見た目どおりの悪女かどうかは分からないが、彼女にたぶらかされてしまった男はたくさんいるだろう。何故なら、色っぽいから。

 私みたいなちんちくりんが、男を騙せるもんか。

「ありえませんよ!」
「すまない……。君は特務所属だし、ものすごく可愛いし、簡単に男と関係を持っているだろうと思って嫉妬して、こんな暴挙に出てしまった……なんと謝ったらいいか」

 えっちのあと、こんなに謝られることはそうないだろう。アヴェラルドは本気で私のことを勘違いして、本気で私に申し訳ないと思っているのだ。

 非処女だと思われているだろうなというのは私でも感づいていたが、まさか千人切りだと思われていたとは。
 淫乱だと思っていた相手が性体験がまったくなくて、アヴェラルドはさぞやびっくりしたことだろう。


「もういいですよ、謝らなくても」
「しかし……! なんと詫びていいか」
「言わなかった私も悪いですし」
「だが……」
「アヴェラルドさん、私のなか、気持ち良かったですか?」

 このままごめんなさい合戦を繰り広げるのもアレだと思い、アヴェラルドの言葉をさえぎって、私は彼ににっこり微笑みかけた。
 どストレートすぎる問いかけに、アヴェラルドはウッと言葉を詰まらせながらも、感想を言ってくれた。

「あ、ああ……。腰をぜんぶ持っていかれると思ったぐらい、気持ちよかった……」
「なら、良かったです‼︎」

 頬を染め、私の膣の具合を誉めるアヴェラルドはたどたどしく、なんか可愛いなと思ってしまった。
 だから、彼を許すことにした。

 ──まあ、元から怒っていたわけじゃないけど。

 アヴェラルドは何も悪いことをしていない。
 私に恋人のフリをしてほしいと言い、ちゃんと契約書を交わし、前金も払っている。
 身体の関係を求めるのは、ごく自然な流れだ。

 私は、自分の本音を言えてスッキリした。
 アヴェラルドは私の子どもっぽい恋愛観をバカにしなかった。
 はじめての相手は、私のことを面倒くさい女だと罵らなかった。真摯に謝ってくれた。それでいいではないか。

 私は良い相手と契ることが出来た。
 清々しい気持ちで心が満たされる。
 まあ、ほんのちょっぴり悲しさも感じるけど、気のせいだろう。




 ◆




 この後、アヴェラルドから媚薬が入っていた瓶を見せて欲しいと言われた。
 アヴェラルドみたいな清廉潔白そうな男の人でも、媚薬に興味があるのかとドキドキしたが、彼は真剣な顔で瓶に書かれた南方文字に視線を走らせている。

「……これは南方に伝わる霊薬じゃないか」
「霊薬? 媚薬じゃないんですか?」
「おもな効能は性的興奮を促すものではあるのだが……。これは性癖をねじ曲げるほど強力なものだ。なんでも、昔は果実酒に混ぜられ、ある程度地位のある新婚夫婦の寝所に差し入れられたものらしい」
「へええ」

 さすがアヴェラルド、物知りである。
 私は南方出身だけど、こんなすごい媚薬があることなどまったく知らなかった。

「……二十年近く前までは、南方から宗国へと献上されていた。今では禁止薬物扱いだがな」
「えっ、禁止薬物……?」
「人の感情に作用するものは排除せよ、と新任の近衛師団長様は仰っていたよ」

 あのロラ先輩と同年代のイケメン近衛師団長様は相当な堅物らしい。
 今のアラフォー騎士は若い頃に薬物漬けにされながら過酷な戦場へ送り込まれていたので、媚薬に対しても何か思うところがあるのかもしれない。


「私これ……職場の先輩から貰ったんですけど……」
「出どころをはっきり確認しないといけないな」
「媚薬を飲んだ私や、私にこれを渡した先輩は捕まっちゃうんですか?」
「平民が個人的に使う分には罪に問われないと思うが、貴族や王族に故意に流した経緯が見つかったら、有罪になるかもしれん……。執行猶予はつくと思うが」

 ──ロラ先輩、そんなとんでもないものを……。

 ロラ先輩は海千山千の猛者だ。すごい媚薬を持っていてもおかしくないのかもしれないけど、有罪ときいて肝が冷えた。
 私に渡すぐらいなので、さすがに偉いひとにはこの媚薬は流していないと思うが、分からない。

「この媚薬を君に渡した者の名前を教えてもらえるか? 俺には近衛師団長に禁止薬物の存在を直接報告する義務があるんだ」
「えっと……、ロラ・アーガットさんです」
「アーガット……。この瓶の製造元の名前も、アーガットだな」


 結論から言えば、この密告は特にドラマは何も生まなかった……と思う。

 ロラ先輩は何かと一人行動や秘密が多い。
 たぶん、私が知らないロラ先輩の顔はいくつもあるのだろう。
 私はロラ先輩のことを、一方的に宗国のお母さんだと思っている。
 知らないことがあるのは少しさみしいが、仕方がない。
 ロラ先輩は大人だからだ。
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