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道ならぬ恋
しおりを挟む「……俺は侯爵家の人間だが、嫡子じゃない。実家からは結婚は好きにしていいと言われているが、周りがうるさくてな」
「は~~」
「貴族家を中心に、見合い話がたくさん来て困っているんだ。でも、俺には心に決めた相手がいる。……だれとも結婚するつもりは無いんだ」
私に恋人のフリをして欲しいという、アヴェラルドから詳しい事情を聞く。
どうやら、現在アヴェラルドの元には見合い話が山ほど来て困っているらしい。だから、女避けになってくれる人が必要だそうだ。
そりゃ、これだけ外見が良くて若くて仕事が出来て、人間性もまっとうなら、皆放っておかないだろう。しかも血統まで良いときた。貴族のお嬢様に狙われるのも分かる。
「大変ですねえ。いっそのこと、その心に決めたお相手とやらと結婚したらどうですか?」
アヴェラルドに思いを寄せられて、迷惑だと考える女はまずいないだろう。そう思い、軽く提案したのだが。
アヴェラルドは下唇を噛んで俯いてしまった。
「……無理だ。道ならぬ恋で、叶うことはないから」
──しまった……。
まずいことを言ってしまった。
倫理や貞操観念が崩壊した特務部隊にいると感覚が麻痺してしまうが、近衛に不倫はご法度だ。
道ならぬ恋とは、それはつまり、アヴェラルドのお相手はおそらく人妻なのだろう。
近衛は主に王族や大貴族の身辺警護を行う。他のどの部隊よりも高潔さが求められる。
不倫をしたことがバレれば、職を失うどころか実家の侯爵家にも迷惑をかけることになる。
──まぁ、特務部隊に異動になる人もいるけど。
特務部隊は剣の腕さえ立てば、どんな人間でも採用されるので、元近衛の人もそれなりにいた。どこにでも、『バレなきゃいい』と考える人はいるものだ。
「わっかりました! いいですよ! 私がアヴェラルドさんの恋人のフリ、します!」
「……いいのか? 今、付き合っている人間はいないのか? 君ももうそろそろ結婚してもおかしくない年頃だろう」
「いいえ? たぶん私は結婚しないと思います」
元より、結婚できなくなる覚悟で特務部隊へ入隊した。
王立騎士団特務部隊の評判はものすごく悪い。
何せ、皆が皆、貞操観念が死んでいる。離縁回数が多い理由も、ほぼ本人の不貞が原因だったりする。
ここにいる以上、まともな結婚はできないと覚悟していた。
私は年齢=恋人いない歴だ。
それなのに、私のことをよく知らない、よその人からは熟練の恋愛猛者として扱われがちだ。
男女交際は交換日記からはじめたいのに、出会った初日から裸で抱き合う関係を求められるのは荷が重すぎる。
私はキスだってまだなのに。
オトナの関係をいきなり迫られるのが怖くて、私は誰かと親しくなるのをずっと避けてきたのだ。
それでも、人並みに恋人が欲しいと思ったことも、自分の家族が欲しいと思ったことも何度もあるけれど、涙をのんで諦めた。
私は南方の田舎出身者。実家はあまり裕福とは言えず、歳の離れた弟たちはまだ幼い。
特務部隊の評判の悪さは分かっていても、実家の家族を養うため、辞めるわけにはいかなかった。
「結婚しない? なぜ? 君はとても綺麗だし、良い人だと思うのに」
「まだまだ遊びたいんですよね! えへへっ」
アヴェラルドに気を遣わせたらいけない。
私や家の事情は話せなかった。
宗国の王都に来てから、遊んだことなどただの一度もない。言葉や習慣がまったく違う国で、私は時間さえあれば図書館へ行って勉強していた。
生きるために。
──君はとても綺麗、かぁ。
そんなことを言われたのは初めてだ。
アヴェラルドも、そんな軽口を言うのか。
意外だなと思った。
女性に気を持たせるような事は言わないと、勝手に想像していたのだ。
「……ありがとう、引き受けてくれて。助かるよ」
「恋人のフリはいいんですけど、具体的に何をすればいいんですか?」
「ああ、一件厄介な家があってな。見合いを断っても断っても粘ってくる。その家との見合いをぶち壊して欲しいんだ」
「了解です! 私はなにせ、悪名高き特務部隊の人間ですからね~~! 私と恋仲だと言えば、貴族のお嬢様は皆ドン引くと思いますよ!」
えへへと笑いかけたのに、アヴェラルドは笑ってくれなかった。それどころか悲しそうな顔をする。
「……すまない。ありがとう、メニエラ」
美形の悲しげな笑顔は何でこう、胸にぐっと来るのか。
彼は道ならぬ恋をしていると言った。
本当は私に恋人のフリなど依頼したくはなかっただろう。できれば、想いびとのことを公にしたかったろうに。
アヴェラルドの心情を思うと、私まで悲しくなる。
「やだぁ、気にしないでくださいよー! 私は特務部隊の人間ですよ? お金さえ頂ければ何でもしますよ」
何はともあれ、私は契約を交わし、アヴェラルドの恋人(仮)になった。
上手く恋人として振る舞える自信はあまりないが、せっかく指名されたのだ。
がんばろう!
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