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41 遼東城の戦い・その1

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 おいでなすったか……。

 遼東城ヨドンソンを包囲していたずい軍が巨大な丸太をくくりつけた三角屋根の荷車にぐるまのようなものを何台も運んできているらしいとの報告を聞いて、乙支文徳ウルチ ムンドクは小さく呟いた。

「丸太をくくりつけた荷車というのは多分、衝車しょうしゃというやつだ。簡単に言えば破城槌はじょうつちの一種だな」

 指揮官用の個室に集まった小中隊長らや大陽テ ヤンに向け、乙支文徳は生徒に講釈こうしゃくする教師のような口ぶりで説明をした。

「破城槌と言うと……あれですか? 丸太を何人かで持ち上げて『えいやっ!』と勢いよく、かねをつく橦木しゅもくのように垂直にたたきつけることで城門を打ち破るという」

「そ。それに車輪と屋根をつけることで、より威力と防御力を増したものが衝車しょうしゃだ。車輪はスピードと勢いをつけるためのもので、屋根は城壁からの矢や投石を防ぐためにつけられたものだな。隋軍自慢の攻城こうじょう兵器の一つだよ」

 小隊長の一人がたずねてきた言葉に、乙支文徳はおどけたように肩をすくめて見せる。

「ということは、隋軍は、壁を壊して街の中に侵入しんにゅうするつもりでしょうか?」

「だろうね。街壁がいへきを壊して喜ぶ趣味がある訳でもないだろうし。おそらく連中は街に火を放ったり住人たちを無差別に殺戮さつりくすることでおれたち高句麗コグリョ軍を城の中からおびき出し、そこを一気に叩く腹づもりだ。自国の民が外国の兵に思うがままに蹂躙じゅうりんされているとなれば、おれたちも出ていかない訳にはいかないからな」

「えーっ!?」

 乙支文徳の言葉に、小中の隊長たちはまともに動揺どうようしたような表情を浮かべて、大変だー、どうしよー、とでも言わんばかりにあたふたと意味もなく部屋の中を駆け回り始める。ほこりが立つからやめてほしいなと思いながら乙支文徳はまゆをひそめた。

「ではどうしますか、乙支文徳。玉砕ぎょくさい覚悟で打って出ますか?」

 慌てふためいている隊長たちの中で、ただ一人大陽だけが余裕の笑みを浮かべて、そう尋ねてくる。この聡明そうめいな少年だけは、どうやら自分の考えを理解しているらしいと気づいて、乙支文徳もニヤリと笑顔を返した。

「まさか。勝てないと分かっているケンカにしゃしゃり出るほどおれは勇敢ゆうかんじゃない。隋の連中の思惑おもわくに乗ってやる義務ぎむ義理ぎりもないし。当分城の中で引きこもり生活ヒッキーを続けるさ」

「しかし、それでは高句麗の民たちを見殺しにすることに……」

 顔面を蒼白そうはくにし、沈痛ちんつう面持おももちを浮かべる小隊長の言葉を途中でさえぎって、乙支文徳はおどけるように、口の前で人差し指をちっちっと振って見せた。

「見殺しにすることになんかならないよ。忘れたのかい? 民たちは全員、家財道具一式やら食料やらを全て持った上で、山城やまじろの中に避難させていることを。だからいま街の中は、もぬけの空さ」

 乙支文徳のその言葉に隊長たちは互いに顔を見合わせ『あっ』と声をあげるように口をあんぐりと開けた。どうやら本気で忘れていたらしい。

「では閣下かっかは隋軍がこのような手段をとってくることを予想して、それで民たちをあらかじめ山城に逃がしていたのですか?」

 中隊長の一人が感服かんぷくしたようにそう尋ねてくると、乙支文徳は腕を組み、軽く苦笑いを浮かべながら首をかしげて見せた。

「必ずしもそれだけじゃなかったけどね。先日大陽に話した通り、隋軍に高句麗の物資や食料を使わせたくなかったからというのが一番大きな理由だったことは間違いない。だけどこの展開だってまるで予想していなかった訳でもないぞ」

「と、言いますと?」

「おれたち高句麗軍が、遼東城という堅牢けんろうな城にこもってしまった。もちろん隋軍のほこる圧倒的なまでの兵力や超強力な兵器の数々をもってすれば、これを打ち破ることは不可能ではない。だがまともにやっては攻略こうりゃくにそれなりの時間がかかるし、多くの犠牲が出ることは想像にかたくない。だから隋軍は出来れば、おれたちを城からおびき出したいと考えるだろう」

「それは、分かりますけど」

「隋軍の立場になって考えてみようか。自分たちは圧倒的な戦力差をもって高句麗軍を一戦のもとにほろぼしてやりたい。だが臆病おくびょう者の高句麗軍は、内気な女子中学生のように城の中に引きこもっている。それを外に引っ張り出すために、君らなら一体どうする?」

 乙支文徳はこの場にいる小中隊長たち全員にそう尋ねてみたが、彼らは全員戸惑とまどったように互いに顔を見合わせるのみだった。唯一ゆいいつ、大陽だけが必死に考える素振そぶりを見せる。

「そうですね。ぼくなら兵糧ひょうろう攻めにします。街の周りをぐるりと囲んで、高句麗軍の食料がきるのを待つんです。高句麗軍は食料がなくなる前に決戦に打って出ざるを得ない訳ですから。そこを総攻撃すれば、かなり楽に勝てるんじゃないかと思うんですが」

「うん。いいね。なかなかしぶいところを突くじゃないか」

 大陽の言葉に感心して満足げにうなずき、乙支文徳は呟いた。

「だが問題もない訳じゃない。今回、高句麗軍は武器も食料もたっぷり用意して戦いにそなえているからな。一か月や二か月兵糧攻めにされたくらいじゃびくともしない」

「あ、そうか」

「逆に隋軍のほうが大所帯おおじょたいだけあって、食料事情は厳しい。ましてやおれが策をろうして、高句麗の食料は民衆ごと全て山城に引っこめてしまったから、略奪りゃくだつも出来ない。下手に兵糧攻めなんかしたら、隋軍のほうが先にえ死にしてしまうよ」

「そうか。そうですね」

 大陽はそう呟くと、しょんぼりとうつむいてしまった。







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