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問題編6 近藤勇美
しおりを挟む一〇年ぶりに自室に戻ってシャワーを浴び、新品の下着を身に着けてから宇宙開発省職員の制服であるスーツとスラックスをまとうと、頭痛や吐き気や下半身のだるさなどはようやく収まってくれて、体調も元に戻ってきつつあるようだった。
出来れば食事もしたいところだったけれど、しばらく使っていない胃袋にいきなり大量の食べ物を入れるのはまずいだろうし。芹沢さんに早く仕事場に来いと急かされているため、そうのんびりもしていられない。
気を利かせたロぺットがあらかじめ部屋の中に持ってきてくれていたらしいビスケットとフルーツジュースがテーブルの上に置いてあったので、それらを一口ずつだけ口に入れてから、おれは執務室に向かうべく部屋を出て歩き始めた。
通路では、沢山のロぺットたちが忙しげに歩き回っている姿を見ることが出来た。彼らはおれや芹沢さんが眠っている間もかぐやのサポートや、基地の掃除点検に安全確認各種メンテナンスなど様々な仕事を休まずこなし続けてくれていたわけだ。
「ごくろうさん」
人工知能には自我や自意識などがあるわけではないので、ロペットたちは別に苦労だと思って仕事をこなしているわけでもないだろうが。それでも小さな身体で健気に甲斐甲斐しく働いてくれている彼らの姿を見ていれば、自然とそのようなねぎらいの言葉も出てくるというものだ。
ちなみにロペットたちと十把一絡げに言ってはいるが、注意してよく見てみると一体一体みな性格が微妙に違っているのが分かる。
それは単なる気のせいなどではない。
彼らの制作企業であるROBODESUの社長はロペットを単なる電化製品ではなく、人間の信頼出来る相棒になって欲しいと語っていたという。
なのでロペットたちに愛看と愛情を持ってもらうため、彼らを単なる量産品ではなく、それぞれ少しずつ異なった個性を持つオンリーワンの存在として造り出したいと考えていた。
とは言え当然ながら、その外観や性能を一体ずつ異なるものにしていては、到底製造コストに見合わないわけで。そのため外見や基本的性能は同一のまま知能回路のごく一部、性格を司る部分のみを、少しずつ仕様を変えたものを使うことにしているそうだ。
そうすることで見た目や能力そのものは同等ながら、それぞれ性格に差異のある個性的な口ペットが作られるというわけである。
この月面基地で働いているロぺットたちもその例外ではない。
彼らには人間で言う額の部分に一から二四までのシリアルナンバーが記されており、それで個体識別が出来るようになっているのだが。
たとえば一号は真面目だが融通が利かないとか。六号は楽観的なお天気屋であるとか。一三号は理屈こきで口が達者だとか。二〇号はおとなしく何事にも控え目であるなどと、それぞれ性格づけがされているのだ。
大抵のロぺットたちは立ち止まる時間も惜しいとばかりに動き回っていたり掃除などの仕事をしたりしているが。中にはなにをやればいいのか分からないとばかりに、ぼんやり立ち尽くしているものもいた。
二四号である。このロぺットは確か、先程おれが人工冷凍睡眠から目覚めてカプセルから出てきたばかりの時に会った四体のうちの一体だ。
二四号の性格設定はたしか、天然ボケの呑気者だったという記憶がある。
なるほどたしかに先程も、他の三体はタオルや飲み物などを持ってきてくれていたのに、この二四号だけはなにを持ってくるでもなにをするでもなく他の三体にくっついてきてぼんやり立ち尽くしているだけといった、ちょっとどんくさい感じがあったっけ。
とは言えロペットたちの基本性能は地球で一般に流通している他の種類のロボットたちと比べてもかなり高いほうであり、それは真面目な一号も呑気者の二四号も同じだ。
人間の目から見ると一号のほうが二四号よりもずっと有能に思えてしまうが、それは性格の違いからくる思いこみに過ぎない。量産品なので当然だが実際の能力自体は先にも述べた通り、二四体ともが全く同一で同等なのである。
にも関わらず、だ。他のロペットたちはいまもきびきび働いているのに、この二四号だけはなにをするでもなくぼんやりしたままである。さすがにこれはちょっとおかしいんじゃないかと、おれは眉をしかめた。こいつは一〇年前も多少はぼけっとしているように見えるところがあったもの、それでも仕事はきちんと行なっていたような記憶があるのだが。
(もしかしたら人工知能になにか異常があるのかも。後で軽くでもチェックしておいたほうがいいな)
そんなことを思いながらもおれはロぺットたちから視線を外し、再び執務室にと向かった。その扉の前でいったん立ち止まり、携帯用のパーソナルデバイスを取り出して時間を確認する。
余談ながら。ここ、日本の月面基地であるルナポート9での時刻は月の公転や自転とは関係なく、日本の標準時間とリンクしている。つまり日本が一月一日午前〇時の時は、ルナポート9でも一月一日午前〇時になるわけだ。
まあそれはともかく。デバイスの表示によれば現在時刻は午前一〇時一六分。はっきりとは覚えていないが、芹沢さんが医務室にいるおれの所に来て早く仕事にかかれと言ってきたのは午前九時過ぎくらいだったと思う。
つまりあれから一時間ほども経ってしまったことになる。きっとそのことで芹沢さんにねちねち嫌味を言われるだろうなと思うとげんなりした気分を隠せないが、いつまでも扉の前でぼんやり立ち尽くしているわけにもいかない。
おれはコホンと一つ咳払いをした後で意を決し、おもむろに掌紋認証パネルキーに右手のひらを触れさせて、執務室の扉を開ける。
「近藤勇美技官、一〇年の眠りより覚めてたったいま職務に復帰しました。長らくお待たせして申しわけありません!」
執務室の扉が開くと、おれはぺこりと深く頭を下げながらそう声をかけた。
ところが。間髪を入れずに返ってくると思われた芹沢さんの嫌味の言葉はいつまで待ってもおれの耳に届いてこなかった。最初はおれへの嫌がらせのためにわざと知らんぷりを決めこんでいるのかとも思ったが、それにしても少々沈黙が長すぎる。
さすがにおれも不審に思い、恐る恐るゆっくりと顔を上げたのだが。そこでおれはかしげた首をさらに大きく傾ける羽目になった。
と言うのも。そう広くもない執務室の中のどこを見回しても、芹沢さんの姿が見えなかったからである。
「芹沢局長なら、少し疲れたので一時間ほど仮眠をしてくるとおっしゃって、先程自室に戻られましたが」
ぽかんとしているおれに向け、執務室の事務机の前に座ってかぐやのホログラムキーボードを叩いていた一号ロペットが、こちらを振り返ろうともせずそのように言ってきた。しかしどうでもいいが。ロボットがあたかもピアノでも弾くように、コンピューターのキーボードにすらすらと指を滑らせている姿というのは、シュールと言うかなんと言うか……。
「仮眠て、マジかよ」
一号ロペットの言葉を聞いて、おれは思わず舌打ちをしそうになってしまった。人にはさっさと仕事をしろと言っておいて、自分は勤務時間中に優雅にお昼寝とは、なんとまあいい気なものか。
これにはさすがにおれも憤ったが。とは言えおれが冷凍睡眠カプセルの中で一〇年間のんびり眠っている間、彼は自身も眠っていた五年を除く五年間、人間は誰もいないこのルナポート9で独り寂しく任務をこなしていたのだから、このくらいのわがままは仕方がないかもしれない。
はあと一つ湿ったため息をこぼしながら、おれは自分の席に着いた。仕事は山ほどあるが、とりあえずはたまっている書類から片付けようと思ったのだ。
本来おれは現場型の人間であり書類仕事などのデスクワークは好きでないのだが、さすがに一〇年間の冷凍睡眠から覚めてすぐ肉体労働というのは荷が重過ぎる。まずは簡単で軽い仕事から始め、少しずつ調子を取り戻していくのが妥当というものだろう。
「ところで一号。おれが眠っている間、芹沢さんはどんなことをしていたんだ?」
そんなこんなで、おれが執務室に入ってきてから約四〇分が経過したころ。おれは大きく伸びをした後ホログラムディスプレイの電源を休眠状態にしてから、一号ロペットのほうに視線を向けてそのように問いかけてみた。
別に仕事をサボっているわけではない。おれが眠っている間に一〇年分ぎっしりたまっていた書類仕事は、すでにあらかた処理し終えてしまったのだ。
もっともこれはおれが優秀だからと言うより、おれに任せられている書類のほとんどは量こそ多いものの、その大半は軽く目を通した後で署名欄に電子サインを入れれば済む程度の簡単なものばかりだったからであるが。
専門的な知識や技能が必要な書類はほとんどかぐやとロペットたちが決済してくれるし。どうしても人間が処理しなければならない機密性の高い書類は局長であり首席技官である芹沢さんが整理するため、おれに回ってくる書類は子供でも片付けられるような簡単なものばかりになるのである。
この程度の書類なら一〇年どころか一〇〇年分たまっていたとしても、大した労力を必要とせず終わらせることが出来るだろう。なので仕事に復帰して一時間も経たないうちに、おれはたちまち暇を持て余すようになってしまった。
かと言ってデスクワーク以外の仕事に取りかかるにはまだ体力が少し怪しいし。次の仕事の指示を出してくれるはずの芹沢さんは未だ帰ってこない。
仕方がないので芹沢さんが戻ってくるまでの時間潰しに、おれは一号ロペット相手にお喋りをすることにしたというわけだ。
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