上 下
23 / 29

第23話 スケバンお銀(Juvenile Delinquent)

しおりを挟む


 アタシは中学生のころ、家庭の事情からちょっとグレていたことがあってね。腰の下まで伸ばした髪の毛はまっ茶色に染めて、耳にはピアス。セーラー服のスカートは足首まで届くほどのロングに改造し、右手にはいつも長い木刀を持っていたもんさ。

 授業中も机の上に足を組んで乗せながら、タバコをプカプカ。それでもアタシは叱られることはなかった。

 自慢じゃないけど当時、アタシはかなり強かったからね。女子の不良はもちろん、男子にだってケンカで負けたことはなかったし。それどころかチンピラヤクザ五人を向こうに回して立ち回り、ものの数分で全員を木刀で叩きのめしたことだってあったんだから。

 いま思えば、当時のアタシの筋肉や骨は普通の人間と比べてちょっとばかり性能が良かったんだと思う。

 あのころのアタシはせていて背も低く、見た目どこに肉がついているかも分からないような骨と皮ばかりのガリガリだったんだけど。

 にも関わらず運動神経は抜群に良かったし、大の男二人がかりでも持ち運びに苦労するような大荷物も独りで軽々と運ぶことが出来た。さらには半分冗談でコンクリート製の電柱を正拳で思い切り殴りつけたら、その表面があたしのゲンコツの形にへこんでしまったっていうことだってあったくらいなんだから。

 残念ながらいまでは筋力も体力もすっかりおとろえて普通の女並みだけどね。だけどそれがピークだった中学生のころは我ながらすごかったんだよ、本当。まあ、いまとなってはなんの証拠もないわけだし。信じてもらえなかったとしてもしょうがないけどさ。

 とにかくそんなわけだから、アタシはケンカをしても負け知らずだったわけさ。

 チビガリ女だったアタシがいっちょまえにいきがっていたもんだから、同じようにグレていた不良連中なんかに目をつけられて『テメェ、ちょっと顔貸せや』なんて言われて屋上やら校舎裏とかに呼び出されたことも、十度や二十度じゃなかったね。

 だけどその度に、アタシはそいつらをボコボコに返りちにしてやっていたのさ。

 さらには当時学校をシメていた番格の男まであっけなく叩きのめしてね。それでようやく周囲の連中も、アタシが見かけ通りのか弱い女の子じゃないって気づいたらしくてさ。それからは一転して女王さま扱いよ。

 そうしてたてまつられたあだ名が『スケバンおぎん』さ。スケバンなんて言ってもいまの若い子には分かんないかね。スケの番長、の略でスケバン、さ。なんで女を『スケ』と読むのかまでは知らないけどね。

 その当時この名前を耳にした学生は……中学生だけじゃなく高校生も、みな顔面蒼白にしてブルっていたもんだよ。それだけアタシの強さと悪名は町いっぱいに広まっていたってことさね。

 それでも身の程知らずって言うか、怖いもの知らずのバカはいるもんで。そのころアタシの下駄箱には毎日のように手紙がいっぱい入っていたのよ。

 え? なんの手紙かって? そりゃあんた。学校の下駄箱に入れる手紙って言ったら、ラブレターか決闘状の二種類しかないでしょうが。

 それでアタシの下駄箱に入っていたのはどっちなのかって? もちろん両方さ。スケバンお銀として悪名高いアタシを倒して名を上げようとしたバカと、同じく悪名高いアタシを彼女オンナにすることで自分を凄く見せようなんてセコイことを考えたバカからのね。当然、どっちも全員、足腰が立たなくなるほどぶちのめしたけど。

 で、アタシが町でその悪名を確固たるモノとして最強伝説を築き上げ。もはや歯向かう者なんて誰一人としていなくなったころ。アタシが通っていた中学に……クラスは違ったけど、一人の転校生がやって来たのさ。

 そいつは背こそ中学生にしては高かったけど、青白い顔でひょろひょろとしたうらなりびょうたんみたいな男で。見るからに貧弱そうな奴だったのよ。

 だけどこのアタシの例を見るまでもなく、人は見かけによらないものさね。

 それからしばらくして、その男をただのひ弱な坊やだとあなどったそのクラスの不良連中が数人、『よそ者がこの町で偉そうにしてんじゃないぞコラァ』とか言いがかりをつけてケンカを吹っかけたらしいのさ。

 最初転校生は相手にせず無視していたんだけど。それをおびえととった不良たちが調子に乗って、一発殴ったんだとか。それでも彼は抵抗せずおとなしくしてたんだけど。連中が図に乗ってさらに殴ったり蹴りを入れてきたらはぁと一つ面倒臭そうなため息をついた後に拳をふるって……。

 ちょっかいをかけてきた不良どもを全員、あっと言う間にノシてしまったんだと。

 後で分かったことだけど。彼は関西のほうで『狂狼マッドウルフ』と呼ばれ恐れられていた不良で。噂ではあちらで暴走族百人にケンカをふっかけた上にその全員を病院送りにしたかどで通っていた中学を退学になり、そのせいで関東こっちに引っ越してきたらしいとのことだった。

 話半分としても、とんでもない奴だったってわけさ。

 それに狂狼だよ、狂狼。かっこいい二つ名だよねえ。スケバンお銀とはえらい違いだよ。

 それはともかく。狂狼はうちの学校でも一躍いちやく有名人になった。彼はアタシと違って自分からケンカを売りに行くタイプじゃなかったけど。それでも売られたケンカは律儀に買っていたからね。もちろん連戦連勝で、そのうちもうこいつにかなう奴はこの町にはいないんじゃないかと恐れられ一目置かれるようになった。

 ただ一人、スケバンお銀ことこのアタシを除いては、だけど。

 さて。そうなると周りの連中は思うわけだ。スケバンお銀と狂狼。この二人は一体どちらが強いのかってね。

 幸か不幸か、それまでアタシは狂狼と直接戦ったことはなかった。狂狼は自分からケンカを吹っかけるタイプじゃなかったし。アタシはすでにこの中学で女王の座に君臨していたから、生意気な転校生がちょっとばかり名を上げてきているからと言って、自ら腰を上げる必要もなかったからね。

『女王さま御自おんみずからお出ましになるには及びません。ここは我らにお任せを』

 などと、忠実な子分を気取ったバカどもがアタシの代わりに勝手にケンカを売りに行ってくれるというわけさ。もっともその後あっさり返り討ちにあって、かたきをとってくれって泣きついてくるんだから世話もないけどね。

 正直、子分気取りのバカが何人何十人ぶっ飛ばされようがアタシの知ったことじゃないんだけど。一応アタシの派閥はばつに属する連中がよそ者にやられたのに、それを黙って見ているだけっていうんじゃあさすがに沽券こけんに関わるってもんだ。

 不良なんてものはめられたらおしまいだからね。

 そういうわけでついに大将出陣。アタシ直々に狂狼が転校してきたクラスに足を運び、クラスメートの前で堂々と決闘を申し込んだのさ。

 最初狂狼は、女とケンカする気はないとかなんとか寝言をほざいていたが。けれど、アタシが無言で腕を振り上げて彼の机を真っ二つにへし折って見せると、さすがに眉をひそめたね。

 強者同士、分かったんだろうね。目の前にいるこの女が、自分に勝るとも劣らない力の持ち主であると。

 そしてそれはアタシも同様。この狂狼などと呼ばれている男は本当に強い。これまでアタシが戦って倒してきた数多あまたの雑魚なんかとは比べものにならない、真の実力者であると、本能で察したのさ。

 そうなればもはや言葉は不要。あるのは肉体言語のみ。アタシと狂狼は校庭へと場所を移すと全校生徒が見守る中、そのまま無言のうちに戦いを始めたのさ。

 正直に言うさね。狂狼は本当に強かった。パワーもスピードも身のこなしもケタ外れていたよ。なるほど。これなら関西の暴走族百人を一人で全滅させたというあの噂も、まんざら誇張こちょうではないと思ったね。

 はっきり言って、素手ではアタシでも敵わなかっただろう。だけど木刀という得物えものがあったお陰で、なんとか互角に戦うことが出来た。とは言え、互角止まり。互いに相手を圧倒するまでには至らず、一進一退の攻防が永遠に続くかと思わせるほどに続いたよ。

 全身全霊全知全能を尽くし、生命と魂をけずり取らんばかりの戦いはしかし、ある瞬間に唐突に終わりを告げた。それも誰もが予想もしなかった形でね。

 恐らく教師たちの誰かが一一〇番通報したんだろうね。突然校庭にパトカーが乱入してきて、中から出てきた警察官にアタシたちは取り押さえられてしまったのさ。

 もちろん体調が万全だったなら警察官の一人や二人、アタシと狂狼の敵じゃない。だけど何十分にも及ぶ死闘のせいで精も根も尽き果てたアタシたち二人には、もはやそれだけの力は残っていなかった。

 結局アタシたちは警察署に連行され。そこでたっぷりお説教を食らった後、真夜中近くになってようやく解放されたのさ。

 その後。アタシと狂狼はなんとなく再戦の機会と言うかタイミングを見失ってしまっていた。

 下手に戦って、また警察に乱入されてもつまらないからというのもあるけれど。それよりも先の戦いでアタシは彼に対して一種の敬意のようなものを覚えてしまっていたからさ。

 バカや雑魚を叩きのめすことにはなんの躊躇ちゅうちょもないけれど、敬意を覚えた相手……自分と同等以上の力を持っていると認めた相手と、不良としての面子メンツを守るためなどというくだらない理由で、もう一度拳を合わせたくないと思ってしまったのかねえ。

 いや、ごまかすのは止めよう。あの戦いを通じて、アタシは彼に好意を抱いてしまったのさ。恋愛感情と呼ぶにはいささか幼すぎる想いだったと思うけど。それでもアタシはスケバンお銀ではなく、一人の女の子として狂狼にかれていたんだよ。

 多分だけど狂狼もアタシに対して同じ思いを抱いていたんじゃないかな。あれから彼はアタシの姿を見るとふっと顔を赤らめて不器用にそっぽを向いたり、その瞳になにか熱いものを秘めながらアタシの顔を見つめたりしていたんだから。

 ……もっともそんなもの、ただのうぬぼれか勘違いか自意識過剰じいしきかじょうのなせるわざだったと言われたら否定は出来ないという程度のものでしかなかったけどね。

 ともかく。アタシたちはその気になれば再戦を申し出る機会はお互いいくらでもあったのに、何週間もの間、ずっと沈黙を続けていたのさ。

 とは言え、永久にこのままというわけにはいかない。一つの学校に、二人の王はらないのだから。

 アタシたちはいずれ決断しなければならなかった。決着をつけるために今度こそ邪魔の入らない場所と方法で雌雄しゆうを決するか。それともスケバンお銀と狂狼という看板を捨てるのを覚悟で、お互いただの中学生の男の子と女の子として新しい道を歩んでいくか。

 そんなことを思いながらも、アタシはそのどちらを選ぶことも出来ず、ただズルズルと時を過ごしていた。

 そんなある日。アタシの下駄箱に一通の手紙が入っていた。差出人の名前は、狂狼のものだ。アタシはどくんと一つ激しく心臓を鼓動こどうさせてから、その場でゆっくりと封を切り便せんに書かれた文字を読み進めていった。

 え? 手紙に書かれていた内容はどんなものだったのかって?

 そりゃあんた。さっきも言ったろう? 学校の下駄箱に入れる手紙って言ったら、ラブレターか決闘状の二種類しかないってね。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

処理中です...