≪番≫の代償~選ばれなかった令嬢と婚約者の望み~

越智むう

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2章 森の中の生活

2-11.森の中のやり方(2)

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 ランプの炎がぼんやりと室内を照らしている。ルークはクロエを抱えると、どさりと簡単な寝台の上に乗せた。

 服を脱がせてあげなさい、とリーシャはルークに耳打ちした。ルークはぎこちなく、クロエの麻のワンピースの腰紐を緩め、持ち上げた。一方、ブルーノは自分の番の服を同じように脱がせた。リーシャの大きな白い乳房がたぷんと揺れて、クロエは思わず目を奪われた。彼女の身体には、痘痕の跡はなく、丸みを帯びた体つきは、女性的で美しかった。クロエの視線に気づいたリーシャは、ふっと微笑んだ。

「リーシャ」

 ブルーノは愛し気に番の名を呼ぶと、その胸に顔を埋めて、抱きしめた。

「今日は心音を聞いて眠りなさい。それだけよ。耳で、番を感じるの」

 リーシャは囁くような声で言った。ルークはその声に促されて、おずおずとクロエの肩に手を伸ばすと、抱き寄せた。ふさりとした銀の毛並みに頭が飲み込まれ、その奥の筋肉に頬が押し付けられる。じんわりと温かいその先からドクン、と心臓の音が聞こえて、クロエは瞳を閉じた。ルークは横目で叔父とその番を見た。

 横たわった2人は、ブルーノがリーシャの豊かな胸に頭を埋め、彼女が狼の頭を抱きしめ、静かに二人の世界に入っている。部屋は沈黙に包まれていた。外からの夜風に草がそよぐ音と、虫の声が時折微かに聞こえるだけだ。

 クロエの耳には、ルークの心音が大きくこだましていた。夜は少し肌寒かったが、温かい毛並みに触れているとそれは感じない。温かいものにただ抱きしめられているということに、今まで感じたことのない安心感と安らぎを感じた。横にブルーノとリーシャがいるという意識は頭の外に流されていった。ずっとこうしていたいと思った。

 ルークは腕の中でクロエが寝息を立てているのを確認すると、腕の力を緩めた。栗色の真っすぐな髪を手で梳きながら、先日ブルーノに聞いたことを思い出した。

(俺は、クロエを『愛してる』か?)

 彼女のことを『大切に思っている』とは思う。悲しい顔をしてほしくないし、笑顔でいてほしいと思う。一族以外の誰か、女性にそういう気持ちを抱くのであれば、それは番に対しての愛しているだと思うのだが、他の番同士が語る感情と、自分が彼女に感じているものは違う気がした。

 身体がぶるっと震えた。考え事をしすぎたせいか、気がつくと人間の姿になっていた。毛皮がなくなったせいか、クロエも寝たまま身震いしたので慌てて狼の姿に戻った。

 朝が明けたことに気がつくと、ブルーノとリーシャの姿は既になかった。兄――ルークの父親――の家に子どもたちを預けていたので先に戻ったのだろう。クロエはまだ寝ていたので、ルークは彼女を起こさないように背負うと、小屋を出た。このまま後2日はここで夜を明かさないといけないかと思うと、気が乗らなかった。

「手を裏返して、甲で触れて、ゆっくり、同じ早さで、」

 リーシャが横で言う。狼の状態のルークの手のひらは黒い硬い肉球に覆われていて、触るとざらざらとする。一方、手の甲は腕よりも短い銀色の毛が覆っている。ルークは言われる通りにクロエの身体をなぞった。ふ筆でなぞられていくようなくすぐったさを感じて、クロエは身を屈めてふふっと笑い声を漏らした。ルークは動きを止めた。クロエが「ごめんなさい」と彼の背中を撫でると、再び手を動かし始める。やがてくすぐったさはぞわぞわとした感覚に変わる。肌の上をかすめる微かな刺激をとらえようと、全身が敏感になる。

「ん」とクロエは身をよじった。腰のまわりを触られる度に、もっと、その奥に、湿った水場に触れて欲しいという思いが湧き上がってくる。その意識に引きずられるまま、ルークの腕に手を伸ばした。手を、そこへ引っ張ろうとする。それをしっとりとしたリーシャの手が止めるように掴んだ。

 彼女は母親のように微笑んだ。

「今日は、まだよ。明日、ね」

 自分の欲求を他人に見られた恥ずかしさでクロエは顔を背け、ルークの腹の毛に顔を埋めた。ルークは彼女を抱えると、子どもをあやすように髪を撫でた。

 クロエの身体が熱いのがわかった。身体を撫でると、彼女は震えた。一方でしんとして落ち着いている自分の心に気付いた。

(――――)

 違和感を感じる。横目で同じように愛情行動にふけるブルーノとリーシャを見た。叔父の何と表現したらいいかわからない、鼻から抜けるような鳴き声を聞いた。二人はお互いの姿しか見えていないようだった。

「ルーク?」

 腕の中から、クロエの声がした。少し不安そうな声だった。
 
「何でもない」

 彼女の期待に応えたいと思う。頭に花の香りが浮かんだ。

 翌日、クロエはいつも通りに家で雑事を行いながら、頭を振った。

『明日、ね』

 リーシャの声が頭にこだまする。

(今日、ようやく)

 ルークと、できる。そのことが頭の中を埋め尽くす。

 『ここにいたらいい』と言われて嬉しかった。『番』だと言ってくれたけれど。

 クロエはこの銀色の狼の考えていることがわからなかった。大事に扱われている感じはするものの、身体を求められるわけでもなく、自分のことをどう思っているかがわからなかった。繋がれれば、ここに求められていていいということを実感できる気がした。

「クロエ、どうかしたか。重いだろ、それ」

 ルークは水の入った桶持ち上げたまま動きを止めているクロエを覗きこむと、その手から桶を奪った。毛が指に触れる。昨夜の感触を思い出して、クロエはびくっと震えた。

「――?」

「なんでも、ないわ」

 恥ずかしさで目を合わせられず、家の外へ駆け出した。その様子を見て、ルークは考え込んだ。

(きちんと、できるようにしないと)

 ルークは日が暮れる前に納屋に行くと、夜香花の花びらの入った容器を開け、この前のようにならないよう、量に気をつけ、少し取り出して火をつけた。甘い香りが頭の中に立ちこめ、感情の蓋を溶かしていく。

 気づくと、唸り声を立てていた。クロエのほのかにピンク色の、熱を帯びた肌の触感が頭を支配する。同時に、いつかの森の人間のように、彼女に覆いかぶさり、後ろから突き立てる自分の姿が頭に浮かんできた。手に力が入り、爪が出ていた。

(これは、良くないな)

 棚の壺からいつかクロエの傷にも使った痺れ薬をとると、それをナイフにつけ、肩を軽く切った。一瞬の痛みと、じんわりとした痺れが両腕に広がる。掌を握ったり開いたりするとやんわりとしか力が入らなかった。

(これなら、大丈夫じゃないか)

 外に出ると頭を押さえた。「ルーク、外にいたの」とクロエが家の中から顔を出す。どくんと心臓が鳴った。顔が熱くなると同時にひどい頭痛を感じた。また、先ほどの場面が頭に浮かび、手に力が入る。こちらを見て微笑む彼女を見て、自分の頭に浮かんだことが恥ずかしくなり視線を逸らせた。

 ***

 夜を過ごす小屋で「私たちと同じくらいの時間をかけて」とリーシャは言った。ブルーノはリーシャを抱きしめると、ゆっくりと背中を撫で、その乳房を舌で弄った。ルークはもうその様子を見ていなかった。ただ、クロエの裸体だけを見つめていた。心拍数が早くなる。何をしたいかはもうわかっていた。

 自分の腕の中にある彼女の身体から伝わってくる体温が、柔らかそうな滑らかな身体が、頭の中を支配する。身体の血が沸騰するような、という感覚を、はじめて実感していた。熱くなった血は体内を巡り一点に集まった。沸騰した血は行き先を求めて塞き止められたそこで垂直に勃ち上がった。それは穏やかさとは正反対の激しい感情の渦だった。

 ルークはクロエの足首を持って押し広げると、熱を帯びた杭をそこに打ち込んだ。ずぶずぶと沈むたび、温かな体温と締めつけを感じて、どくんと血が震えた。

 クロエは下腹部の奥から伝わってくる脈動を感じた。ずっと待ち望んでいたそれを受け入れて、秘奥からはとめどなく蜜が吐き出され、ようやく受け入れたそれを離すまいとぎゅぎゅっと抱きしめるように締める。ルークは腰を引いた。

「そのまま、しばらく動かないで」

 リーシャの声はどこか遠くで響いた。目の前の白い肌をほのかに赤く上気させ、汗でしっとりと湿らせたクロエを見つめた。ルークの頭の中には、彼女の中に挿れたそれを放出することしか浮かんでこなかった。思考が消えていくのがわかった。言葉を無視して腰を動かす。

 そのときぐぉ、とブルーノの低い吠え声が響いた。ルークは動きを止めた。叔父は静かな声で言った。

「できるだけ、時間をかけるんだ。番と繋がっていることを意識して。動くのは、もたなくなりそうな時だけだ」

 自分に向けられる視線にルークは羞恥心を感じた。

(これは、ちがう)

 冷静な部分が告げる。この熱に浮かされたような感覚は、番の間にある、穏やかな愛情ではない。これは、もっと、野蛮な何かだ。

「ルーク」

 クロエが名前を呼んで、手を伸ばしルークの頬を撫でて微笑んだ。花の香りがぶり返してきて、激しく突きたい欲求に駆られる。それを引き留めるのは、向けられる視線だ。

(――きちんと、やらないと)

 息を吐いて、頭の中の蒸したような熱気を追い払う。それと共に、クロエの中で膨らんだそれは弾けることなくどろりと精を吐き出して萎んだ。引き抜くと、それは、死んだ鼠のようにぐったりと足の間にぶら下がっている。

(ちがう)

 はっきりと感じた。 
 
(クロエは番じゃない)
 
「ルーク」

 クロエが背中に腕を回しを抱きしめた。

「好きよ」

 うなだれてぺたりと垂れた耳に届いたその声は、今までと聞いたことがない響きに感じた。再び身体が熱くなった。うかれたような気分になる。ルークはクロエの背中に手を回すと、ぎゅっと力を入れた。「痛いわ」と彼女が苦笑しながら押し返す。

(痺れ薬を使っていて良かった)

 腕の力を弱める。何で力をこめた?中にいる彼女を放したくないと思ったからだ。彼女が番じゃないのなら、この気持ちは何だろうか。それがわからなかった。
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