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2章 森の中の生活

2-10.森の中のやり方(1)

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 森の民――野人――の性愛行為は外の人間から見ると特殊だ。彼らはつがいとの深い心の繋がりを重視し、長い時間・日数をかけ夜の営みを行う。生涯に渡り関係を持つのは番だけなので、通常お互いが初めてであるから、番としての初夜は男側の一族で年が近い番に手ほどきを受けながら迎えることになる。ルークの場合、番が外から来た『客番まろうどつがい』ということもあり、同じ『客番』である叔父とリーシャがその指南役となった。

 里の中にはその指南に使われる家が建っている。ルークとクロエは、その日の夜、叔父たちに連れられその木でできた簡素な家に入った。中にはただ、ベッドと同じように枯草を敷き詰めて、その上に布をかけたふかふかした大きな敷物が二つ、並べてあるだけだった。これは指南役の番が用意するもので、リーシャが準備して、ブルーノが運び込んだものだった。

 ***
 
 最初にこの習慣の話をされたとき、クロエは絶句してしまった。言葉の出てこない彼女を前に、ルークは困惑した顔をした。

「外では、違うのか」

「――――違う、わ」

(そんな大層なことじゃなくて、もっとこう、この前みたいにがばっと来てくれれば、いいんだけど)
 
 しかし、それが『ここのやり方』と言われると、何も言えない。

「――他に人が、いるのね」

「最初だけだ。そうじゃないと、その、やり方が、わからないだろう」

 ルークは自分の言葉がたどたどしくなるのを感じた。クロエの反応を見ると自分の言っていることがおかしいような気がしてしまう。

(やり方がわからない、ということも、あるのかしら)

 当惑したクロエはおずおずと聞いた。

「……ルークは、初めて?」

 ルークは聞かれた言葉を頭で反復した。

(ハジメテ……初めて? 初めてじゃないことも、あるか? 外は違うのか、)
 
 番と初めて交わるにあたり、それが『初めて』ではないという想定はルークの中になかった。改めて聞かれると困惑してしまう。

「……俺たちは、番としか、しないから。――クロエは」

 クロエは口籠って視線を泳がせた。マクシムに身体を触られたときのぞわぞわした気持ちと、初めて貫かれた時の痛みが思い出された。

 ――『番としかしない』というここで、他の誰かとしたということは、軽蔑の対象になるのだろうかという考えがよぎった。それに、もうそのことは思い出したいと思わなかった。

 しばらく思案してから、ぽつりと呟く。

「……初めてよ」

 ルークは「そうか」と答えて、その言葉の前に流れた沈黙に頭を悩ませた。
 
(クロエの考えていることがわからない)

 番なら、相手の気持ちが手に取るようにわかるはずなのに。彼女の首元にはこの前、夜香花の香りで酔っていた勢いで噛みついた跡が残っていた。まだ跡は瘡蓋かさぶたになっていて痛々しい。番の証、をつけたはずだったが、それで何か変わったような感じはしなかった。

 彼女の表情を見ると暗い顔をしているように見えた。

「なあ、嫌なら」

「嫌じゃないわ」

 即答したクロエは心配そうにルークを見た。彼はどうしていつも『嫌なら』と聞くのだろうか。

「ルークは、嫌なの?」

 ルークは考え込んだ。嫌というか、クロエと交わるということが想像できなかったからだ。別に今のままでもいいような気がしていた。ちらりと前を向くと、クロエの不安そうな緑の瞳が視界に入る。そのままのことを言ったら、きっと彼女は余計に悲しそうな顔をする気がした。

「嫌じゃない」

 クロエの瞳の陰りはとれなかった。再度言葉を選ぶ。

「……そうしたいと、思ってる」

 緑の瞳がぱっと輝いたので、これで良いと思った。

 ***

 ルークは家の外で丸太に腰掛けながら、手を組むとその上に頭を乗せて考えこんでいた。頭を使うときは自然と人間の姿になる。
 
(番――ってなんだ)

 クロエと住むようになってから、今まで考えたことがなかったことについて、考えることが増えた。大人になれば、自然とどこかで番に出会い、自分の家族を作る。そのことに何も疑問を抱いたことはなかった。

『番は自分の半身』『出会った瞬間に血が沸騰するような』『相手の感じていることがわかる』『完成されたように感じる』
 
 番を得たときの感覚を説明する言葉を並べてみる。そして全員が必ずこう言うのだ。

『説明しなくても、感じてわかる』と。

(わからない)
 
 ただ確かなのは、クロエにここにいて欲しいと思っていることと、彼女に喜んでもらいたいということだった。彼女にここにいてもらうなら、それは彼女が番だということになる。

(つがい、番、)

 ルークは頭を抱えながら、立ち上がった。番なら、交わらなければいけない。
 
 そのまま叔父の家に向かい、「そうしたい」と伝えると、彼は「よし」と頷いた。
 日取りを決めると、ルークはふと彼に聞いた。
 
「なあ、ブルーノは、リーシャを『愛してる』?」

「――リーシャは俺の番、半身だ。『愛してる』に決まっている。」

 当然のことを何で聞くんだ、と叔父は唸り声をあげた。外から、駆け回る姪の声が聞こえる。ルークは続けて聞いた。

「レナや、ティムのことは『愛してる』?」
 
ブルーノは人の姿に変わると眉間に皺を寄せた。

「――『大事に思っている』だ。『愛してる』は番にしか使わない。――なんで、そんな当たり前のことを聞くんだ」
 
 さらに質問を続ける。

「なあ、リーシャに対する気持ちを説明してくれないか」

「――彼女が喜べば俺も嬉しいし、彼女が悲しければ、俺も悲しい」

(それは、俺も一緒だ)
 
 クロエの泣き顔は見たくなかったし、笑ってほしい、喜んで欲しい。

「でも、それってさ、レナやティムでもそうだろ」

 小さな姪と甥を思い浮かべた。子どもたちが怪我をしたり、悲しい気持ちになるのを想像すると、嫌な気持ちになる。

「それは、そうだな」

「番を『愛してる』って気持ちってなんだ?」

「――何で、そんなことを聞くんだ。お前も、番を得たなら感じるだろう?」

 ブルーノの訝し気な顔にルークは言葉を飲み込んだ。この里にいるのは番同士か、将来誰かの番となる子どもたちだ。クロエにこのままここにいて欲しいと思うなら、番という言葉に疑念を持ってはいけない。

「――少し、考えただけだ」

 「頼むよ」と言って、叔父の家を出た。
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