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4夜 夢のあとさき

4-3.こんなもの

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 私たちは無言で手を握り合っていた。やがて使用人がやってきて、レイシアを引っ張っていった。先生が部屋に入ってくる。

「先生、レイシアは。レイシアは大丈夫ですよね。これくらいで感染うつったりしませんよね」

 ボーゲン先生はしゃがみこんだままの私に肩をかしてくれ、ベッドまで運んでくれた。

「あれぐらいでは感染うつりませんよ、お嬢様。一緒に生活するくらいじゃないと。
 念のため、7日ほど、屋敷内にいてもらいますけれど。ああ、旦那様に何と説明したらいいのか」

 先生は頭を抱えてわめいた。

「レイシアお嬢様は小さいころは本当におしとやかな、素直な子だったのに。ソフィアお嬢様に似て、頑固になってきてしまって」

 私はずっと聞けなかったことを聞いた。

「先生、シェリーは、どうなったんですか。右手に鱗ができて、それから」

 先生は顔を曇らせた。

「……実家に帰りましたよ」
「教えてください、本当のことを」

 私の剣幕に押されて、ため息をついて口を開いた。

「患部を切り取りまして、適切に処理して、1月療養させ、親族に引き渡しました。
 それ以外は症状は出ませんでしたから、きちんともう大丈夫だということを説明して」

「親族に引き渡した…?この屋敷で、ですか?」

 私は唇を噛んだ。右手のない、未知の感染症にかかった娘を、きちんと家に連れて帰るだろうか。

「お嬢様!」

 先生が私の肩をゆする。

「どうして、そうやって、ご自分を追い詰めるようなことばかり」
「じゃあ、シェリーは、今、元気にしてるのよね」

 私は先生を睨んだ。先生は言いよどむ。

「それは、……元気にしているはずです」
「それなら、何で私に手紙のひとつもこないの?あんなに、私に良くしてくれて、本当のお姉さんみたいだったのに、どうして」

 先生は床を見つめて、わめいた。

「……シェリル・ホブソンは、この村から自宅へ帰宅途中に、山中で馬車が壊れて、行方不明になっております」

 私は叫んだ。

「レイシアが大丈夫っていうのも、嘘なんでしょう!」

 ばしん、と先生が私の頬を叩いた。

「どうして、あなたは、そうなんですか!お嬢様。ご自分で、ご自分をいじめてどうしたいんですか!?」

 先生は使用人に指示して、何か薬を持ってこさせた。
 水とそれを私に差し出す。

「睡眠薬です。これを飲んで、少しお休みになってください。私が横で見ております」

 私はそれを、一気に飲み下した。すぐに視界がぼやける。
 フレディ、彼の名前を呟いて、夢の中に落ちていく。

 目が覚める。部屋は真っ暗だった。私は自分の身体を見た。鱗だらけの、爬虫類のような身体。左足と左腕の感覚は全くない。横を見ると、暗闇に全身白衣のボーゲン先生が椅子に座ったまま眠っているのが見えた。
 ――夢は見なかった。フレディは、あの時、竜の吐いた炎で消えちゃったんだ。私をかばって。
 
 レイシア、妹の名前を呼ぶ。どうしよう、レイシアに感染ってしまっていたら。
 彼女にも、こんな辛い思いをさせるの?結果がわかるまで、7日も耐えられない。
 
 シェリー、ごめんなさい。今まで、あなたのことを考えることを避けてきて。なんとなくはわかっていたのに、現実を見るのが怖くて、ずっとそのままにしておいた。
 
 ごめんなさい、と皆に謝る。心配ばかりさせて、自分勝手で。

 私は泣きながら、ベッドから這い出した。本棚に向かって這って行き、本と本の間に挟まった鏡を抜きだす。カシャン!とそれを床に叩きつけて割った。
 破片を手に取り、右腕で、左腕の鱗に突き刺した。

「こんなもののせいで!」
 
 固くなった鱗は傷ひとつつかない。私は、ぼこっとした鱗と鱗の間の筋に破片を突き立てた。力を入れると、ずぶずぶとそれが入っていく。でも、痛みは感じない。

「なんで、痛くないのよ」

 上下に破片を引きながら切り開いていくと、やがて、赤い血がにじみだし、ずきずきと激しい痛みが襲ってきた。黒く固くなったその奥底に、赤い肉と、白い骨が見えた。
 まだ、鱗の奥で、私が生きている、と思った。

「痛い」

 私は呟いて、泣いた。切れ目から赤い血が噴き出してくる。その血は、自分がまだ生きていることを実感させてくれた。

 ふらり、と意識が遠のく。椅子を倒してこちらに駆け寄ってくるボーゲン先生の姿、全身を駆け巡る痛み、私の身体の下に広がる、自分の血の生暖かさを感じながら、私の意識は遠のいていった。

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