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2夜 ワイルドな海賊の腕でさらわれたい
2-3.海賊船に乗って(1)
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「お嬢様!?」
先生が慌てて私に駆け寄る。助け起こされて、私は茫然と、「そうですか」とつぶやいた。
――何となく、わかってはいたことだ。
私の家の領地と、アルフレッドの家の領地はお隣同士で、昔から親族関係がある。私とフレッドの婚約だって、幼い時の口約束を聞いた両家の両親が「ぜひ」と言ったから成立したのだ。兄弟姉妹が亡くなった場合などにその兄弟姉妹と再婚したりはよくある話だし――私はまだ死んでないけど――こんな有様だからとっくに婚約解消になってるし、彼が妹と婚約したってそれは自然なことだ。
私を料理を置いたテーブルの前の椅子に座らせて、先生は静かに言った。
「ですから、アルフレッド様がおひとりでここにお越しになることは、有り得ないんです、お嬢様」
そんなこといちいち言わなくなってわかってるわよ、と思ったけど、先生なりに私のことを考えてそう言ってくれてるのはわかったので、無理やり笑顔をつくる。
「――わかっています」
先生は念押しするように言う。
「もし、アルフレッド様がいらっしゃったとしても、それは本当のアルフレッド様ではありませんから、決してドアを開けてはいけませんよ」
太陽の飾りを私の手に握らせて、言う。もうわかってるってば。私はもう言葉を出す気力がなかったのでうなづいた。
「食事は自分でとれますので、ちょっと1人にさせてもらえますか?」
先生に出て行ってもらって、1人ぽつんと、卓上の湯気を出すスープを見つめる。ずずずっと吸い込むと、口の中に野菜と肉の旨味と――塩気が広がった。
私は号泣していた。ぜんぶ、仕方のないことだとはわかっていたけれど。パンを頬張る。涙で適度な塩気に味付けされて、いくらでも食べれた。
空になった食器をトレーに乗せて、扉についた小さい食事受け渡し用の扉から勢い良く外に出す。扉の前に立っていたらしい先生の足に当たったらしく、「うわ」という声が外から聞こえた。
「ちょっと休みます」
扉の向こうにそれだけ告げて、机に戻りうつ伏せた。横にある本棚に押し込んだ鏡を取り出して、自分の姿を見る。――そこに映ったそれは化け物だった。
以前は顔の左半分だけだった鱗が右にも浸食してきていて、普通の皮膚が残っているのは右目の周辺だけだった。
夢の中の自分の姿を思い出す。つるりとした、すべすべの肌。
頬に手を当てると、硬い、ひび割れた感触がした。
私は鏡を本棚に押し込んだ。
妹のことを考える。2歳年下のレイシア。いつも私たちの後ろをついて回ってきた小さい子。私と違って、優しくて可愛らしい子。ここに来てからも、よく手紙をくれて、それが楽しみだった。
レイシアのことを憎むのはお門違いというのはわかっていたけれど、彼女が羨ましくて、妬ましくてしょうがなかった。フレッドとどこに行ってどんな話をしたのかしら。この4年の間に。私がここで1人で過ごしている間に。
どす黒い気持ちが自分の中から込み上げてくるのを感じる。
その時、本棚から一冊の本が飛び出しているのを見つけた。
気晴らしに、と手をとって開く。海賊が世界中の海を冒険する話だった。
街を荒らして、奪って、時に悪人を蹴散らして、好き放題しながら世界各地を渡っていく。
それは今の私の気持ちにぴったり合った物語だった。
いいなぁ、こういう風に、好き放題やって、好きなところに行って生きてみたいなぁ。
読みふけっている間に、陽が沈んできているのに気がついた。いつの間にか暗い気持ちが小さくなっていることに気づく。
私は本を持ったままベッドに向かった。今日はこれを横に置いて寝ようと思った。
布団に横になり、しばらくして、私は焦げ臭い臭いで起きた。
扉の間から、黒い煙が入り込んできている。
嘘、火事!?
私は立ち上がると、扉まで行って、ノブをがちゃがちゃと回した。
――普段は、屋敷の使用人が私との接触を嫌がるので、勝手に出歩かないように鍵をかけられている。
「先生!ボーゲン先生!そこにいませんか!?」
必死で叫ぶ。先生以外はきっと、火事になったら私を置いてけぼりで逃げちゃうにきまってる。
そのとき、ダダダダダっと廊下を走る足音が聞こえた。何何何。
「くせもの!」
外でボーゲン先生の声が聞こえた。
「先生!? そこにいるんですか?」
私は必死で叫ぶ。ぐほ、と外で誰かが殴られるような声がした。
「先生?」
扉をだんだんだん、と叩いていると、その向こうから男のドスの効いた低い声がした。
「どけ」
尻もちをついて後ずさる。ダンっ大きい音がして、扉から何か足のようなものが飛び出してきた。ダン、ダン、ダン、その足は扉をどんどん破壊する。
「何なの」
私は扉の上に置きっぱなしになっていた、ボーゲン先生がくれた太陽のお守りを握りしめて扉を見つめた。茫然とする私の前で扉がどんどん破壊される。バーン!と最後の大きな一発で、扉は木くずを散らしながら完全に蹴り破られた。
目の前に、ボーゲン先生を小脇に抱えた、日焼けした肌に、頭にバンダナのような赤い布を巻いた、長身の男が立っていた。目の上から頬にかけて、切り傷のようなものがある。薄汚れたシャツにズボン。腰には抜身のカーブした不思議な形の剣を挿している。金髪で、青い瞳。どことなくあのフレッドに似ているような。
彼はどさっと先生を床に投げた。
「先生?」
私は慌てて先生に近寄る。すると、それは、何だか人形のようなものだった。姿かたちはボーゲン先生だけど、触るとぬいぐるみのような感触。
私は自分の手を見た。この間の夢の中で見たような、きれいなするりとした肌。
これは――。私は男を見た。
「こいつは、しけた屋敷だと思ったら、とんだ宝物を見つけちまったじゃねぇか」
男は、私にウインクした。見覚えのあるウインク。
ああ、この男はあれだ。私は確信した。これは、また私の夢だ。
「あなたは……」
私が聞くと、男は腰に手を当てて、やれやれという表情をする。
「俺の名前を知らないのか?俺は、7つの海を股にかける、黄金のフレ…」
――フレッドという名前は、今は聞きたくない。
そう思った瞬間、男の言葉が止まった。
「フレ、フレ……」
「フレ?」
私が首を傾げると、一瞬の沈黙が訪れた。
男はバンダナを直すと再度「やれやれ」のポーズをとった。
「俺の名は、フレドリック、黄金のフレディって呼ばれてる」
どや、という顔をしてから、彼は私に手を伸ばした。
「よぉ。きれいなお嬢さん、あんたの名前は?」
私は思わず笑ってしまった。設定どうなってるのよ。
「ソフィアよ」
名乗ってその手をとる。
「ソフィア、あんたは俺がもらっていくぜ」
私の手を引っ張っると、フレッド改めフレディは私を易々と肩に担ぎ上げた。
「俺に会いたかっただろ、ソフィー」
フレディはそう言ってまたウィンクすると、肩に乗っている私のお尻をぽんぽんっとたたいた。
「馬鹿じゃないの」
つぶやきながら笑うと、太陽のお守りをぽいっと床に投げ捨てた。
先生は、これは夢魔だって言っていたけれど。
このまま彼にどこかへ連れて行ってもらいたいと思った。
先生が慌てて私に駆け寄る。助け起こされて、私は茫然と、「そうですか」とつぶやいた。
――何となく、わかってはいたことだ。
私の家の領地と、アルフレッドの家の領地はお隣同士で、昔から親族関係がある。私とフレッドの婚約だって、幼い時の口約束を聞いた両家の両親が「ぜひ」と言ったから成立したのだ。兄弟姉妹が亡くなった場合などにその兄弟姉妹と再婚したりはよくある話だし――私はまだ死んでないけど――こんな有様だからとっくに婚約解消になってるし、彼が妹と婚約したってそれは自然なことだ。
私を料理を置いたテーブルの前の椅子に座らせて、先生は静かに言った。
「ですから、アルフレッド様がおひとりでここにお越しになることは、有り得ないんです、お嬢様」
そんなこといちいち言わなくなってわかってるわよ、と思ったけど、先生なりに私のことを考えてそう言ってくれてるのはわかったので、無理やり笑顔をつくる。
「――わかっています」
先生は念押しするように言う。
「もし、アルフレッド様がいらっしゃったとしても、それは本当のアルフレッド様ではありませんから、決してドアを開けてはいけませんよ」
太陽の飾りを私の手に握らせて、言う。もうわかってるってば。私はもう言葉を出す気力がなかったのでうなづいた。
「食事は自分でとれますので、ちょっと1人にさせてもらえますか?」
先生に出て行ってもらって、1人ぽつんと、卓上の湯気を出すスープを見つめる。ずずずっと吸い込むと、口の中に野菜と肉の旨味と――塩気が広がった。
私は号泣していた。ぜんぶ、仕方のないことだとはわかっていたけれど。パンを頬張る。涙で適度な塩気に味付けされて、いくらでも食べれた。
空になった食器をトレーに乗せて、扉についた小さい食事受け渡し用の扉から勢い良く外に出す。扉の前に立っていたらしい先生の足に当たったらしく、「うわ」という声が外から聞こえた。
「ちょっと休みます」
扉の向こうにそれだけ告げて、机に戻りうつ伏せた。横にある本棚に押し込んだ鏡を取り出して、自分の姿を見る。――そこに映ったそれは化け物だった。
以前は顔の左半分だけだった鱗が右にも浸食してきていて、普通の皮膚が残っているのは右目の周辺だけだった。
夢の中の自分の姿を思い出す。つるりとした、すべすべの肌。
頬に手を当てると、硬い、ひび割れた感触がした。
私は鏡を本棚に押し込んだ。
妹のことを考える。2歳年下のレイシア。いつも私たちの後ろをついて回ってきた小さい子。私と違って、優しくて可愛らしい子。ここに来てからも、よく手紙をくれて、それが楽しみだった。
レイシアのことを憎むのはお門違いというのはわかっていたけれど、彼女が羨ましくて、妬ましくてしょうがなかった。フレッドとどこに行ってどんな話をしたのかしら。この4年の間に。私がここで1人で過ごしている間に。
どす黒い気持ちが自分の中から込み上げてくるのを感じる。
その時、本棚から一冊の本が飛び出しているのを見つけた。
気晴らしに、と手をとって開く。海賊が世界中の海を冒険する話だった。
街を荒らして、奪って、時に悪人を蹴散らして、好き放題しながら世界各地を渡っていく。
それは今の私の気持ちにぴったり合った物語だった。
いいなぁ、こういう風に、好き放題やって、好きなところに行って生きてみたいなぁ。
読みふけっている間に、陽が沈んできているのに気がついた。いつの間にか暗い気持ちが小さくなっていることに気づく。
私は本を持ったままベッドに向かった。今日はこれを横に置いて寝ようと思った。
布団に横になり、しばらくして、私は焦げ臭い臭いで起きた。
扉の間から、黒い煙が入り込んできている。
嘘、火事!?
私は立ち上がると、扉まで行って、ノブをがちゃがちゃと回した。
――普段は、屋敷の使用人が私との接触を嫌がるので、勝手に出歩かないように鍵をかけられている。
「先生!ボーゲン先生!そこにいませんか!?」
必死で叫ぶ。先生以外はきっと、火事になったら私を置いてけぼりで逃げちゃうにきまってる。
そのとき、ダダダダダっと廊下を走る足音が聞こえた。何何何。
「くせもの!」
外でボーゲン先生の声が聞こえた。
「先生!? そこにいるんですか?」
私は必死で叫ぶ。ぐほ、と外で誰かが殴られるような声がした。
「先生?」
扉をだんだんだん、と叩いていると、その向こうから男のドスの効いた低い声がした。
「どけ」
尻もちをついて後ずさる。ダンっ大きい音がして、扉から何か足のようなものが飛び出してきた。ダン、ダン、ダン、その足は扉をどんどん破壊する。
「何なの」
私は扉の上に置きっぱなしになっていた、ボーゲン先生がくれた太陽のお守りを握りしめて扉を見つめた。茫然とする私の前で扉がどんどん破壊される。バーン!と最後の大きな一発で、扉は木くずを散らしながら完全に蹴り破られた。
目の前に、ボーゲン先生を小脇に抱えた、日焼けした肌に、頭にバンダナのような赤い布を巻いた、長身の男が立っていた。目の上から頬にかけて、切り傷のようなものがある。薄汚れたシャツにズボン。腰には抜身のカーブした不思議な形の剣を挿している。金髪で、青い瞳。どことなくあのフレッドに似ているような。
彼はどさっと先生を床に投げた。
「先生?」
私は慌てて先生に近寄る。すると、それは、何だか人形のようなものだった。姿かたちはボーゲン先生だけど、触るとぬいぐるみのような感触。
私は自分の手を見た。この間の夢の中で見たような、きれいなするりとした肌。
これは――。私は男を見た。
「こいつは、しけた屋敷だと思ったら、とんだ宝物を見つけちまったじゃねぇか」
男は、私にウインクした。見覚えのあるウインク。
ああ、この男はあれだ。私は確信した。これは、また私の夢だ。
「あなたは……」
私が聞くと、男は腰に手を当てて、やれやれという表情をする。
「俺の名前を知らないのか?俺は、7つの海を股にかける、黄金のフレ…」
――フレッドという名前は、今は聞きたくない。
そう思った瞬間、男の言葉が止まった。
「フレ、フレ……」
「フレ?」
私が首を傾げると、一瞬の沈黙が訪れた。
男はバンダナを直すと再度「やれやれ」のポーズをとった。
「俺の名は、フレドリック、黄金のフレディって呼ばれてる」
どや、という顔をしてから、彼は私に手を伸ばした。
「よぉ。きれいなお嬢さん、あんたの名前は?」
私は思わず笑ってしまった。設定どうなってるのよ。
「ソフィアよ」
名乗ってその手をとる。
「ソフィア、あんたは俺がもらっていくぜ」
私の手を引っ張っると、フレッド改めフレディは私を易々と肩に担ぎ上げた。
「俺に会いたかっただろ、ソフィー」
フレディはそう言ってまたウィンクすると、肩に乗っている私のお尻をぽんぽんっとたたいた。
「馬鹿じゃないの」
つぶやきながら笑うと、太陽のお守りをぽいっと床に投げ捨てた。
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