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4章 対峙と決別
4-9.執事見習
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夜の闇に紛れて、ルシアの領地へ舞い戻った。フェンツの屋敷についたのは、明け方だった。霧の向こうに朝日がぼやける中で、本来その時間は静かなはずの屋敷が騒然としているのが分かった。
「アーロン!」
異常に気がついたステファンが弟の名前を叫びながら中へ駆け込んだ。屋敷の外観に何も問題はなかったが、中に入ると異変は明らかだった。廊下の壁がところどころ凹み、崩れ、絨毯の緑の蔦の模様を隠すように、血の染みがついていた。
「フェンツ子爵……、一体何があったんだ……?」
ステファンは周囲を見回し、椅子にうなだれたように座っている子爵に気づいて声をかけた。彼は私たちに気づくと、ガタン、っと椅子から落ちて、足元に縋りついてきた。
「ステファン様、カミラ様……! ルシアが、連れていかれました!」
ルシアが? また? アーロンは? アーノルドは?
「お嬢様!」
そこに、青ざめた表情のコーデリアとミゲルが駆け寄ってくる。とりあえず二人の無事を確認し、胸を撫でおろした。
二人の説明によると、複数名が私たちが辺境伯領へ出発した日の昼過ぎに屋敷内に押し入り、アーロンとルシアとアーノルドを連れていったということだった。
「アーノルドがいて? 何でそんな」
アーノルドは人の血を飲んでいる吸血鬼だ。アーロンだって、普通の人間よりは全然強い。彼らがそんなに簡単に連れていかれるなんてことは考えられなかった。
「先に、アーロンが捕まった。ルシアと一緒に。異変に気付いて僕たちが部屋を出たらもう……。アーノルドは、襲ってきたやつらとやりあって――僕たちと使用人を逃がそうとしたんだ。そうしたら、あの執事見習が――、何かをかけたんだ、アーノルドに。そしたら、いつもみたいに……、霧になれなくなって、そのまま」
――≪聖水≫をかけられた?
あれは、ハンターが使うものだ。ヴィルヘルムの関係者?
「ダレンだな!」
ステファンがどん、っと壁を叩いた。瞳が赤くなっている。壁に拳がめりこみ、壁がパラパラと崩れた。
「――申し訳ない、あいつが、やつらを家に入れたんだ」
屋敷の外観に押し入った形跡がないのはだからね。私は唇を噛んだ。
「ダレンは、どこにいるの」
***
その執事見習の少年は、敷地内の牢に入れられていた。
領主は領地内で罪人を裁く権利を持っているから、その収容用の牢を持っている。
彼は、馬小屋の横に建てられた簡素な建物の鉄格子の扉の向こうで膝を抱えて座っていた。
「ダレン――お前! 自分が何したかわかってんのか!」
ステファンが鉄格子に掴みかかる。あまりの力にぐぐぐと、それは曲がった。
ひ、とダレンが息を飲んで頭を抱えて叫んだ。
「あんたたちが、悪いんだ! あんたたちがルシアに関わるから! どうして、ルシアまで!!」
横でフェンツ子爵が拳を握りながら、言った。
「私が王都に行っている間に、ヴィルヘルム卿がこの屋敷に立ち寄ったそうです。そこで、ダレンは彼に、貴方達は吸血鬼で、ルシアは目をつけられ、貴方達の食料にされてしまうと、そう言ったそうです。貴方達は「食料」となる娘を決めると、まるで花嫁の家に挨拶するように、一度だけはその娘を伴い、屋敷を訪れると。その時を逃すと、もうルシアは二度とここに戻ってこないと、」
……よく調べてるわね。私たちは確かに、≪恋人≫を定めると、一度は親族に説明も兼ねて、その≪恋人≫を伴ってその実家を一度訪れる。実際は返さないなんてことはないけどね。里帰りだって、本人がしたきゃ別にしてもらってるし。
でも、ダレンはそんなこと知らないでしょうから、ルシアは今回の帰宅を最後に、もう帰らないかもって信じてもおかしくはない。
――彼は、ルシアのことが好きだ。小さなころからずっと。ゲーム内で私に吸血鬼に帰られて、彼女を襲うくらいならと自ら死を選ぶほどに。
「ルシアがもし、貴方達を伴って戻ってきたら、連絡するようにと、伝書の鳥を渡されていたそうです」
私たちは、西の辺境伯領に行くために屋敷を出たけれど。そのまま残っていたら一緒に襲われてたかしら。
ステファンはフェンツ子爵の話を聞いて、俯くと、大きく深呼吸をしてから、牢の中へ呼び掛けた。
「ダレン、お前、ヴィルヘルムに何か渡されただろ。瓶に入った液体だ。それをアーロンやアーノルドに使ったんだろ。こっちに渡してくれないか」
ダレンは再び頭を抱えて丸くなった。彼はルシアの付き人として王都に来ていただけで、貴族でないから私の血を与えていないので、意識を操作できない。私は牙を出して、「噛みついて、操作する?」とステファンを見たけれど、彼は首を振って、続けて声をかけた。
「なあ、ルシアを助けないといけない。俺たちは彼女を傷つける気はない。どっちが味方かわかるだろ。俺たちを化け物だと思うか?――祭りで、一緒に話して、楽しかっただろ。お前にホットワイン奢ってやったの忘れたか」
僕は、と頭を抱えたダレンが、小さな声で呟いた。
「――ルシアにここを出て行ってほしくなかったんだ」
彼はポケットに手を突っ込むと、小瓶を取り出し、こちらへ放った。私はそれをキャッチして、中身を確認した。透明な瓶に入ったその赤黒い液体は、お父様の持っているものよりも幾分色は薄いけれど、間違いなく≪聖水≫だった。
「助かるよ、ダレン。彼らはルシアを傷つけないはずだ。俺たちでここに連れて帰ってくるよ」
ステファンは瓶を受け取ると、穏やかな風を装うように、落ち着いた声色で言った。ダレンは頷くと、私たちに背を向けて丸まった。
「アーロン!」
異常に気がついたステファンが弟の名前を叫びながら中へ駆け込んだ。屋敷の外観に何も問題はなかったが、中に入ると異変は明らかだった。廊下の壁がところどころ凹み、崩れ、絨毯の緑の蔦の模様を隠すように、血の染みがついていた。
「フェンツ子爵……、一体何があったんだ……?」
ステファンは周囲を見回し、椅子にうなだれたように座っている子爵に気づいて声をかけた。彼は私たちに気づくと、ガタン、っと椅子から落ちて、足元に縋りついてきた。
「ステファン様、カミラ様……! ルシアが、連れていかれました!」
ルシアが? また? アーロンは? アーノルドは?
「お嬢様!」
そこに、青ざめた表情のコーデリアとミゲルが駆け寄ってくる。とりあえず二人の無事を確認し、胸を撫でおろした。
二人の説明によると、複数名が私たちが辺境伯領へ出発した日の昼過ぎに屋敷内に押し入り、アーロンとルシアとアーノルドを連れていったということだった。
「アーノルドがいて? 何でそんな」
アーノルドは人の血を飲んでいる吸血鬼だ。アーロンだって、普通の人間よりは全然強い。彼らがそんなに簡単に連れていかれるなんてことは考えられなかった。
「先に、アーロンが捕まった。ルシアと一緒に。異変に気付いて僕たちが部屋を出たらもう……。アーノルドは、襲ってきたやつらとやりあって――僕たちと使用人を逃がそうとしたんだ。そうしたら、あの執事見習が――、何かをかけたんだ、アーノルドに。そしたら、いつもみたいに……、霧になれなくなって、そのまま」
――≪聖水≫をかけられた?
あれは、ハンターが使うものだ。ヴィルヘルムの関係者?
「ダレンだな!」
ステファンがどん、っと壁を叩いた。瞳が赤くなっている。壁に拳がめりこみ、壁がパラパラと崩れた。
「――申し訳ない、あいつが、やつらを家に入れたんだ」
屋敷の外観に押し入った形跡がないのはだからね。私は唇を噛んだ。
「ダレンは、どこにいるの」
***
その執事見習の少年は、敷地内の牢に入れられていた。
領主は領地内で罪人を裁く権利を持っているから、その収容用の牢を持っている。
彼は、馬小屋の横に建てられた簡素な建物の鉄格子の扉の向こうで膝を抱えて座っていた。
「ダレン――お前! 自分が何したかわかってんのか!」
ステファンが鉄格子に掴みかかる。あまりの力にぐぐぐと、それは曲がった。
ひ、とダレンが息を飲んで頭を抱えて叫んだ。
「あんたたちが、悪いんだ! あんたたちがルシアに関わるから! どうして、ルシアまで!!」
横でフェンツ子爵が拳を握りながら、言った。
「私が王都に行っている間に、ヴィルヘルム卿がこの屋敷に立ち寄ったそうです。そこで、ダレンは彼に、貴方達は吸血鬼で、ルシアは目をつけられ、貴方達の食料にされてしまうと、そう言ったそうです。貴方達は「食料」となる娘を決めると、まるで花嫁の家に挨拶するように、一度だけはその娘を伴い、屋敷を訪れると。その時を逃すと、もうルシアは二度とここに戻ってこないと、」
……よく調べてるわね。私たちは確かに、≪恋人≫を定めると、一度は親族に説明も兼ねて、その≪恋人≫を伴ってその実家を一度訪れる。実際は返さないなんてことはないけどね。里帰りだって、本人がしたきゃ別にしてもらってるし。
でも、ダレンはそんなこと知らないでしょうから、ルシアは今回の帰宅を最後に、もう帰らないかもって信じてもおかしくはない。
――彼は、ルシアのことが好きだ。小さなころからずっと。ゲーム内で私に吸血鬼に帰られて、彼女を襲うくらいならと自ら死を選ぶほどに。
「ルシアがもし、貴方達を伴って戻ってきたら、連絡するようにと、伝書の鳥を渡されていたそうです」
私たちは、西の辺境伯領に行くために屋敷を出たけれど。そのまま残っていたら一緒に襲われてたかしら。
ステファンはフェンツ子爵の話を聞いて、俯くと、大きく深呼吸をしてから、牢の中へ呼び掛けた。
「ダレン、お前、ヴィルヘルムに何か渡されただろ。瓶に入った液体だ。それをアーロンやアーノルドに使ったんだろ。こっちに渡してくれないか」
ダレンは再び頭を抱えて丸くなった。彼はルシアの付き人として王都に来ていただけで、貴族でないから私の血を与えていないので、意識を操作できない。私は牙を出して、「噛みついて、操作する?」とステファンを見たけれど、彼は首を振って、続けて声をかけた。
「なあ、ルシアを助けないといけない。俺たちは彼女を傷つける気はない。どっちが味方かわかるだろ。俺たちを化け物だと思うか?――祭りで、一緒に話して、楽しかっただろ。お前にホットワイン奢ってやったの忘れたか」
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「――ルシアにここを出て行ってほしくなかったんだ」
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「助かるよ、ダレン。彼らはルシアを傷つけないはずだ。俺たちでここに連れて帰ってくるよ」
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