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4章 対峙と決別

4-6.西へ(1)*

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 西の貴族達と女王との謁見から数日。何事も問題はなく、平和に1日1日が過ぎていた。私は夜はほとんどアーティとあそこの小屋で過ごしていて、頭がお花畑になっていた。気づくと顔がにやけている。
 
義姉ねえさん……、何で笑ってるの……」

 お父様から話があるというので、また一同食堂にそろっていたところなんだけど、アーロンが引いたような顔で私を見ている。

「何でもないわ」

 私は両手で両頬をたたいた。

「カミラ、話の続きをしてもいいかい?――グウェンが、辺境伯殿に外部からの武器の購入の許可と、武装の許可を与えた。王都にいる騎士団も一部周辺に移すそうだ。辺境伯殿と、フェンツ殿以外の貴族の方は、もう領地に帰ったが、両名も明後日中には自分の領地へ帰る。西部方面への霧の発生を急いでもらったから、彼らに合わせて、予定通り西部へ行って様子を見てもらってきたい」

 順調に事が運んでいる。ルシアのお父様も無事だし、もう今後裏切って死ぬようなこともないし。あとは……。
 お父様は私たち一人一人の顔を見回した。

「件のヴィルヘルム卿という男は、彼らがこちらに来る前に、辺境伯領地内に姿を見せていたそうだ。今戻れば接触も可能だと思う」

 彼だって、会って話せば何とかならないかしら。私たちへの信頼を取り戻してくれた貴族たちの手前、人の殺生は避けたい。

「ルシアもお父さんと一緒に自分の領地へ戻るよ」

 アーロンが言った。……もともと、その予定だったけれど。
 この数日は、ルシアはいつもアーロンと一緒にいた。あの森の中で目撃してしまった告白風景を思い出す。それ以上深く聞くのは野暮というものだろう。私はすっかり頭が馬鹿になっているので、どこまでやってるんだろとか下世話なことを考えてしまうんだけれど。アーティじゃないけれど、拳を握って頭を叩いた。

「義姉さん?」

 義弟おとうとはまた、変なものをみる目で私を見る。一方、お父様はじっと彼を見据えた。

「――お前は、それでいいのか? アーロン」

「僕は、場合によっては、そのまま彼女の領地に一緒に残りたいと思うんだ、父さん」

 私はびっくりした。アーロンがお父様にしっかり自分の意見を言ったのは、これが初めてだったから。お父様は少し驚いたように目を大きくして、それから細めた。

「――お前が決めたのなら、それでいいよ、私は」

 解散後、玄関で外から入ってきたヤラをわしゃわしゃしていると、ステファンが横に来て聞いた。

「なあ、あの『ナタリーの霊』みたいなものってどうなった?」

「それらしい気配や何か変わったことはないわね。……グローリアはずっと調子が悪いみたいで……お父様が言うには病気じゃないっていうけど、そこだけ気にかかるけど、他はないわ」

「……何で、リアーナはおかしくなったんだろうな。彼女は、パーティーに新しい≪恋人≫を探しに来ていたんだろ、辺境伯の弟に言われて」

「ええ。辺境伯の弟さんが病気で、ずっと吸血をしていなかったって……。ひどい話よね。彼女が元に戻るまで、弟さんが持つといいけれど」

 ステファンは大きくため息をついてしゃがみこんだ。よしよしとヤラをなでる。

「リアーナは長いこと、その辺境伯の弟と一緒にいたんだろ。……耐えられないだろうな、その相手が死にそうなのに、誰か別の≪恋人≫見つけろだなんて」

 うっと言葉につまった。地雷だったかしら。それは、彼と、彼のかつての≪恋人≫だったサラの状況に似ている。何と返すべきか言葉を選んでいるところで、彼は床で腹を出しているヤラを見つめたまま、呟いた。

「この狼も――アーティもルシアも、そのうち死ぬんだ」

 ぎょっとして、ステファンを見る。彼の青い瞳と目線が合った。

「お前たちは、それでいいのか?」

「いいも何も……そんなことわかってるわよ!」
 
 カチンときて、怒鳴った。ヤラがびくっと立ち上がる。慌てて背中を撫でて落ち着かせた。

「わかってるなら、いいんだ」

 ステファンはそう言いながら立ち上がると、背を向けた。
 ……何が言いたいのよ。こういうところが本当に嫌。言いたいことがあるなら言えばいいのに。

***

 森の中の小さい小屋で、私は壁に寄りかかるアーティの獣化した身体の上に裸の身を預けていた。毛並みに頭をうずめると、ほのかに暖かく、落ち着く。
 腕を背中に回して、頭を押し付けごろごろとしていると急に感触が硬くなった。人間の筋肉質な皮膚に戻っている。手を伸ばしてアーティの頬を引っ張った。

「わかりましたよ……」

 呆れたような声が上から降ってきて、またふさっとした毛並みが復活した。

 私は上を見上げた。顔は私の要望どおり人間の状態のままだ。ごろごろするのに毛並みはいいけれど、キスするのは人間の顔の方がいいという完全な我儘を聞いてくれている。身体を起こして、彼の短い短髪を撫でると唇を重ねた。

「不思議よね。貴方は、人狼の姿と人間の姿どっちが本体なの?」

「人間じゃないですかね。――人狼状態になるのは、興奮状態の時とか……、夜間はある程度集中すれば変化させられますけど、気を抜くと人間に戻りますね」

「もさっとするの疲れる?」

「そんなに。いいんです、貴女がそっちのが好きなら。それより、俺は貴女方の方が不思議ですけどね。前から思ってたんですけど何で身体バラバラにできるんですか」

「これ?」

 お腹あたりで霧化して、上半身だけ分離し、浮かんでみた。アーティと目線を合わせると、彼は「うわぁ」と間の抜けた声を上げて、肩をつかんで、下半身に押し付けた。

「それですよ。止めてください」

 そのまま、彼は手でお腹のあたりをさすった。

「……中身、どうなってるんですか」

「わからないわ……、ん……」

 掌はそのまま下り、私の足の付け根に触れた。指が敏感な部分に触れる。
 くりくりとそこを触られ、私は微かな快感に身をよじった。ただ、溢れてくるものはない。アーティは私を横にずらし、床に降りると、しゃがみこんで足の間に顔を埋めた。ざらりとした舌が足の間で蠢く。足がぴくっと痙攣した。しばらく、ぴちゃぴちゃとそこに舌を這わせてから、彼は起き上がってまた私を抱きしめた。

「やっぱり吸血しないと濡れませんか」

「いいのよ、別に。……入れる?」

 短髪を撫でながら、片手を彼の股間に持って行った。パンパンに張り詰めて勃っている。

「――いえ、貴女にも気持ちよくなってもらわないと」

 アーティは私の頭を自分の首に押し付けた。
 初回のときから吸血はしていない。あんまり頻繁に血を吸うと、身体に良くないし。

「大丈夫?」

「もう日も空きましたし……。それに、西に発つんですよね。フェンツ子爵の領地に行かれるとか」

「そうなのよ」

「途中で、誰か別の人の血を吸われても嫌ですし。補給しといて頂いていいですよ」

 私は苦笑した。

「喉が渇いたら適当に熊でも鹿でも襲うわよ。――でも、いいなら」

 広い背中に腕を回して、牙を立てた。じんわりと口内に粘った血の味が広がった。それと共にアーティの欲情が私に移る。

「っふ」

 彼の声と共に、じんわりと体内が湿った。アーティはそのまま私を後ろ向きにして、自分のものを押し込んだ。パンパンと彼の付け根と、お尻がぶつかる音が響く。彼の腕が後ろから胸を掴んだ。動く度揺れる胸を掌が押さえ、先端をつまむ。痺れるような快感が脳内を走る。

「あぁっ……ん……」

 中でそれがぶるん、と弾け、私は大きく叫んだ。

***

 服を着ると、簡素な椅子に腰かけた。だいぶ血行が良くなっている気がする。
 一方のアーティ―はズボンだけ履いたまま、台の上でだらりと腕を投げ出している。
 それでも血を吸ってあれだけ元気だから、すごいと思う。

 私は首を傾げた。

「人狼と吸血鬼って相性が良いと思うんだけど、どうして外だと仲が悪いのかしら」

 人狼は体力があるし、吸血鬼が仲良くするにはぴったりだと思うんだけど。

「――それは、吸血鬼が俺たちを使役していたからでしょう。俺たちは、普通にしていれば人間社会に紛れて暮らせますから。食べ物だって、まあ生肉もいけますけど、雑食ですからね。俺たちが、ハンターに追われるようになったのは、吸血鬼に使役されて人を襲ったからだというふうに言われてますね」

「それはとんだとばっちりよね」
 
 私はため息をついた。アーティは私を抱き寄せると、髪をすいた。

「いえ、カミラ様――カミラのせいではないですから。俺は自分が人狼で良かったと思っています。貴方とこうできるのも、そのおかげですし」

 ふと考えた。私は血を吸わないと濡れない。――男性吸血鬼は血を吸わないと勃たないのかしら。

 カミラの初体験の相手は、あの吸血鬼の男だったけれど、あいつはやっぱり血を吸いながら行為に及んでいた。
 
 男性はそもそも勃たなかったら性行為もできないわよね。

 挿入だけが愛情表現ではないけれど、男性吸血鬼と女性の場合、そういう悩みもあるんじゃないかしら。女性だってしたいときはしたい。好きな相手としている最中は確かな繋がりと、愛情を再確認できる。過度な吸血は命を削る。――けれど、それでも求める時は、求めてしまうと思う。

 『私は平気だわ。もう血を飲んでも大丈夫よ』

 この間の、お父様にすがりつくようなグローリアの声を思い出した。

「カミラ?」

 名前を呼ばれてはっとした。アーティが私の顔を覗き込んでいる。
 ――様がないと変に照れるわね。

「俺は、行かなくていいですか。西に、一緒に」

「大丈夫、大丈夫。すぐに戻ってくるわよ。それより――、お父様と、グローリアを見ててくれる?」

「グローリア様?」

「最近寝込んでてあんまり起きてこないし、何にもないと思うんだけど――、そうだ、貴方に、私の血を入れてもいい? そうすると、私の≪血族≫になるから、何か異変があったら気づくから。――人狼族的にまずいかしら」

「全然構いませんよ」

 よいしょ、とアーティは私の身体を正面に抱き直した。私はそのまま首筋に再度牙を突き立てると、自分の血を流し込んだ。

「ぁ……何か変な感じですね」

「そう?」

 その時、私は彼の膝の上に座っている自分のお尻の下に熱い塊を感じた。手を伸ばすと、アーティがびくっと身体を震わせ、照れたような顔をこちらに向けた。

「もう1回……しましょうか」

 にっこり笑うと、首に手を回し、キスをした。
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