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3章 背後にいる存在

3-15.夕食の風景

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「あら、良い感じですね」

 コーデリアが鍋を覗き込んで言った。ああ、美味しそう。
 赤ワインの紫色のスープで煮込まれた骨付き肉は見るからに食欲をそそる見た目だ。凝視していると、ルシアがおもむろに器に注いだスープを差し出した。

「飲んでみますか? 赤ワインは味がするんですよね……、もしかしたら?」

 言われてハッとする。
 そうだ、赤ワインは何故か味がするんだから、それを使った煮込み料理は?
 何だかいける気がした。スプーンですくって飲んでみる。

「……味がする」

 感動の余り呟いた。赤ワインの風味の中に溶け込んだ、肉と香辛料の旨味を感じる。それは、ずっと遠い昔の思い出を引き起こすようで、若干の頭痛を伴った。

「美味しいわ」

 不思議だわ。赤ワインベースだと味がわかるのかしら?
 吸血鬼になって100数十年ぶりに気づいた新事実にショックが大きい。

「本当ですか」

 コーデリアが今まで見たことないような顔をしている。彼女はたたたと走り去ると、アーノルドの手を引いて戻ってきた。

「アーノルド! これを飲んでみて?」

 怪訝そうな顔の彼に器を渡す。一口飲むと、その表情がここ数十年見たことがないような顔になった。

「これは……!?」

 彼は頭を押さえた。やっぱり頭痛がするくらい衝撃みたい。
 アーロン・ステファンと全員同じ反応になったのが面白かった。

 夕食時、私たちの使う食堂とは別の、奥にある広い広間に使用人とルシア、コーデリア、それから、もう1人のアーノルドの≪恋人≫アレンが顔を揃える。彼らは、端の席に顔を揃えた、お父様を除く私たち4人に緊張したような視線を向けていた。私たちが彼らの食卓に姿を見せることはなかったから。でも、ルシアもどうせだったら大勢でご飯を食べたほうが和むかと思ったので、来てみた。

「久しぶりね、ミゲル」

 私は、栗色の柔らかな髪の、彫刻の様な顔立ちの彼に笑いかけた。彼と直接やりとりするのは、アーノルドが彼を≪恋人≫にする、と2年前に館に連れてきて紹介して以来だろうか。彼はルシアの故郷の方……、西のディケンズ子爵の息子だ。コーデリアは出身は西だと聞いているけれど、彼女は貴族の娘ではない。誰を≪恋人≫とするかは、各人の判断に基本的に任せられているから、どこでどう知り合ったかはまり詮索しない。だから、彼らとアーノルドがどこでどう知り合ったかは、私は詳しくは知らない。

「――お久しぶりです。どうしたんですか、皆さんお揃いで」

「ミゲル、私たちの館に昨日からお客様が増えてね。君には紹介がまだだったかな、ルシアだ」

 彼の肩に手を添えて、囁くようにアーノルドが言う。

「は、はじめまして」

 その様子を見たルシアは、頬を赤らめて視線を泳がせた。
 私たちは見慣れているから違和感はないけれど、夫婦の家族単位が主流のこの世界の一般的な感覚からすると、男性同士のこの親し気な距離感は見慣れないわよね。

 食事が配膳される。私たちの元にはスープだけ配ってもらう。
 カチャカチャと食器を動かす人間の横で、ちょびちょびスープを飲む私たちという不思議な光景が出来上がった。

「ちゃんとスプーン使え」

 スープ皿を直接手で持って、ずずずと飲むアーロンをステファンが注意する。
 
「カミラ、お前も、ふーふー冷ますな。かき混ぜて静かに冷ませ」

 私にまで飛び火する。うるさいわね。熱いんだからしょうがないでしょ。
 ルシアはむっとする私の横でくすりと笑っている。
 しばらくは緊張のためか、料理に手をつけていなかった使用人たちも、普段通りに食事を始めた。

「こういう食卓らしい食卓は――どれぐらいぶりかな」

 ぽつりとステファンが呟いた。そうね。食卓を囲むことってあまりないものね。
 ここにいないのは、お父様とその≪恋人≫のグローリアだけだ。

「ねえ、グローリアは来ないの?」

 聞くと、コーデリアは困ったような笑顔になった。

「あの方は、いつも自室でお食事されますので、部屋まで持って行っています」

「そう……」

 まあ、グローリアは女王の娘だし、ここで一緒に食べようとは思わないかもしれないけれど、ちょっと寂しくない?今までもずっとそうなのかしら。たぶん、お父様は部屋にいるだろうけど。

 私は空になった器を見つめた。お父様と後で話をしなくては。
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