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3章 背後にいる存在

3-12.言葉の不足

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 アーノルドが馬車を出してくれたので、ステファンとそれに乗り込む。コーデリアは横を馬でついてきた。

「なぁ、アーロンのことありがとう。――あいつと、何を話したんだ」

「一緒に野生動物の血を飲みにいっただけよ。ルシアのことがショックだったみたいだから、無理に人の血は飲まなくてもいいけれど、吸血鬼として、使える力は使わないとって。霧化して飛ぶこともできるようになったみたいだわ」

 兄はまさか、という顔をしている。

「人の血を飲んでないからできないんだと思ってたけど、きっと、別の問題だったのかもね。人間じゃないってことを受け入れるとか、そういうことかしら」

「そうか。一緒に熊狩りに行っとけば良かったのか」

「結構楽しいわよ。森で野生動物狩るの」

 ステファンは顔をしかめる。

「これだから山育ちは。アーロンもよくあんな風に皮を剥いだりできるな」

「何よ。ああいうことをしてくれる人がいるから、お肉を食べられるんじゃない。これだから都会育ちは」

「もう肉食べられないけどな」

 目を合わせてふっと笑った。

「吸血鬼になる前は、貴方は何を食べるのが好きだったの?」

「……林檎のパイかな」

 小声の回答に私は噴き出した。

「何で笑うんだよ」

「いいえ、随分可愛らしいわね。甘いもの好きだったの?」

「そうだよ。花の都はレストランもいろんな店があってさ。お前は何が好きだった?」

「寿司かしら」

「スシ?」

「生魚をお米にのせて握ったものよ」

「生魚……をそのまま食べるのか?」

 不可解な顔をしている。それはそうか。私は1人でクスクスと笑った。

「貴方の暮らしていた街は港町だったんでしょう。魚は食べなかったの?」

「そういえば、肉より魚のが多かったかもな。煮込み料理にも肉じゃなくて魚を使うんだ」

 ステファンはふと思い立ったように言う。

「カミラは、海を見たことがあるか?」

「ええ」

 私はカミラの記憶をたどった。彼女もアラスティシアのある地域の近くの山間の村の生まれで、ルゼット一家に加わるまでは、周辺諸国を彷徨っていた。海の見える地域にいたこともある。彼女の記憶の中の海は、岸壁に打ち寄せる荒波。冬の日本海みたいなイメージね。

「本物の海だよ。白い砂浜と、青い海と、照り付ける太陽だ」

 彼が言っているのは沖縄の海のイメージだろうか。

「海に本物も偽物もある?」

「あるよ。アーロンも見たことないかな。可哀そうにな。見せてやりたいよ」

「照りつける太陽はまずいでしょ」

「帽子でもかぶるよ」

 私はさんさんと日の照りつけるビーチに、全身防備で佇む私たちの姿を想像してまた笑った。全身ミイラみたいに覆って、帽子を目深に被って。全員でその恰好はあまりに間抜けだ。

「そうね。アーロンはお父様達とずっと北の方にいたんだものね」

「俺は12で親方の所に投げ込まれたからね。父さんと母さんは他にも子どもを何人か育てていたけど、皆それくらいの年にどこかに徒弟に出したり、養子に出したりしてたよ。アーロンは身体が弱かったから、そういうのはできなくて手元に置いてたんだと思う」

 ステファンは窓から遠くを見つめた。

「あいつが、嬉々として、熊の皮剥ぎやってるって知ったら、母さん驚くだろうな」

「嬉々としてやってるのは、ルシアがいるからでしょう」

「それはそうか」

 そこで口をいったん閉じて、彼は黙りこんだ。言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出す。

「俺は、ルシアを俺の≪恋人≫に、とは思ってないんだ」

「そうなの?」

「だって、アーロンがあんなに人間の女の子に夢中になるなんて、初めてだろう。この100何年でだぜ。その邪魔はできないだろ」

 私は首を傾げる。皆彼女に夢中になるはずなんだけれど。
 まあ兄弟争って闇堕ちされるよりはいいけれど。加減が難しいのよね、この兄弟は。

「ねえ、ステファン。いっそ貴族の≪血族≫支配をやめるっていうのはどう思う?」

 彼は驚いた顔をした。
 それはそうよね。つい先日まで、今の状況を維持するためにルシアを吸血鬼にするって主張していたんだから。

「それは、俺はその方が良いと思ってるよ。今のままだと、お前だけに負担をかけているし。ただ、俺たちがここで暮らす時に女王が条件として俺たちに求めたことだから、王宮の方がどう考えるかは、別問題だけど」

 ステファンは私を見据えて言った。

「だけど、お前がもういいって言うなら、お前がやらなくてもいいんだ。王宮がそれが必要で、そうじゃなきゃ俺たちとの共存ができないっていうなら、――俺は出て行けばいいと思うけど――、父さんやアーロンやみんなの考えによっては、他の吸血鬼で何とかするから」

 ≪血族≫支配にカミラの血を使っているのは、そもそもカミラが「それが一番効率的でしょ」と言ったからなんだけど。ステファンの言葉に私は呆気にとられた。

 『祭りの度に血を抜いて、ほとんどずっと寝て過ごしてて、楽しい?』

 この前の言葉を思い出す。いつも遠回りな言い方しかしないんだから。
 気にかけてくれているならそう言ってくれればいいのに。

「心配してくれてありがとう。ただ、負担だとは思ってないわよ。みんなの生活のためだし」
 
 ああ、でもそれはカミラも一緒か。今まで内心では考えていても、「みんなのため」という言葉を使ったことはなかった。私たちは皆、一緒に過ごした時間の割に言葉が足りていない。

 ステファンの手が不意に伸びてきて、私の頬に触れてひんやりとした感触がした。
 びっくりして後ろにずれると、彼は何か言いたそうにこちらを見て俯いた。
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