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2章 舞踏会
2-15.急な襲撃(1)
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「消えた、ってどういうこと?」
「アーロンとテラスに出てたんだ。俺は彼女の友達とホールにいて。アーロンが慌てて中に入ってきて、ルシアが黒い霧に包まれて消えたって。気配がした。同族だと思う」
ステファンが腕を引っ張った。
「外だ」
私は頭を押さえた。ルシアが吸血鬼に襲われる展開はある。彼女を襲うのは、家族から彼女を排除したい私、または彼女の血を狙う外部の吸血鬼。
でも、こんな序盤で?
しかも、今日のパーティーに外部の吸血鬼が混ざり込んでいたら気づくはずだけど?
「とにかく、探さないと。ホールは?」
「騒ぎにはなっていない。誰も気づいてない」
「だったら良かったわ。行きましょう」
アーティが横で口を開いた。
「俺も行きます。警備の団員に伝えてから追います。アーロン様と踊っていた金髪の女の子ですよね?」
「そうよ。お願い」
私は彼を見つめて言った。――後で、考えよう。さっきまでのことは。今は緊急事態だ。
「――兄さん、義姉さん」
廊下に出ると、ホールの方から泣きそうな声のアーロンが出てきた。きれいにセットされていた髪はかきむしられていた。
「お前はここにいろ。ルシアのことは任せとけ」
私たちは王宮外に出ると、身体の一部を霧化させ、翼にすると暗闇に飛び上がった。
求めるものの気配を探る。
――同族の気配が1つ、あった。それに、ルシアの匂い。
「森の方、屋敷の」
王宮から狼の遠吠えが聞こえた。――アーティの声だ。
それに対応するように森の方から狼の遠吠えがいくつか返ってくる。
「あっちか」
ステファンが舌打ちをした。私たちはそちらへ向かって飛んだ。
冷たい夜の空気が髪を舞い上げる。
狼の鳴き声がする、夜空の下にさらに暗く広がる森に降下した。
気配はそこからする。
――いた!
視界に宙を黒い霧に包まれてひらひらと舞う黒いドレスが目に入った。
木々の間から差し込む月光で、霧の中で金色の髪が煌めいた。
「――ルシア!」
隣でステファンが叫んだ。同時、私の頬に生暖かいものがかかる感覚があった。
「ぐぁ」
くぐもった悲鳴が響く。誰の声?振り返ると、長い黒髪をなびかせた女の生首が、ステファンの肩にかじりついていた。彼は、その首を両手で掴むと、そのまま地面に落下した。その瞬間、その頭は霧になって四散する。ステファンの左腕は一部が噛みちぎられていた。ジャケットとシャツが破け、血がぼたぼたと垂れている。
霧になった相手の頭部は、宙に浮いたドレスの首元に集まってまた形を作った。
尖った牙を剥き出しにした、その瞳は真っ赤に染まっていた。
完全に正気を失って、攻撃性しかなくなった瞳。
けれど私たちは彼女に見覚えがあった。リアーナ、西の地域に住んでいる吸血鬼だ。
ゲームには出てこないけれど、カミラの記憶にはある。アーノルドのように、アラスティシアの体制が整ってから、外から加わった吸血鬼。この国は、私たちの他にも後から加わった何人かの吸血鬼が住んでいる。それぞれ、西と東と南地域に分かれて、地域を管轄している。彼女だったら、王宮の近くに来ても、誰も違和感を感じないはず。
――彼女がなんで、
私は唇を噛んだ。とにかく、今はルシアだ。黒い霧に包まれた彼女は、動かない。気を失っているのだろうか。
ちらりと地上のステファンを見ると、彼は腕の傷を修復し、体制を整えていた。
視線が合う。「行け」と彼の目が言っていた。
私はリアーナに飛び掛かった。彼女の頭が霧に変わる。そのままシュルシュルとこちらに向かってくる。ルシアを抱えた体は後ろへと飛んで行く。
そっちがその気ならね。私の身体の正面で霧が集まり、彼女の頭部が形作られる。
牙が右の脇腹に食い込む直前に私も右半身を霧化させた。
リアーナの牙はドレスの布地だけをさらった。
森の奥へと逃げる本体を、実体化したままの左半身と、霧化した右半身で挟み込むように追いかける。横眼で後ろからステファンが飛んできているのが目に入った。
――優先はルシアの回収だ。
リアーナの本体の後ろに回り込むと、霧化した自分の右半身を戻す。
黒い霧に包まれた本体の中で、実体化したリアーナの右腕に抱えられたルシアが見えた。
だらりと力を失って、首をもたれている。その首筋には2つの穴があいていて、赤い血が流れていた。
――ルシアの血を飲んでる――?
その腕につかみかかろうとした瞬間、ぐんっと強い力で跳ね飛ばされた。
木に身体を打ち付け落下する。
腹部に鈍い痛みを感じた。ルシアを抱えた腕と反対の左腕が実体化して、私を跳ね飛ばしたらしい。相手はルシアを抱えている右腕以外を霧化していて、頭やら腕やら足やらが急に現れるので厄介だ。ルシアの≪聖血≫を飲んでるからか、わからないけれど部分的な実体化と霧化のスピードがとにかく速い。
とにかく右腕、相手の右腕からルシアを解放しないと。
私は地面に散らばる小石を念動力で持ち上げた。それごとまた宙に浮かぶ。
相手に飛び掛かろうとするステファンと視線を合わせる。
彼の前に、また黒い霧が集まった。
――ワンパターンなのよ!
実体化する瞬間に、そこに向かって石を飛ばした。実体化したのはリアーナの左腕だった。大量の石つぶてを受けて、その腕は宙にはじかれた。
その隙に、ステファンがルシアを抱える相手の右腕に追いついた。彼は、腕の付け根あたりを引っ掻いた。鋭くなった爪が光り、シュッと空を切る音がする。宙にひらひらと浮いた黒いドレスの長袖が切り裂かれ、空中に血が飛ぶ。
ステファンはそのままルシアを腕からねじり取ると、地面に着地した。
「アーロンとテラスに出てたんだ。俺は彼女の友達とホールにいて。アーロンが慌てて中に入ってきて、ルシアが黒い霧に包まれて消えたって。気配がした。同族だと思う」
ステファンが腕を引っ張った。
「外だ」
私は頭を押さえた。ルシアが吸血鬼に襲われる展開はある。彼女を襲うのは、家族から彼女を排除したい私、または彼女の血を狙う外部の吸血鬼。
でも、こんな序盤で?
しかも、今日のパーティーに外部の吸血鬼が混ざり込んでいたら気づくはずだけど?
「とにかく、探さないと。ホールは?」
「騒ぎにはなっていない。誰も気づいてない」
「だったら良かったわ。行きましょう」
アーティが横で口を開いた。
「俺も行きます。警備の団員に伝えてから追います。アーロン様と踊っていた金髪の女の子ですよね?」
「そうよ。お願い」
私は彼を見つめて言った。――後で、考えよう。さっきまでのことは。今は緊急事態だ。
「――兄さん、義姉さん」
廊下に出ると、ホールの方から泣きそうな声のアーロンが出てきた。きれいにセットされていた髪はかきむしられていた。
「お前はここにいろ。ルシアのことは任せとけ」
私たちは王宮外に出ると、身体の一部を霧化させ、翼にすると暗闇に飛び上がった。
求めるものの気配を探る。
――同族の気配が1つ、あった。それに、ルシアの匂い。
「森の方、屋敷の」
王宮から狼の遠吠えが聞こえた。――アーティの声だ。
それに対応するように森の方から狼の遠吠えがいくつか返ってくる。
「あっちか」
ステファンが舌打ちをした。私たちはそちらへ向かって飛んだ。
冷たい夜の空気が髪を舞い上げる。
狼の鳴き声がする、夜空の下にさらに暗く広がる森に降下した。
気配はそこからする。
――いた!
視界に宙を黒い霧に包まれてひらひらと舞う黒いドレスが目に入った。
木々の間から差し込む月光で、霧の中で金色の髪が煌めいた。
「――ルシア!」
隣でステファンが叫んだ。同時、私の頬に生暖かいものがかかる感覚があった。
「ぐぁ」
くぐもった悲鳴が響く。誰の声?振り返ると、長い黒髪をなびかせた女の生首が、ステファンの肩にかじりついていた。彼は、その首を両手で掴むと、そのまま地面に落下した。その瞬間、その頭は霧になって四散する。ステファンの左腕は一部が噛みちぎられていた。ジャケットとシャツが破け、血がぼたぼたと垂れている。
霧になった相手の頭部は、宙に浮いたドレスの首元に集まってまた形を作った。
尖った牙を剥き出しにした、その瞳は真っ赤に染まっていた。
完全に正気を失って、攻撃性しかなくなった瞳。
けれど私たちは彼女に見覚えがあった。リアーナ、西の地域に住んでいる吸血鬼だ。
ゲームには出てこないけれど、カミラの記憶にはある。アーノルドのように、アラスティシアの体制が整ってから、外から加わった吸血鬼。この国は、私たちの他にも後から加わった何人かの吸血鬼が住んでいる。それぞれ、西と東と南地域に分かれて、地域を管轄している。彼女だったら、王宮の近くに来ても、誰も違和感を感じないはず。
――彼女がなんで、
私は唇を噛んだ。とにかく、今はルシアだ。黒い霧に包まれた彼女は、動かない。気を失っているのだろうか。
ちらりと地上のステファンを見ると、彼は腕の傷を修復し、体制を整えていた。
視線が合う。「行け」と彼の目が言っていた。
私はリアーナに飛び掛かった。彼女の頭が霧に変わる。そのままシュルシュルとこちらに向かってくる。ルシアを抱えた体は後ろへと飛んで行く。
そっちがその気ならね。私の身体の正面で霧が集まり、彼女の頭部が形作られる。
牙が右の脇腹に食い込む直前に私も右半身を霧化させた。
リアーナの牙はドレスの布地だけをさらった。
森の奥へと逃げる本体を、実体化したままの左半身と、霧化した右半身で挟み込むように追いかける。横眼で後ろからステファンが飛んできているのが目に入った。
――優先はルシアの回収だ。
リアーナの本体の後ろに回り込むと、霧化した自分の右半身を戻す。
黒い霧に包まれた本体の中で、実体化したリアーナの右腕に抱えられたルシアが見えた。
だらりと力を失って、首をもたれている。その首筋には2つの穴があいていて、赤い血が流れていた。
――ルシアの血を飲んでる――?
その腕につかみかかろうとした瞬間、ぐんっと強い力で跳ね飛ばされた。
木に身体を打ち付け落下する。
腹部に鈍い痛みを感じた。ルシアを抱えた腕と反対の左腕が実体化して、私を跳ね飛ばしたらしい。相手はルシアを抱えている右腕以外を霧化していて、頭やら腕やら足やらが急に現れるので厄介だ。ルシアの≪聖血≫を飲んでるからか、わからないけれど部分的な実体化と霧化のスピードがとにかく速い。
とにかく右腕、相手の右腕からルシアを解放しないと。
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その隙に、ステファンがルシアを抱える相手の右腕に追いついた。彼は、腕の付け根あたりを引っ掻いた。鋭くなった爪が光り、シュッと空を切る音がする。宙にひらひらと浮いた黒いドレスの長袖が切り裂かれ、空中に血が飛ぶ。
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