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2章 舞踏会
2-13.お酒の力を借りる(2)
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アーティはなみなみと赤ワインが注がれたグラスを二つ持ってきた。その1つを私に渡す。「ありがとう」と返す傍から、彼は自分のグラスを口元へ運んでいた。一気に半分ほどを飲み込んで、むせたようで、けほっと咳き込んだ。人狼族はお酒に弱いっていう設定があるのに。
「そんなに飲んで、大丈夫?」
「ぜんぜん、大丈夫です」
――それは、大丈夫じゃない人がよくいうセリフよ。
はらはらしている私を無視してアーティは話し出した。
「――俺たちは、完全獣化ができる男が一族を継ぐんですけど」
全身を完全に狼に変えることを完全獣化という。身体の一部だけを変化させるのは、一部獣化で、完全獣化できる者は人狼族として一番力が強いと見なされる。獣化できるのはほとんどが男子で、人狼族は、完全獣化可能な男子が一族の長を引き継ぐしきたりになっている。一族の長はできるだけ、強い人狼の力を引き継ぐ子どもを作ることが期待され、残りの兄弟は、その子育てを一族で行う慣習になっている。まるで狼の群れのように。兄弟だって結婚しちゃいけないわけじゃないけど。
「あいつ、完全獣化できるんですよね、女なのに」
アーティは先ほどの黄色いドレスの少女を見た。女の子でも獣化できる場合も稀にあるみたいだけど。
「そうなの? すごいわね。アーティのところは安泰ね。完全獣化できる子が2人もいるなんて」
「……女子で、完全獣化できる方が、血としては優秀だと思うんですよね……」
彼は深いため息を吐くと、壁に寄りかかったままくるくると皆が踊っているホールを見ながら言った。
「皆、早く≪番≫を見つけろ、見つけろって言うんですけど、そんなこと言われてもって感じで……。こう、一目見たら、この子がそうだって感じるらしいんですけどね。親父やじいちゃんや、親戚が言うには。ただ、27年そういうのなかったし、もうないんじゃないかなって思っちゃいますよね」
彼の話し方は、私と会話するというよりは、独り言のようだった。私は少しびっくりしていた。『カミラ』としての記憶の中では、アーティはいつも穏やかで、あんまり自分の考えていることをべらべらと話すタイプではなかった。
「どういう娘だったらいいの?」
とりあえず、会話をしようと質問をしてみる。そうですね、と呟いて、彼は視線を泳がせた。
「髪は黒で――、色が白くて――」
きょろきょろと動いていた視線が私の視線と合った。気まずい沈黙が訪れる。
普通に、話せていたはずなんだけど。今の空気は、あの森の続きだ。
「女性は、」
アーティは目を伏せる。
「女性はきっと、スマートな対応をとれる男性の方が好きですよね――ステファン様のような」
私は視線をフロアに移した。ステファンがルシアの友達の赤毛の女の子と楽しそうに踊っている。――スマートな対応?ステファンが?それも違うと思ったし、そもそも、『スマートな対応』がどういう意味かが疑問だった。適切な対応?は違うわよね。女慣れした対応ってこと?
「あなた達はずっと、ずっと、若いその姿のまま、そうやって生きてきたんでしょうけど」
あなた『達』?『そうやって』?
私は、彼の言葉に含まれる微妙な棘の意味を察して、顔が赤くなるのを感じた。
「どういう意味かを、はっきり言ってくれない」
彼の焦げ茶の瞳を見つめた。そこにいつもの穏やかな表情はなかった。
グラスに少量残ったワインを飲み干すと、アーティは下を向いてつぶやいた。
「俺も、教えてほしいです。どうして、この前森で、あの時、俺に言ったんですか。――『私じゃダメ』って、どういう意味ですか」
「そんなに飲んで、大丈夫?」
「ぜんぜん、大丈夫です」
――それは、大丈夫じゃない人がよくいうセリフよ。
はらはらしている私を無視してアーティは話し出した。
「――俺たちは、完全獣化ができる男が一族を継ぐんですけど」
全身を完全に狼に変えることを完全獣化という。身体の一部だけを変化させるのは、一部獣化で、完全獣化できる者は人狼族として一番力が強いと見なされる。獣化できるのはほとんどが男子で、人狼族は、完全獣化可能な男子が一族の長を引き継ぐしきたりになっている。一族の長はできるだけ、強い人狼の力を引き継ぐ子どもを作ることが期待され、残りの兄弟は、その子育てを一族で行う慣習になっている。まるで狼の群れのように。兄弟だって結婚しちゃいけないわけじゃないけど。
「あいつ、完全獣化できるんですよね、女なのに」
アーティは先ほどの黄色いドレスの少女を見た。女の子でも獣化できる場合も稀にあるみたいだけど。
「そうなの? すごいわね。アーティのところは安泰ね。完全獣化できる子が2人もいるなんて」
「……女子で、完全獣化できる方が、血としては優秀だと思うんですよね……」
彼は深いため息を吐くと、壁に寄りかかったままくるくると皆が踊っているホールを見ながら言った。
「皆、早く≪番≫を見つけろ、見つけろって言うんですけど、そんなこと言われてもって感じで……。こう、一目見たら、この子がそうだって感じるらしいんですけどね。親父やじいちゃんや、親戚が言うには。ただ、27年そういうのなかったし、もうないんじゃないかなって思っちゃいますよね」
彼の話し方は、私と会話するというよりは、独り言のようだった。私は少しびっくりしていた。『カミラ』としての記憶の中では、アーティはいつも穏やかで、あんまり自分の考えていることをべらべらと話すタイプではなかった。
「どういう娘だったらいいの?」
とりあえず、会話をしようと質問をしてみる。そうですね、と呟いて、彼は視線を泳がせた。
「髪は黒で――、色が白くて――」
きょろきょろと動いていた視線が私の視線と合った。気まずい沈黙が訪れる。
普通に、話せていたはずなんだけど。今の空気は、あの森の続きだ。
「女性は、」
アーティは目を伏せる。
「女性はきっと、スマートな対応をとれる男性の方が好きですよね――ステファン様のような」
私は視線をフロアに移した。ステファンがルシアの友達の赤毛の女の子と楽しそうに踊っている。――スマートな対応?ステファンが?それも違うと思ったし、そもそも、『スマートな対応』がどういう意味かが疑問だった。適切な対応?は違うわよね。女慣れした対応ってこと?
「あなた達はずっと、ずっと、若いその姿のまま、そうやって生きてきたんでしょうけど」
あなた『達』?『そうやって』?
私は、彼の言葉に含まれる微妙な棘の意味を察して、顔が赤くなるのを感じた。
「どういう意味かを、はっきり言ってくれない」
彼の焦げ茶の瞳を見つめた。そこにいつもの穏やかな表情はなかった。
グラスに少量残ったワインを飲み干すと、アーティは下を向いてつぶやいた。
「俺も、教えてほしいです。どうして、この前森で、あの時、俺に言ったんですか。――『私じゃダメ』って、どういう意味ですか」
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