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1章 吸血鬼に転生しました。
1-7.過去設定を知っているんです
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私たちを乗せた馬車は、王宮からいろいろなお店のある賑やかな道を進んで、横道に入って停まった。街中が春祭りで賑わっているので、表通りからは音楽が聞こえてくる。曇り空と霧が立ち込める街の中の雰囲気に合う、騒ぎ立てる感じの曲じゃなくて、ゆったりとしたテンポの少し寂しげな曲調だ。
御者が馬車のドアを開けてくれる。ステファンが「足元」と言って手を取ってくれた。
「階段登るけど大丈夫か?」
ステファンの借りの住まいは細い横道の階段を昇った上にある3階建ての狭い家だった。
近くまで行くと、使用人が門を開けてくれる。
「しばらく休んでいけよ。館には夜に飛んで戻ればいいだろ」
『飛んで』という言葉に、私は一瞬反応できなかった。そうね。飛べるんだったわ、私。吸血鬼だもの。私たちは身体を黒い霧状に変化させて移動が可能なので、夜の闇に紛れてその状態で移動するとまずバレないだろう。
とんとんとん、と先を行く彼の後ろをついて階段を上る。2階の通された部屋はベッドルームだった。焦げ茶色の絨毯がひかれた落ち着いた色の部屋で、壁一面に掌ほどの大きさの正方形の木の板に彫られた花や動物のレリーフが敷き詰めて飾られている。
ステファンはキングサイズはありそうな天蓋つきの、やっぱりいろいろな飾りのついたベッドに腰かけると、ふーと息を吐いて、ジャケットを脱いで、首に巻いた蝶ネクタイを緩めた。
――ベッド、に腰かけるの?二人で?
私は『沙代里』の感覚になっていったん停止した。扉の前に立ちすくんでいる私を、ステファンが訝しげに見る。
ステファンには普段から血をもらっている立場なだけで、恋人同士ではないし、身体の関係はないけれど。距離が近いのは、カミラとしては気にすることではないんだけど。
でもね、
「今日、本当にどうしたんだよ」
ステファンはシャツの襟を緩めながら、こちらに近づいてくる。
ちょ、ちょっと。胸元緩めながらこっちに来ないで――何か変な空気になるから!
「カミラ?」
彼は怪訝そうな顔で私を覗き込む。私はすっかり赤面していた。
「血、足りなかったか?」
「いえ、別に、大丈夫」
たどたどしく答える私を、ステファンはまた担ぎ上げ、ベッドに運んだ。
どさっと投げられるかと思ったら、すとんと優しく降ろされるので逆に驚いてしまう。
ステファンは私と反対側に腰かけて、肩を回してから振り返った。
「――どうした」
「いえ、別に」
「大丈夫か」
「いえ、別に」
私は「いえ、別に」を繰り返す動物になっていた。どぎまぎしながら彼に背を向けて横になる。――「カミラ」としては、普通の距離感、これは普通の距離感。自分自身に言い聞かせる。
ステファンはそんな私には構わず、ベッドサイドで何やら動いている。シュルシュルと何か、かつお節を削るような音が聞こえる。かつお節……自分で削ったことないけど。
振り返ると、彼は、彫刻刀のようなもので、四角い木の板を削っていた。掘りかけのそれは、細かく入り組んだ蔦と花の模様だった。私は部屋を見回す。壁に貼られている木工のレリーフ。それと同じだ。
「そういえば……、ステファンはもともと家具職人目指してたんだっけ」
私は「ステファン」の設定を思い出してつぶやいた。彼は、吸血鬼になる前は、家具職人のところに弟子入りしていて手先が器用っていう、あまり作中目立たない設定があった気がする。……この部屋、親しくなると、訪ねることができて、ルシアが初めて吸血される部屋なんだけど、部屋の背景が何かすごい細かくてきれいな木工細工だなって思ってたら、まさかステファンが自分で彫ってたの!?
「俺――その話を、今までお前にしたことあったか――?」
気付くと、手を止めた彼が驚いたような顔で私を見下ろしていた。
御者が馬車のドアを開けてくれる。ステファンが「足元」と言って手を取ってくれた。
「階段登るけど大丈夫か?」
ステファンの借りの住まいは細い横道の階段を昇った上にある3階建ての狭い家だった。
近くまで行くと、使用人が門を開けてくれる。
「しばらく休んでいけよ。館には夜に飛んで戻ればいいだろ」
『飛んで』という言葉に、私は一瞬反応できなかった。そうね。飛べるんだったわ、私。吸血鬼だもの。私たちは身体を黒い霧状に変化させて移動が可能なので、夜の闇に紛れてその状態で移動するとまずバレないだろう。
とんとんとん、と先を行く彼の後ろをついて階段を上る。2階の通された部屋はベッドルームだった。焦げ茶色の絨毯がひかれた落ち着いた色の部屋で、壁一面に掌ほどの大きさの正方形の木の板に彫られた花や動物のレリーフが敷き詰めて飾られている。
ステファンはキングサイズはありそうな天蓋つきの、やっぱりいろいろな飾りのついたベッドに腰かけると、ふーと息を吐いて、ジャケットを脱いで、首に巻いた蝶ネクタイを緩めた。
――ベッド、に腰かけるの?二人で?
私は『沙代里』の感覚になっていったん停止した。扉の前に立ちすくんでいる私を、ステファンが訝しげに見る。
ステファンには普段から血をもらっている立場なだけで、恋人同士ではないし、身体の関係はないけれど。距離が近いのは、カミラとしては気にすることではないんだけど。
でもね、
「今日、本当にどうしたんだよ」
ステファンはシャツの襟を緩めながら、こちらに近づいてくる。
ちょ、ちょっと。胸元緩めながらこっちに来ないで――何か変な空気になるから!
「カミラ?」
彼は怪訝そうな顔で私を覗き込む。私はすっかり赤面していた。
「血、足りなかったか?」
「いえ、別に、大丈夫」
たどたどしく答える私を、ステファンはまた担ぎ上げ、ベッドに運んだ。
どさっと投げられるかと思ったら、すとんと優しく降ろされるので逆に驚いてしまう。
ステファンは私と反対側に腰かけて、肩を回してから振り返った。
「――どうした」
「いえ、別に」
「大丈夫か」
「いえ、別に」
私は「いえ、別に」を繰り返す動物になっていた。どぎまぎしながら彼に背を向けて横になる。――「カミラ」としては、普通の距離感、これは普通の距離感。自分自身に言い聞かせる。
ステファンはそんな私には構わず、ベッドサイドで何やら動いている。シュルシュルと何か、かつお節を削るような音が聞こえる。かつお節……自分で削ったことないけど。
振り返ると、彼は、彫刻刀のようなもので、四角い木の板を削っていた。掘りかけのそれは、細かく入り組んだ蔦と花の模様だった。私は部屋を見回す。壁に貼られている木工のレリーフ。それと同じだ。
「そういえば……、ステファンはもともと家具職人目指してたんだっけ」
私は「ステファン」の設定を思い出してつぶやいた。彼は、吸血鬼になる前は、家具職人のところに弟子入りしていて手先が器用っていう、あまり作中目立たない設定があった気がする。……この部屋、親しくなると、訪ねることができて、ルシアが初めて吸血される部屋なんだけど、部屋の背景が何かすごい細かくてきれいな木工細工だなって思ってたら、まさかステファンが自分で彫ってたの!?
「俺――その話を、今までお前にしたことあったか――?」
気付くと、手を止めた彼が驚いたような顔で私を見下ろしていた。
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